2024年 03月 18日
うか 岡田麻沙作品集 |
ブンゲイファイトクラブ(BFC)第4回で決勝ジャッジとなった岡田麻沙さんの初作品集。西崎憲さん主催のブンゲイファイトクラブの存在は知っているけれど、なんとなく私の脆弱な心では耐えられない気がして近づかないようにしていた。それのジャッジになるくらいだから強靭な神経、すぐれた読解力、鋭い分析力、豊かな表現力をもつ人なんだろうと思って読んでみた。
文字と言葉を比喩でなく生き物として扱った2編と星座が落ちてくる町の話1編を収録してある。多和田葉子さんがよくやっている言葉の実験をさらに突き詰めた感じ。日本語でしか書けない小説。謎めいて魅力的な導入部と中間部に比して、どれも最後が弱い気がするけど読んでいて心地よかったのでOK。
うか 文字が自然の産物である世界。人間は文字と特殊な共犯関係を結ぶことによって言葉を形にすることでできている。そんな世界で、語り手は「文字屋」本社の漢字部かんむり課うかんむり班に勤務している。あるとき、同僚のMさんが始末書の代わりに環境依存文字の組み立てを命じられたが・・・。人間が自然を支配するのと同じように文字を制御する。すると、どうなるか。自然が時に人間にこっぴどく刃向かうように、文字も思ってもみなかったような形で刃向かう。「うか」はそういう世界をほんのりユーモラスに描いている。初めのほうで班長のYさんが言う。「うかんむりにとって大事なのは帰り道を間違えないこと。間違えると違う家に着き、違う家に着くと違う人になってしまう」
語り手は殖字現象で環境依存文字の第二世代が発生したせいで帰り道を間違えてしまったってことなのかな?
等高線のシアン 肩甲骨のあいだに新芽が生えた。医者にもらったクリームを塗って、風通しの良い部屋で過ごすように心がけたら、あっという間に一人前の芽になった。シャワーを浴びると背中に歓喜の気配がある。西日のほうへ伸びていこうとする。あぶくのような意思を感じる。やたらと肩が凝る。詩人を訪ねて、この芽を見せると・・・。語り手と詩人の住む町は重たい言葉ほど低い場所に溜まる習性があるので、低地を歩くときにはみんなスニーカーを履く。そうしないと「いまだかつてない」とか「断腸の思い」といった重たい言葉に足をとられてころんでしまうという設定が面白い。詩人は重たい言葉と軽い言葉のどちらにも偏りたくないので月の前半は坂上の家、後半は坂下の家で暮らしているというのも、いかにもありそうでおかしい。詩人ってそんなふうだよね、と納得できてしまう。この話も「うか」と同様、文字が自然に属する世界なのだな。
星座落ち K盆地では冬になると星座が落ちてくる。樹に落ちた星座をうかつに拾わないように注意されていたのにオリオン座を拾ってしまったモリオ。モリオと関係したあと双子のアリとナシを産んだスナ。不定期に姿が消えるナシ・・・。なんとも捉えどころのない、それでいてどこかしらでつながったエピソードが続く。全体を通じて感じるのは、ひとところに留まり続けることへの不安かな。スナが15歳くらいまで過ごした港町で捕れるツノザカナのエピソードは美しい。死んだツノザカナは日光に当たると溶けて、白くすべすべしたツノを残す。これを夜の海に沈めると水面に映像が現れるのだ。
液体でつくられた都市。月面を埋める何千もの墓。空に向かって落葉する紅葉と銀杏。スイカ柄の地平線。鯨の背中で栄えては消えてゆくいくつもの小さな文明。球体のオーロラ。大学・大学院で南インドの武術についてフィールドリサーチを行い、チャットボットやロボットの会話体験設計に携わり、デザイン会社での企画・ライター職を経てフリーランスとなり、インタビューやコラムの執筆に加え、UXライターとして、デジタルプロダクトにまつわる言葉のルールを設計する仕事をしているらしい。
うか 岡田麻沙作品集
作者:岡田麻沙
出版社:惑星と口笛ブックス
ISBN:Kindle版
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by timeturner
| 2024-03-18 19:00
| 和書
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