ラヴデイ・ブルックは30歳を少し超えたばかり、中肉中背で美人でもブスでもなく、目立ったところのない独身女性だ。その特徴のなさとすぐれた観察力を生かして、ロンドンの探偵事務所で働いている。いわゆる私立探偵だが、警察の依頼を受けて女性でないと入りにくい場所への潜入調査も多く受けている。観察力にすぐれ、度胸もあるラヴデイは、男性優位のヴィクトリア朝社会で、男に媚びず、実力だけで仕事を進める・・・。
ワトソンなしのホームズのようにひとりで事件を解決する女探偵の活躍を描く7編を収録。
The Black Bag Left on a Door-Step 『
A Surprise for Christmas: and Other Seasonal Mysteries』収録。
The Murder at Troyte's Hill ラヴデイはカンバーランドにあるトロイト館当主である言語学者の筆記係として屋敷に住み込み、様子をさぐることになった。門番小屋に住んでいた老人が撲殺されたのだ。警察は当主の息子を疑っているのだが、彼は腸チフスで屋敷内の一室に隔離されていた・・・。頭がいいだけでなく勇気もあるところを見せるラヴデイ。現代の作家だったら武闘派にしちゃうだろうけど、さすがにこの時代では男性たちに救出させるか。それにしても、後出しジャンケンが多いなあ。「室内をくまなく調べた」とは書いていても暖炉に髪の毛があったことは書かない。「テーブルにたたんだ新聞を置いた」とは書いても、その新聞に何が出ていたかは書かない。ミステリーとしてはフェアと言えないんじゃない?
The Redhill Sisterhood ラヴデイはライゲート警察に呼ばれた。レッドヒルという小さな町の袋小路の突き当りにある古屋敷をレッドハイス姉妹団という組織が借り受け、数人の修道女が身体の不自由な子どもたちの世話をしている。修道女と子供たちはロバが曳く荷車で近隣を回り、寄付された不用品を売って運営費にあてているのだが、回収に出向いた先で盗難の被害が出ているという・・・。現地に到着する前、刑事と落ち合ったときから何者かに追跡されることになるラヴデイは、敵方に捜査状況を見張られてしまい思うように動けないという、探偵にとってはまことに困った状況に置かれてしまう。そんな困難を逆手にとって強盗団をやっつけたラヴデイは実にかっこいいのだけれど、それでもやっぱり後出しジャンケンなのよね。もう、この作者はこういう人なんだから、読者は自分で謎をとこうとせず、最後の種明かしまでひたすら動きを追っていればいいのかもしれない。そのほうがストレスが少なそう。
A Princess's Vengeance ある裕福な慈善家の婦人が雇っていたスイス人の女性秘書が失踪したが、そのうち連絡があるだろうと放置していた。だが、婦人の息子で女性に興味を抱いていた大佐が帰宅し、心配してラヴデイに調査を依頼した・・・。慈善家の婦人が東洋女性の救済にハマっていることと、コスモポリタンな雰囲気が好きなことが相俟って、屋敷にはさまざまな人種の客人が集まってきているという設定が面白い。当時のイギリス人の「国際化」がどの程度のものなのかもうかがい知ることができる。結果として犯罪はからまず、八方丸くおさまってのハッピーエンド。
Drawn Daggers 事務所を訪ねてきた紳士はふたつのことで悩まされていた。ひとつは差出人のない封筒で送られてきた短剣の絵。もうひとつは北京在住の友人から頼まれて預かっている令嬢のダイヤのネックレスが紛失したことだった・・・。ラヴデイは室内装飾家を装って紳士の家を訪れ、中のようすを調べる。これってすごくいいアイディアだ。室内装飾家なら部屋の隅々まで調べても、さかんにメモをとっても怪しまれないもんね。真相にはほとんど事件性はなく、途中から読者も気づくことができる。でも、クライアントの最後の一言は、ヴィクトリア朝の階級差別丸出しで盛り下がるな。『
英国古典推理小説集』収録「引き抜かれた短剣」、『
ラヴデイ・ブルックの事件簿』収録「短剣の絵」。
The Ghost of Fountain Lane 休暇でブライトンに行ったラヴデイがホテルの部屋で地元の新聞に載った幽霊騒ぎについて考えているところに刑事が訪ねてくる。牧師館で小切手が盗まれ、600ポンドが換金されたという。幽霊に心を残しながらも、ラヴデイは刑事に連れられて牧師館の隣の下宿屋へ向かう・・・。「Drawn Daggers」では冒頭、探偵事務所長のダイヤー氏と論争を戦わせていたラヴデイだが、こちらでは40~50代の刑事を相手にぽんぽん物を言い、逮捕状の手配まで命じている。いくら凄腕の探偵とはいえ、ヴィクトリア朝に、後ろ盾もない女性が、国家公務員である警察官に、こんな上から目線で物が言えたんだろうか? 当時の女性が読んだら気分よかっただろうな。
Missing! ある日、レスターシャーのマナーハウスから18歳の令嬢が散歩に出かけ、それっきり姿が消えた。イタリア人の母親譲りの激しい性格を持つ美人で大勢の求婚者に囲まれていた。父親が近々再婚する予定の未来の継母とはうまくいっていなかった。警察の捜査も多額の賞金も効果がなく、リンチ・コートの事務所に協力依頼が来たのは失踪から10日も経ってからで・・・。「今頃頼んでくるなんてこちらに責任を押しつけるつもりなのよ。断れればいいのに」と怒るラヴデイを、ミスター・ダイヤーが「ここのところ仕事がなくて事務所の経営がね――」となだめる冒頭は、ヴィクトリア朝の小説にしてはリアルで面白い。
7話目まで読んで、ようやくこのシリーズの愉しみ方のコツをつかみました。この作者はとにかく最後に読者をあっと言わせたい。そのためにミスリーディングをするし、ヒントは与えないし、ズルもする。そうやって読者に勝とうとしてくる。そういう相手とふつうに推理合戦をしても無駄に腹が立つだけです。だから、裏付けなんかなくていいから「こう来ればあっと驚くだろうな」という結末を考え、それが当たるかどうか、作者がどんな後出しジャンケンを出してくるかを楽しめばいい。
まあ、ミステリーの一般的な読み方とは言えないかもしれないけれど、その代わりにブルックの強気な性格や、男性陣がラヴデイにやりこめられてへどもどする様子でたっぷり楽しめるし、ヴィクトリア朝の人間模様や生活様式も垣間見ることができます。
「The Redhill Sisterhood」に出てくるSisterhoodですが、ふつうは婦人伝道会、修道女会のことですよね。でも、ここでは宗教とは関係のない慈善団体だと説明されている。サフラジェットが登場してからならそういう組織もありそうだけど、作者のパーキスは1839年生まれでそれ以前なんですよね。そういう政治的背景は抜きで、ヴィクトリア朝社会で男性から酷い目に遭わされている女性たちが駆け込める組織だったのかな。
もうひとつ面白いと思ったのは、当時はまだ電気を引いている家が少なく、警察では明るく照らす電気がついた家には泥棒が入りにくいと考えていること。それに対してブルックは疑問を呈します。
The burglars would find some way of meeting such a condition of things, depend upon it; they have reached a very high development in these days. They no longer stalk about as they did fifty years ago with blunderbuss and bludgeon; they plot, plan, contrive and bring imagination and artistic resource to their aid. By-the-way, it often occurs to me that the popular detective stories, for which there seems to large a demand at the present day, must be, at times, uncommonly useful to the criminal classes.
あはは。泥棒のほうが警察より色々考え工夫していると言っているかのようですね。おまけに探偵小説が犯罪者に教えているとまで。自嘲と自負が混ざったような発言。
「Missing!」の筋立てがどこかで読んだことがあるような気がしました。考えてみたら、前の日に、この作家のデビュー作である長編ミステリー『Disappeared From Her Home』を試し読みで1章だけ読んだんですが、それによく似たシチュエーションでした。ラヴデイで何か1編書こうとしたときに「あの設定が使える!」と思ったのかな。
The Experiences of Loveday Brooke, Lady Detective
作者:Catherine Louisa Pirkis
出版社:
Project Gutenberg Australia ISBN:Kindle版