2014年 04月 30日
八つの夜 |

神様が用意してくれた着物に着替えると、別の少女に姿が変わり、その子の暮らしを文字通り体験するのです。昼間はいつも通り綾子として学校に行き、ふつうに暮らすのですが、夜の間だけは神様が連れていってくれる場所で、他人となっているのです。
ちょっと『クリスマス・キャロル』のような設定ですが、あんな恐ろしい思いはしません。「世間を見る」というようなものですが、かといって「世の中にはこんなに苦労している娘もいるのだからお前も心して生きよ」などという説教をするわけではなく、神様からもそれを見てどう考えたかといった問いもされません。ただひたすら見るのです。それぞれ独立した話ですが、登場人物が少し交錯することもあり、連作短編集のようにも読めます。
与謝野晶子がこんな静かな童話を書いていたとは知りませんでした。押しつけがましくなく、それでいてその場その場の音や匂いが感じられるような細やかな筆致で、大正時代のさまざまな境遇の少女たちを描き出します。按摩の弟子として働く盲目の少女、漁師の娘、子守り兼女中として働く娘、海洋航路の旅客船でメイドとして働く少女、尼寺に入ることになった公家の姫君などなど。ミッションスクールの給費生になったときは、あらあ村岡花子さんと一緒、と思ったけど、こちらの学校は寮の舎監も寄宿生もシスターもみんな意地悪で、とんでもない環境だったので笑ってしまいました。これって与謝野晶子が誰かに聞いた話なのかな。
着るものや家の様子など実に細かく書かれているので、当時の風俗を知る資料としても興味深く読めます。
この本は、大正4年に實業の日本社から刊行された本の復刻版。愛子叢書というシリーズの4作目で、愛子というのは人の名前ではなく、「親が最愛の我が子に読ませる最良の物語」を意図したもので、「現代文壇第一流の大家に書いて貰った」とありますから、書き下ろしなのでしょう。与謝野晶子の前には島崎藤村、田山花袋、徳田秋声が書いています。
カラー口絵が8枚挿入されているのですが、クレジットがないので画家の名前は不明です。が、物語の最後のほうに綾子の父は太田画伯というえらい絵描きだという記述があるので、明治生まれの画家、太田三郎かもしれません。
日本児童文学館〈第2集 8〉八つの夜―名著複刻 (1974年)
作者:与謝野晶子
出版社:ほるぷ出版
ISBN:なし
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by timeturner
| 2014-04-30 21:04
| 和書
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