2006年 11月 23日
言葉にこだわるイギリス社会 |
イギリス英語を身につけたいと思っている人には興味深く読める内容だと思います。ただし、発行が1989年なので例に挙げられている政治家、文化人、芸能人がいずれも過去の人でちょっとピントがずれている感じがします。20年近くたっていれば言葉も変化しているのでこの中にとりあげられている言葉の発音も変わっているかもしれない。でも、全体的な状況は多分ほとんど変わっていないと思う。
著者が全体を通して言っているのは、英語の発音の違いには地方差だけでなく階級差が含まれているので、きちんとした標準語(RP)を身につけない限り、社会的な成功は望めない、だから子供たちにはRP教育を徹底させよう、というもの。
RPというのは Received Pronunciation の略で、つまり万人に受け入れられる発音ということ。標準語とはいってもこの本の発刊当時で(おそらく今でも)RPを話せるのはイギリス全人口の5%程度だそうです。そして確かに就職などの際にRPが話せないと大きな障害になるようです。オックスフォードやケンブリッジといった一流の大学に行けば、そこで教師や学友の影響を受けてRPに移行するのが普通なので、高い教育を受けた人はRPが話せる、だからいいところに就職できる、というのは自然な流れなのかとは思います。
イギリスに階級があるというのは公然の事実だし、言葉によって差別されるというのも真実だと思う。でも、だからって自分のアイデンティティを完全に捨ててしまうようなRPへの完全移行を一方的に進めるというのもどういうものかなあ。シェーンでロンドンの労働者階級出身の女性に教わったことがありますが、彼女は努力して大学に行き、RPを身につけて中流階級に入ったけれど、そのためには母親を含めた家族、親戚、友人たちからの非難と蔑みを受けなくてはならなかったと言っていました。同じ地方、階級同士の連帯感が言葉には含まれているんですよね。
日本では地方出身者が東京に出てくると標準語を話すけれど、地元に帰ればすぐにお国言葉に戻れますよね。あれって一種のバイリンガルでしょう? イギリス人でもショーンみたいにヨークシャー・アクセントを売りにしていながら、役によっては完全なRPも話せるんだから、教育の仕方によって可能なんじゃないかと思うんですが。それともやっぱりある種の能力が必要なんだろうか?
まあ日本の場合は方言のせいで(能力があるのに)就職できないなんてことは、アナウンサーなどの特殊な職業を除いてはまずないから、実感がつかめないのかもしれません。日本で言うとむしろ方言ではなくて、きちんとした敬語や丁寧語が使えない層や、犯罪に関係している人の間で使われるヤクザ言葉みたいなものに近いのかな、イギリスの言葉の違いというのは。
著者はイギリス内での言葉の階級を以下の4つに分けています。
超上層語(ハイパーレクト) 王室、貴族など特権階級のRP
上層語(アクロレクト) 一般のRP
中層語(メゾレクト) 教養を感じさせるもの=エディンバラ、ウェールズ、北部イングランド(ヨークシャーなど)、イングランド農村部、タインサイド(ジョーディ)
下層語(バジレクト) 訛りの強いもの=ロンドン(コックニー)、リヴァプール(スカウス)、グラスゴー、バーミンガム(ブラム)、ベルファスト
超上層語とRPは発音と語彙の両方で微妙に異なりますが、発音のほうは下層語に似た部分も多く、ただし全体にゆったりと引き伸ばした喋り方のよう。そういえば「高慢と偏見」のダーシーたちの喋り方ってそんな感じでしたね。U(Upper Class)とノンU(Non Upper Class)という分け方も一時流行したようで、それによると語彙が次のように変わります。
U ノンU
ナプキン Napkin Serviette
トイレ Lavatory Toilet
ハンドバッグ Bag Handbag
居間 Sitting Room Lounge
ラジオ Wireless Radio
死ぬ Die Pass on
下層語は基本的に大工業都市圏の労働者階級のアクセント。ヨークシャーや西部地方のアクセントも労働者階級のものですが、これらの地方では同じアクセントが中流階級でも使われています。ヨークシャー出身者は事業家であれ、農場主であれ、スポーツ選手であれ、その多くが功成り名を遂げたのちまで自信をもって方言を使い続け、自分の子供がそれを話すのも誇りに思うのだそう。ふむふむ、ショーンのお父さんも労働者階級とはいえ、成功した工場主(ロールスロイスに乗ってたそうだ)で私たちが考える労働者階級とはかなり違うんですが、それでもバリバリのヨークシャー訛りだもんな。
ビートルズのおかげで一時スカウスが上流階級の若者の間でも真似されたことがあったそうですがすぐにすたれ、今ではポール・マッカートニー自身もRPに近い発音になっています。
アメリカ発音はイギリス人からは映画やTVの影響もありおおむね好意的に受け止められているようです。発音の違いのために意思が通じないこともあるというのはちょっと驚きでした。インド英語や西カリブ諸島英語にいたっては、10回繰り返してもらっても何を言っているのか理解できないということもあるらしい。そういうのを読むと、これまでイギリスに旅行してこちらが言ったことが相手に理解してもらえなくて、「私の発音がひどいせいだわ」とおちこんでいたのが馬鹿らしくなりました。英語を母国語とする同士でも聞き取れないことが多いんだから、第二外国語である私たちなら当たり前なのよね。
米語と英語の発音の違いはこんな感じ。
米 英
Dance デァンス ダーンス
Path ペァス パース
Hot Dog ハードドーグ ホットドッグ
God ガード ゴッド
Marry メリ メァリ
尻 Ass(エァス) Arse(アース) (*英でAss(エァス)はロバ)
New ヌー ニュー
Figure フィギャ フィガ
Can ケァン ケァン
Can't ケァント カント
Moscow モスコウ マスカウ
Nepal ネイパール ニポール
Vietnum ヴィエトゥナーム ヴィエトゥネァム
単語の中のどの音を強く発音するかの違いもあります。インド英語は確かにわかりにくいかも。
米 英
Pakistan ペァキステァン パーキスターン
Detail ディテイル ディーテイル
Inquiry インクワリ インクワイアリ
Laboratory レァブラトーリ ラボラトゥリ
Advertisement エァドゥヴァタイズマント アドゥヴァーティスマント
インド 英
Regret リグレト リグレット
Develop ディヴェラプ ディヴェラプ
Necessary ネセスリ ネサスリ
Economics エコノミクス イーカノミクス
Prepare プリペア プリペア
原題にあるThe Pygmalion はバーナード・ショウが書いた喜劇で映画「マイ・フェア・レディ」の原作です。コックニー訛りのひどい花売り娘を音声学教授が徹底的に教育して貴婦人に仕立て上げるという話でした。
言葉にこだわるイギリス社会
原題:Does Accent Matter?: The Pygmalion Factor
作者:ジョン・ハニー
訳者:高橋作太郎、野村恵造
出版社:岩波書店
ISBN:4000228390
著者が全体を通して言っているのは、英語の発音の違いには地方差だけでなく階級差が含まれているので、きちんとした標準語(RP)を身につけない限り、社会的な成功は望めない、だから子供たちにはRP教育を徹底させよう、というもの。
RPというのは Received Pronunciation の略で、つまり万人に受け入れられる発音ということ。標準語とはいってもこの本の発刊当時で(おそらく今でも)RPを話せるのはイギリス全人口の5%程度だそうです。そして確かに就職などの際にRPが話せないと大きな障害になるようです。オックスフォードやケンブリッジといった一流の大学に行けば、そこで教師や学友の影響を受けてRPに移行するのが普通なので、高い教育を受けた人はRPが話せる、だからいいところに就職できる、というのは自然な流れなのかとは思います。
イギリスに階級があるというのは公然の事実だし、言葉によって差別されるというのも真実だと思う。でも、だからって自分のアイデンティティを完全に捨ててしまうようなRPへの完全移行を一方的に進めるというのもどういうものかなあ。シェーンでロンドンの労働者階級出身の女性に教わったことがありますが、彼女は努力して大学に行き、RPを身につけて中流階級に入ったけれど、そのためには母親を含めた家族、親戚、友人たちからの非難と蔑みを受けなくてはならなかったと言っていました。同じ地方、階級同士の連帯感が言葉には含まれているんですよね。
日本では地方出身者が東京に出てくると標準語を話すけれど、地元に帰ればすぐにお国言葉に戻れますよね。あれって一種のバイリンガルでしょう? イギリス人でもショーンみたいにヨークシャー・アクセントを売りにしていながら、役によっては完全なRPも話せるんだから、教育の仕方によって可能なんじゃないかと思うんですが。それともやっぱりある種の能力が必要なんだろうか?
まあ日本の場合は方言のせいで(能力があるのに)就職できないなんてことは、アナウンサーなどの特殊な職業を除いてはまずないから、実感がつかめないのかもしれません。日本で言うとむしろ方言ではなくて、きちんとした敬語や丁寧語が使えない層や、犯罪に関係している人の間で使われるヤクザ言葉みたいなものに近いのかな、イギリスの言葉の違いというのは。
著者はイギリス内での言葉の階級を以下の4つに分けています。
超上層語(ハイパーレクト) 王室、貴族など特権階級のRP
上層語(アクロレクト) 一般のRP
中層語(メゾレクト) 教養を感じさせるもの=エディンバラ、ウェールズ、北部イングランド(ヨークシャーなど)、イングランド農村部、タインサイド(ジョーディ)
下層語(バジレクト) 訛りの強いもの=ロンドン(コックニー)、リヴァプール(スカウス)、グラスゴー、バーミンガム(ブラム)、ベルファスト
超上層語とRPは発音と語彙の両方で微妙に異なりますが、発音のほうは下層語に似た部分も多く、ただし全体にゆったりと引き伸ばした喋り方のよう。そういえば「高慢と偏見」のダーシーたちの喋り方ってそんな感じでしたね。U(Upper Class)とノンU(Non Upper Class)という分け方も一時流行したようで、それによると語彙が次のように変わります。
U ノンU
ナプキン Napkin Serviette
トイレ Lavatory Toilet
ハンドバッグ Bag Handbag
居間 Sitting Room Lounge
ラジオ Wireless Radio
死ぬ Die Pass on
下層語は基本的に大工業都市圏の労働者階級のアクセント。ヨークシャーや西部地方のアクセントも労働者階級のものですが、これらの地方では同じアクセントが中流階級でも使われています。ヨークシャー出身者は事業家であれ、農場主であれ、スポーツ選手であれ、その多くが功成り名を遂げたのちまで自信をもって方言を使い続け、自分の子供がそれを話すのも誇りに思うのだそう。ふむふむ、ショーンのお父さんも労働者階級とはいえ、成功した工場主(ロールスロイスに乗ってたそうだ)で私たちが考える労働者階級とはかなり違うんですが、それでもバリバリのヨークシャー訛りだもんな。
ビートルズのおかげで一時スカウスが上流階級の若者の間でも真似されたことがあったそうですがすぐにすたれ、今ではポール・マッカートニー自身もRPに近い発音になっています。
アメリカ発音はイギリス人からは映画やTVの影響もありおおむね好意的に受け止められているようです。発音の違いのために意思が通じないこともあるというのはちょっと驚きでした。インド英語や西カリブ諸島英語にいたっては、10回繰り返してもらっても何を言っているのか理解できないということもあるらしい。そういうのを読むと、これまでイギリスに旅行してこちらが言ったことが相手に理解してもらえなくて、「私の発音がひどいせいだわ」とおちこんでいたのが馬鹿らしくなりました。英語を母国語とする同士でも聞き取れないことが多いんだから、第二外国語である私たちなら当たり前なのよね。
米語と英語の発音の違いはこんな感じ。
米 英
Dance デァンス ダーンス
Path ペァス パース
Hot Dog ハードドーグ ホットドッグ
God ガード ゴッド
Marry メリ メァリ
尻 Ass(エァス) Arse(アース) (*英でAss(エァス)はロバ)
New ヌー ニュー
Figure フィギャ フィガ
Can ケァン ケァン
Can't ケァント カント
Moscow モスコウ マスカウ
Nepal ネイパール ニポール
Vietnum ヴィエトゥナーム ヴィエトゥネァム
単語の中のどの音を強く発音するかの違いもあります。インド英語は確かにわかりにくいかも。
米 英
Pakistan ペァキステァン パーキスターン
Detail ディテイル ディーテイル
Inquiry インクワリ インクワイアリ
Laboratory レァブラトーリ ラボラトゥリ
Advertisement エァドゥヴァタイズマント アドゥヴァーティスマント
インド 英
Regret リグレト リグレット
Develop ディヴェラプ ディヴェラプ
Necessary ネセスリ ネサスリ
Economics エコノミクス イーカノミクス
Prepare プリペア プリペア
原題にあるThe Pygmalion はバーナード・ショウが書いた喜劇で映画「マイ・フェア・レディ」の原作です。コックニー訛りのひどい花売り娘を音声学教授が徹底的に教育して貴婦人に仕立て上げるという話でした。
言葉にこだわるイギリス社会
原題:Does Accent Matter?: The Pygmalion Factor
作者:ジョン・ハニー
訳者:高橋作太郎、野村恵造
出版社:岩波書店
ISBN:4000228390
by timeturner
| 2006-11-23 15:21
| 和書
|
Comments(5)
Commented
by
SARAH
at 2006-11-26 11:41
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面白いですねぇ。私の最愛のあの人はどうなんだろう・・・。ハラハラ。ちゃんとRPしゃべれるのかな。階級をちゃんと区別するほどの力は私にはないのでドキドキします。(爆)同じ英語でも発音や語彙が通じないって、実はたくさんありますよね。私は最愛の人に合わせてイギリス英語を話そうと努力していたのですが、そこは英語については特別な教育を受けていない公立中学・高校出身者の悲しいところで、どうしても発音・語彙・聞き取りがアメリカ英語に慣れてしまっているのです。なので、どっちにしろ日本語英語になっちゃうのだからとわざわざ英国寄りにするのをあきらめました。なお、最愛のあの人はアメリカに生活を移し、フットボールででクォーターバックをしているようなアメリカ人そのものの息子を持っているわけですが、全くもってイギリス英語のままで、息子の応援を親バカ丸出しであのアクセントでしているのかと思うと・・・。浮いていないか心配です。(バカ)
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shoh
at 2006-11-26 23:43
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あの方ってどこ出身でしたっけ? 私の記憶はステージでのMCだけなのであまりイギリス英語という印象はないですが、面と向かって話すとやっぱりイギリス英語なんですね。頑固そうだしねえ(^^)。
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SARAH
at 2006-11-27 12:51
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出身はReadingなのです。
あの方、いつもMCだと同じことばっかり言ってますよね。芸がないですよねー。もっとMC工夫してほしいです。まぁ、あの性格だとムリだな。
通常のしゃべりは、もそもそとしゃべるので聞き取りにくいんです。
あの方、いつもMCだと同じことばっかり言ってますよね。芸がないですよねー。もっとMC工夫してほしいです。まぁ、あの性格だとムリだな。
通常のしゃべりは、もそもそとしゃべるので聞き取りにくいんです。
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by
shoh
at 2006-11-27 19:59
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レディングだったらロンドンに近いからそれほど田舎風の訛りはなさそうですよね。かといってコックニーって感じでもなかったし。う~ん、わからない(^^)。
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SARAH
at 2006-11-28 13:33
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学もないし、育ちもよくないので、間違いなくバジレクトでしょうねぇ。ああ・・・。でもいいんです。美しいので。(爆)