2023年 03月 28日
探偵小説の世紀 (上) |
「およそ謎解き小説であるかぎり、一つのアイデアを軸にして、ストーリーが展開する。したがって、ストーリーが短くてこそ、そのアイデアが新奇で、ユニークなものであるかどうかを的確に識別できる」「長編小説では、真相の解明が竜頭蛇尾でおわることが多いのだ。これに反して短編小説にあっては、生気溌剌たる最終場面で読者を悦ばすことができる」
有名な作家、作品が割愛されているため不満に思う人もいるみたいで、読者レビューを見てもあまり評判がよくないようだけれど、私からすると未読の作家・作品がずらっと並んでいてお買い得だ。(1935年当時に選ばれたものだから)あっと驚く新しいアイディアはないものの、よく書けたものが揃っていると思う。
ジグソー・パズル The Jigsaw/レナード・R・グリブル フィンチリーで頭を殴られた死体がみつかったとの通報を受け、スコットランド・ヤードのトレンチが駆け付けた。被害者はスティーヴン・アーミテイジという画家で、1階の図書室兼書斎の椅子に座っているところを火かき棒で殴られたらしい。庭に通じるフランス窓が開いており、犯人のものと思われる足跡が窓と門の間に残っていた。書斎の机の上には完成間近のジグソー・パズルがあったが、ピースの1枚は被害者の手のひらに、もう1枚は紛失していた・・・。ジグソー・パズルの使い方は面白いけど、そもそも、原画をどうやってカットするのかとか、どうして犯人は1枚だけ持って逃げたのか、持って逃げたものをなぜ焼いてしまわずにとっておいたのかとか、筋の通らない箇所が多くて読み終えたときに萎える。
大強盗団 The Great West Raid/E・フィリップス・オッペンハイム 天才的な紳士強盗マシューに率いられた強盗団がウォーレン百貨店を襲い、警備員3人を殺して店内にあった宝石と現金を根こそぎ奪っていった。逃走に使った店のヴァンは、道端に乗り捨てられているのがみつかったが、犯人たちと盗品の行方はわからないままで、スコットランド・ヤードの切れ者刑事ベンスキンは唯一の手掛かりを追う・・・。あれ、これって途中から始まってない? もっと長い話から抜粋したんだろうか。始まりも終わりも中途半端だ。
アズテカ族の髑髏」 The Aztec Skull/ギャヴィン・ホルト 犯罪学の研究者であるバスティオン教授は、友人のビーヴィス少佐が鉱山技師としての経験をみこまれてメキシコの旧友のいる会社に手伝いにいくのについていった。専門とは離れ、純粋に休暇のつもりだったのだが、最初に訪ねたアズテカ族の遺跡で頭蓋骨を掘り出したことから凶悪な強盗団に狙われることになった・・・。「海賊の地図」と「大列車強盗」を足してメキシコ風味を散りばめたような話で、話の展開は最初から読めてしまうけど、のんきなんだかしたたかなんだか諮りかねるバスティオン教授の個性で読ませるタイプ。シリーズ探偵になっているらしい。
鉄のパイナップル The Iron Pineapple/イーデン・フィルポッツ 新興の海浜リゾート地で青果商を営む「わたし」は真面目で実直な商売人だったが、人には言えない秘密があった。何かひとつのこと、それもごく些細でつまらないことに夢中になり、それ以外のことは考えられなくなるという強迫観念だ。最近では建設中の家の周囲にめぐらした金属柵の頭についた鋳鉄製のパイナップルを盗んだ。だが、「わたし」にはもうひとつの強迫観念があった。崖の絵を描いている画家へのいわれのない憎しみで・・・。これは面白い。語り手は一種の狂人なんだけど、彼が強迫観念に駆られて行った犯罪が極悪人の処刑につながり、さらにはその事実を手記にして公開しようとするという、妄想なのか作り話なのかわからないところが不気味だ。
真珠のロープ The Rope of Pearls/H・ド・ヴィア・スタクプール ジャワ島のサンダバールで宝石と美術品を商い、かなりの成功を収めているカーツ氏は、友人のクラース氏とハルマ将棋の勝負をして夜を過ごすことがたびたびあった。その晩、ヴェランダでの勝負が一段落するとカーツ氏はクラース氏を寝室に連れていき、最近手に入れたばかりの見事な真珠のネックレスを見せた。翌朝、絞殺されたカーツ氏の死体を召使がみつけて警察に通報した・・・。犯行の方法も犯人もありきたりだけれど、これはジャワ人、マレイ人、中国人、オランダ人、ポルトガル人が入り混じって暮らすジャワ島のエキゾチズムを楽しむ話なんだろうな。
読心術合戦 The Mind-Readers/エドガー・ウォーレス パリに居をかまえるレン・ウィトロンは、フランス以外の国々で犯行を重ねる犯罪者組織の領袖ながら、自らは一度も有罪判決を受けたことがない用意周到な犯罪者だった。そのウィトロンがロンドンのバレット公爵邸からエメラルド4袋を盗み出した。スコットランド・ヤードは読心術を応用してウィトロンの先回りをしようと・・・。読心術というよりは心理や状況を正確に分析し推理する能力かな。嫌味な副警視総監をとっちめることができて気分がよかった。
8:45列車内の死 Death on the 8-45/フランシス・キング ヴィクトリア駅に午後8時45分に到着した列車の郵便車で仕分け係の男がクロロホルムを嗅がされ倒れているのが見つかった。書留便の袋から金目のものが盗み出され、もうひとりの仕分け係が屋根の上で死んでいたが、盗まれたものは影も形もなかった・・・。犯人が最初に考えていた以上に凶悪だったことにびっくり。スコットランド・ヤードのドランズフィールド主席警部と、私立探偵のポール・グレンドンが組んで捜査に当たるが、頭が回るのはグレンドンのほうで、ドランズフィールドは何も教えられないまま引っ張り回されて気の毒。
根気づよい家捜し人 The Persistent House-Hunters/C・E・ベチョファー・ロバーツ 有名な探偵A・B・C・ホークスとメイフェアのフラットで同居しているジョンストンに、従兄弟のロビンから手紙が来た。ロビンと妻が住む家を休暇の間借りたいという夫婦が強引で困っているという。貸さないとロビンの妻が結核を再発することになると脅迫まがいのことまで言っているという。そして3か月後、ロビンから妻が結核を再発したと言う電話が入った。前回はにべもなく断ったA・B・Cも、今回は興味を示し、ロビンの家に向かった・・・。ホームズ&ワトソンみたいな二人組。コナン・ドイルの最初の妻が結核だったことを思うと、なかなか意味深な話だ。
くずかご The Waste-Paper Basket/アラン・メルヴィル 引退した元警部ペッパーは、退屈しはじめた客を楽しませようと、かつて手掛けた事件の話を始めた。実業家のハズウェルが書斎で死んでいた。左手に拳銃を握ったままで、遺書めいたメモがあったので一見自殺に見えたが、ハズウェルは右利きだった。かたわらのくずかごの中には、引き裂かれた500ポンドの小切手、新聞の私事通信欄の切り抜き、1、2本の薄緑色の絹糸が入っていた・・・。最後の一言がお茶目。ピンク・レディーの歌が頭の中で流れて止まらなくなった。
死の舞踏 Death in the Dance/ジョージ・グッドチャイルド 化学者のベラミーはサー・ジョージの妻が開催した舞踏会にしぶしぶ参加した。だが、会もたけなわの頃、女たらしで有名なホールディングが倒れ、そのまま死んでしまった。死因は心臓だったが、首の右後ろに虫に刺されたような跡があり・・・。「投げ矢(ダーツ)」では無理がある。刺された本人が手を当てたのにわからず、床に落ちたあと誰も気づかれなかったのなら、針のように細くなくてはならない。「吹き矢」が妥当だと思う。
犯罪学講義 A Lesson in Crime/G・D・H・コール 『Murder by the Book』収録。
無抵抗だった大佐 The Inoffensive Captain/E・C・ベントリー ダートムア刑務所から脱走したジェームズ・ラドモアが父親に出した手紙をもったスコットランド・ヤードのミュアヘッド警部が、アマチュア探偵トレントを訪ねてきた。その手紙にはラドミアが盗んだダイヤの隠し場所が父子の間でだけわかる形で書かれているのではないかというのだ・・・。あらま、謎は解いたのに犯人には逃げられてしまうとは。『トレント最後の事件』は読んでいないのだけれど、こういうタイプの探偵だったのか。
剣によって By the Sword/セルウィン・ジェプスン 厳格な裁判官である従兄弟のハロルドの屋敷に滞在していたアルフレッドは、2千ポンドの借金を申し込んだが断られ、ハロルドを殺す決心を固めた。ハロルドが死ねば財産は妻のバーバラのものになる。そのバーバラを自分は愛しているのだから、愛と金の両方が手に入るというわけだ・・・。どこまでも自分勝手な男が勝手な思い込みで身を滅ぼす話。おもちゃの兵隊の持つ件でどうやって傷がついたのかがいまいちイメージできないのがもどかしい。窓枠に倒れていたのをうっかり掴んでしまったのかな?
無用の殺人 Superfluous Murders/ミルウォード・ケネディ ジョン・マンズブリッジは周到なアリバイを用意して従兄弟フェリクスの家を訪ね、書斎でラジオを聴いている従兄弟の頭を殴って殺し、強盗の仕業に見せかけた。予定していたとおり村の巡査が通りかかると、今来たばかりのように見せかけて死体を発見する。計画通りだったのだが・・・。犯人視点で描かれた前半部のアラを警察署長とその部下がみつける倒叙様式のミステリーかと思って読んでいたら、最後に思いがけない驚きが。
ハムプステッド街殺人事件 The Hampstead Murder/クリストファー・ブッシュ 作家のラットリー・プレンティスは、新聞に載った警官の投稿を読んで執筆中のミステリーに登場する私立探偵事務所の描写が現実に即していないのではないかという怖れにとりつかれ、本物の探偵事務所に出向く決心をした。執筆のための見学とは言えず親しい友人の身辺調査を依頼したプレンティスは報告書を見て愕然とした・・・。うわあ、プレンティスが気の毒すぎる。人を見る目のない人間が安易に結婚したのが間違いだったんだろうな。作家なんだから想像力には恵まれていたと思うんだけどね。まあ、自分のことはわからないのか。ところで、描かれる話とはぜんぜん関係ないんだけど、古い翻訳でHampsteadを「ハンプステッド」と表記しているのがとても気になる。
エルキュールの功績 A Labour of Hercules/ベロック・ローンズ エルキュール・ポポーが年金生活を送るパラダイス・ホテルは新年を迎えて宿泊客で賑わっていた。ある晩、友人であるパリ警察犯罪捜査部長と夕食をとったポポーが遅くに帰ると、暗い廊下の扉の向こうから若い女性の英語で助けを求める声が聞こえた。ホテルの者の話ではアルゼンチンから来た夫婦とその娘が泊まっており、軽い精神病のある娘をパッシーの医師に預ける予定らしい・・・。『Continental Crimes』収録「Popeau Intervenes」に登場したポポーが登場する作品。冒頭での犯罪捜査部長との会話にもそこでの事件に触れている。どうやらポポーは「若い恋の物語にてもなく心を揺さぶられる観賞家」らしい。もっとこの人が出てくる話を読みたいなあ。
みずうみ The Lake/W・F・ハーヴィー 中年のベテラン看護婦がカーステアズ夫人という裕福な老女の専任看護婦として病院から派遣された。懸命に看護の結果かなり恢復した夫人は、結婚した長女が暮らすハンプシャーに看護婦を連れて出かけたが、そこで湖をスケッチしている最中に倒れて死んだ。そのときは何も疑問に思わなかったのだが、あとになって夫人の遺産相続者のひとりが当時金に困っていたことを知り、ひとつの仮説を思いつく・・・。わざわざこんなに手のこんだことをして犯人を牽制しようとする人なんているかな。でも、逮捕できないならぜめて世間に知ってほしいと考える気持ちはわかる。
極秘捜査 In Confidence/G・R・マーロック 昇進したばかりの警部はアメリカから来た名うての詐欺師ブリックにうまく近づき、彼が計画中の仕事に一枚噛むところまでいった・・・。
真紅の糸 A Thread of Scarlet/J・J・ベル 寒風が吹き荒れ、霙が窓を打つ2月の夜、オールド・レインボウ亭では3人の商店主が陰気に酒を飲んでいた。その日の朝、彼らも知り合いだった男が殺人罪で処刑されたのだ。3人のうちの一人は裁判の陪審員でもあった・・・。回転2回ひねりとでも言うような最後の展開にはやられた。短編ならではの小気味よさだな。
金色の小鬼 The Yellow Imps/トマス・バーク 男は突風に押されるようにしてそこまで行き、目当ての屋敷に入りこみ、極東の珍奇な飾り物であふれた書斎で屋敷の主を殺した。誰にも見とがめられずに逃げ出した男だったが、追ってきた者たちがいた・・・。「オッターモール氏の手」のトマス・バークだからある程度予想はしていたけれど、これはミステリーというより怪奇小説。まあ、現実的に解釈すればアルコールと罪悪感がミックスして生まれた妄想なんだろうけど。
さまざまな趣向の作品が集まってはいるけれど、書かれた時代が時代だから、現代の読者の目から見るとトリックが古く、容易に展開が読めてしまうものが多い。ミステリーの歴史を辿るという観点からは興味深いけれど、はっと驚くミステリー名作集を期待するとがっかりするかも。
そんな中で、時代によって古びることがないのはトリックではなく人間心理を描いたものだというのは当然なんだろうな。「鉄のパイナップル」は今読んでも十分に面白い、というよりも、精神医学に関する研究や知識が以前とは比べ物にならないくらい進んでいる今だからこそより面白く読めるのだと思う、
語り手が鉄のパイナップルに抱く愛情というか執着について縷々語るところなんてもう声を出して笑ってしまうほど面白い。
どうやらわたしは、がらくた同様のこの物体を、生きているものと思い込んでしまったらしい。つまりそれが、わたしにとっては、感覚と喜怒哀楽の情、理解力等々を具備した生き物に変わったのだ。冷雨の降りしきる夜には、パイナップルが寒さに震えているのではないかと考え、真夏の太陽がきらめく日は、はたしてそれがこの炎熱に耐えられるのかと思い煩うのだ。そしてまた、夜、ベッドに入っても、おれはこうして安らかに休息をとっていられるが、外の闇ではパイナップルが孤独の身を嘆いていると考え、凄まじい雷雨が襲来したときは、落雷によってパイナップルが永遠に破壊されるのではないかと、わたし自身が怖れおののくのである。ちなみにオリジナルから割愛された作品は以下の通り。
盗まれた手紙/エドガー・アラン・ポオ
黄金虫/エドガー・アラン・ポオ
人を呪わば/ウィリアム・ウィルキー・コリンズ
偶然の審判/アントニイ・バークリー
秘密の庭/G・K・チェスタトン
鏡の映像/ドロシー・L・セイヤーズ
六ペンスの唄/アガサ・クリスティー
盗まれた白象/マーク・トウェイン
ヘドレム高地の秘密/アーネスト・ブラマー
もう一人の絞刑吏/ジョン・ディクスン・カー
グルーズの絵/フリーマン・ウィルズ・クロフツ
探偵小説の世紀 (上) (創元推理文庫 (110‐10))
編者:G・K・チェスタトン
訳者:宇野利泰
出版社:東京創元社
ISBN:978-4488110109
by timeturner
| 2023-03-28 19:00
| 和書
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