2020年 08月 01日
ゴーストドラム |
一年の半分は雪と氷に閉ざされる北の王国。ある年の冬至の夜、魔法使いの老女が奴隷女の家を訪れた。生まれたばかりの女の赤ん坊を引き取って弟子にするというのだ。真実を伝える太鼓(ゴーストドラム)を持ち、ニワトリの脚のついた家で暮らす魔法使いは、引き取った赤ん坊にチンギスという名を与え、強い力をもつ魔法使いへと育てた。チンギスはある日、ゴーストドラムを通して救いを求める叫びを聞きつけた。叫んでいたのは冷酷な皇帝の息子で、生まれてからずっと塔の小部屋に閉じこめられている皇子サファだった・・・。カーネギー賞受賞作。
魔法使いやニワトリの脚の家など、設定は完全にお伽噺なんですが、登場人物たちの考えることすることは実にリアルです。上に立つものは貪欲かつ残虐で、常に猜疑心にかられているし、下の者は保身のために自分より弱い者を虐げ、嘘を重ねて生きています。最下層の人間には恐怖と絶望だけ。まるで「ゲーム・オブ・スローンズ」の世界ですが、現代社会の歪みを極端に図式化したものとも言えます。
そんな状況を正しく強い魔法使いが一変させてくれるのだろうと期待しながら読んでいると、なんとびっくり、状況はほとんど変わらないまま終わってしまいます。要は、人間という生き物に付随する貪欲さや嘘がなくならない限り何も変わらないということなのでしょう。
YAとしてはなんとも救いのない話なのですが、不思議なことにそれほど暗い気持ちにはならないんですよね。極悪の連中がそれなりの報いを受けること、正義と善意の者たちの前に希望の光がほの見えることで救われるからかな。現実を理解せよ、だが絶望はするなという作者のメッセージが伝わってくるからかもしれない。
ところで、魔法使いの老婆が二十歳になったチンギスに食べさせたものの中に「血をまぜて作ったプディングにソーセージをそえた皿」というのが出てきます。これ、原文はblack pudding(あるいはblood pudding)じゃないのかな。black puddingはblood sausageのことだから、ここはただ「血をまぜて作ったソーセージ」でよかったんじゃないかと思う。
ゴーストドラム (ゴーストシリーズ 1)
原題:The Ghost Drum
作者:スーザン・プライス
訳者:金原瑞人
出版社:サウザンブックス社
ISBN:4909125035
by timeturner
| 2020-08-01 19:00
| 和書
|
Comments(0)