2020年 07月 27日
ワイルドサイドをほっつき歩け |
戦後の労働党政権による福祉政策のもとでのんきに破天荒に生きたベビーブーム世代の労働者階級の男たちは、今では作者の連れ合いも含め、いいおっさんになっている。そういうおっさんたちがEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち向かう姿を描いたエッセイ21編。
イギリスの労働者階級というと「反抗的で反権威的でありながら社会階級の枠から飛び出そうとせず、自らマニュアルワークで生きる道を選び取り、既存の階級制度を再生産してしまう」(『ハマータウンの野郎ども』からの引用)と思っていたけれど、最近では子供に「向上心をもて」と教育するようになってきたらしい。新自由主義が浸透してきたってこともあるし、社会のAI化が進んだらロボットに仕事をとられるという危機感もあるから。
おとなしく勤勉に働けば生きて行ける時代には人は反抗的になり、まともに働いても生活が保障されない時代には先を争って勤勉に働き始める。従順で扱いやすい奴隷を増やしたいときには、国家は景気を悪くすればいいのだ。不況は人災、という言葉もあるように、景気の良し悪しは「運」じゃない。人が為すことだ。かなりヤバい状況なのに読んでて鬱々としてこないのは、ブレイディさん自身のエンパシーが高いからなんだろうな。考え方が異なる者同士の対立があっても、両方の立場にたって考えることができる。それはやはり、日本からイギリスに渡り、現地で働き、子育てをする中で、人種やイデオロギーの違いを超えて人間としての共感力で勝負してきた人だからなのかなと思う。
ま、逆に言えば、そういう人だからこういうふうに生きてこられたのかもね。
それにしても、アメリカや日本が酷いことになっていると思っていたら、イギリスもかなりのもんだわね。NHSがここまで追い詰められているとは。新型コロナに罹患し、死の淵から戻ってきたボリス・ジョンソンがNHSを褒めたたえていたけれど、これで少しはこれまでのNHS政策を反省してくれるといいんだけど。(ってよその国民のことを心配してる余裕はないんだっけ)
あと、肥満に対する忌避感も日本やアメリカ並みになっているらしい。労働者階級のおっさんと言えばビール腹という時代はもう終わったのかも。
91%の英国の人々が、肥満している人々は通常よりも高い料金を払って特別の大きい座席に座るべきだと考えているという世論調査結果も2017年には出ていた。「太っている」のは「不健康なライフスタイルを送っている自らの責任」という考え方が幅を利かせている現代、ファティズムは正義とすら思われている節がある。知らなかったんですが、サモア航空は乗客の体重に基づく運賃制度を導入しているんですってね。体重1キロあたり幾らというふうに運賃が決まるらしい。もちろん軽い人ほど安くなる。これ、海外旅行にはまっている頃の私だったら熱烈に支持したかも。
巻末にまとめられている現代英国の世代・階級の分類は面白かった。ある程度までは日本とも共通する部分がある。
生まれた年代による分類は以下の5つで、( )内は生まれた年代を示す。
トラディショナリスト世代(1900-1945)ジェネレーションXは日本で言えばバブル世代、ジェネレーションYは新人類&ゆとり世代って感じでしょうか。
ベビー・ブーマー世代(1946-1964)
ジェネレーションX(MTV世代)(1960年代初頭または半ば-1980)
ジェネレーションY(ミレニアル世代、スノーフレイク世代)(1981-2000年代初頭)
ジェネレーションZ(ポストニレニアル世代)(2000年代初頭以降)
年代による分け方以外に、生活様式による分類もあって、(英国版)ヤッピー、スローン・レンジャーズ、ラッズ(LADS)、ブリジット・ジョーンズ世代などと呼ばれているらしい。当然ながら世代間にはさまざまな対立があります。今は特にEU離脱を支援したベビー・ブーマー世代へのバッシングが強いらしい。これに対するブレイディさんの見解が実に明快で正しい。
だいたい「楽しんだあいつらは許せない」とか「わがまま」とか、モラル的なことを理由に人々が特定のグループをバッシングしだすときは、社会全体に余裕がないときだ。そんなときはだいたい、お金がないから楽しいことは我慢しなさい、なんにつけても節約・倹約し、自分の身の丈に合わないことは諦めて生きていくことが一番の美徳です、と言い聞かされている陰気な時代だ。これを一言でいうと、「緊縮の時代」という。今の日本もまさにこれですよね。一握りの金持ちやお偉方に虐げられている者同士がいがみあってる。ブレイディさんも「貧しい階級は分断してお互いに喧嘩させとけば政権や政治に怒りが向かわなくていい、という為政者の知恵なのかもしれ」ないと言っています。
人種差別や排外主義だって緊縮財政と大きくリンクしているということが、近年、欧州ではさかんに指摘されている。「自分より得をしている気がする者」を全力でぶっ叩きたくなるのが緊縮時代の人々のマインドセットだとすれば、そのターゲットは外国人にも生活保護受給者にもシングルマザーにもなり得るのであって、「いい時代を生きたベビー・ブーマー世代」もその一つの形態に過ぎない。
英国の階級がかつてとは違う形になっているというのは、なんとなく感じてはいたけれど具体的にわからなかった部分。それをBBCが2011年に行ったThe Great British Class Surveyの結果を引きながら教えてくれています。
英国の階級は今では7つに分類されるんだそうです。かつては職業と収入だけで分けられていたものが、社交的、文化的側面を加味したものになっているらしい。
エリート 収入・職業・社交・文化のすべてにおいて豊富に「持っている」層。6%。こんなふうに複雑化し、かつ貧困層の数が増えてくると、かつてのような「階級の流動性(階級上昇)」を果しやすい社会がいい社会だという理念は通用しなくなります。数少ない「出来る子」だけを手助けした程度ではにっちもさっちもいかない状況になっているから。そこで労働党党首のジェレミー・コービンは、2019年に党の方針から「階級の流動性」を外し、代わりに「すべての人にチャンスを」のスローガンを掲げたといいます。
エスタブリッシュト・ミドル・クラス 弁護士、医師、会計士、企業の管理職など、世間に名声を認められた中流階級。25%。
テクニカル・ミドル・クラス 研究リサーチや科学など技術的な仕事についている層。6%。
ニュー・アフルエント・ワーカーズ 平均年齢44歳。経済的に余裕のある労働階級。15%。
トラディショナル・ワーキング・クラス 平均年齢66歳。ダンプの運転手、清掃職員、電気技師など、昔ながらの伝統的労働者階級。14%。
イマージェント・サービス・ワーカーズ 平均年齢34歳。経済的に不安定で資産もないサービス業従事者。19%。
プレカリアート 平均年齢50歳。清掃員、介護職、配送業の運転手など最底辺の労働者階級。15%。
今の日本にも必要なスローガンだと思うけど、今の政権では絶対に通らない方針でもあるのが悲しい。
ワイルドサイドをほっつき歩け --ハマータウンのおっさんたち
作者:ブレイディみかこ
出版社:筑摩書房
ISBN:4480815503
by timeturner
| 2020-07-27 19:00
| 和書
|
Comments(2)
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by
八朔
at 2020-07-28 02:38
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今、まさしくこの本を読み始めたところです。
本当に、文章が上手で、楽しく読めて、イギリスの現場で今、起こっている問題が書かれていて……面白い。
これから、ますます労働者階級が細分化されていくのでしょうか。
Time Turner さんの本の説明も丁寧でわかりやすく、有難いです。
本当に、文章が上手で、楽しく読めて、イギリスの現場で今、起こっている問題が書かれていて……面白い。
これから、ますます労働者階級が細分化されていくのでしょうか。
Time Turner さんの本の説明も丁寧でわかりやすく、有難いです。
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Commented
by
timeturner at 2020-07-28 11:40
> 八朔さん
ブレイディさんの本はいつでも面白くてためになりますよね。
こういう方がイギリスに渡ってくれて本当によかったと思います。イギリス見聞記を書く人はたくさんいるけれど、こんなふうにイギリス人の庶民の視点を教えてくれる人はこれまでいなかったから。
ブレイディさんの本はいつでも面白くてためになりますよね。
こういう方がイギリスに渡ってくれて本当によかったと思います。イギリス見聞記を書く人はたくさんいるけれど、こんなふうにイギリス人の庶民の視点を教えてくれる人はこれまでいなかったから。