2005年 11月 23日
エブリシング・イズ・イルミネイテッド |
イライジャ・ウッド主演、リーフ・シュライバー監督の同名映画の原作で、弱冠27歳の作者のデビュー作なんだそうで、ガーディアン新人賞を受賞、ベストセラーになりました。
映画評のひとつに「批評家から絶対に映画化はできない作品と称された」と書かれていて、原作の愛読者は映画には満足しないだろうというニュアンスが含められていたのですが、本当にそうなのだろうかと思って読んでみました。私としては映画がとても気に入っていたので、「あれのどこが気に入らないの?」という気持ちもあったので。
映画ではいくつかのエピソードの始まる前に無声映画の頃みたいにタイトル文字が挿入されるのですが、その中の rigid という言葉が謎でした。rigid journey とか rigid search というふうに使われ、セリフの中にも出てきます。ストーリーは実際に幻の村を探して旅する話なのですが、rigid journey とか rigid search というのはどういうことなんだろうと思っていました。
これは元々原作の章タイトルだったようで、翻訳本では「とてもかたい旅の開始への序章」「とてもかたい人探し」となっていました。が、これはこのふたつの章の内容を書いたのが英語があまり堪能でないウクライナ人アレックスという設定になっているためで、本文もおよそまともな日本人だったら喋らないような言葉や文法で書かれています。よくある機械翻訳みたいな文章。これはこれで翻訳者の方は大変だったろうなあと察するにあまりあります。でもかなりよくやってると思う。たとえばこんな感じ。
「旅路のあいだきみがぼくのことでずっと苦しみながら耐えたことに、この場でお礼を述べておきます。きみはたぶんもっと有能な通訳を手当てにしていたのでしょうが、ぼくにも月並みな仕事ができた自信はあります。アウグスチーネを見つけられなかったので苦杯をなめねばなりませんが、それがかたかったことはきみも握っている」
なんか変だなあとは思うけど、だいたいはもともと言いたかったことが想像できます。前置きが長くなってしまいましたが、だからおそらく rigid というのは hard のつもりなんですよね。「なんでこんな大変な思いをして旅したり人探しをしたりするんだ」という気持ちを表現するのに hard ではなく rigid を使ってしまったというわけ。
原作を読もうと決めたときに英語で読もうか日本語で読もうか迷ったんですが、とりあえず図書館の本を読んでみようと思って日本語で読み始めました。正解だったと思う。英語圏の人が読めばブロークンな英語でも言いたいところは簡単に想像できるのでしょうが、私には無理だわ。でも、翻訳を読み終えてから英語のほうを読むのはなかなかに面白そう。アレックスがアメリカ人であるジョナサンの使う現代的な英語が理解できなくて変な解釈をしている部分があって、そのへんは日本語からではあんまりピンとこないんですよね。
英語の話はこのへんにして、小説そのものはすごく面白かったです。映画のほうはユダヤ系アメリカ人の青年ジョナサンが祖父のルーツを探してウクライナを旅するというもので、そのガイド兼通訳の青年アレックスと運転手をつとめるその祖父とが主な登場人物でした。小説のほうはアメリカに帰ったジョナサンが旅の間に得た知識を元に書いた小説と、ウクライナにいるアレックスが自らの視点で書いた旅の記録が交互に出てきます。ふたりが手紙でそれらを交換しているという設定で、映画ではよくわからなかった背景がジョナサンのほうの話を読んだら見えてきました。でも、秀逸なのはアレックスの書いたほう。上にも書いたようにとんちんかんな言葉の使い方で笑わせてくれ、でも、話が進むにつれておどけた顔の下にある彼の優しさや誠実さが見えてきて、最後の行では涙が止まりませんでした。
「映画化は無理」と言われた理由もわかるような気がします。書き方がとてもユニークで、文法的にはむちゃくちゃな言葉の羅列の中に書いている人間の心情が見えてくるような凄い箇所があります。この感覚は確かに映画では伝えられないと思う。言葉のリズムが持つ魔力みたいなものですから。でも、時代が行ったり来たりすることや御伽噺のように不思議なエピソードが出てきたりするのは逆に映画向きなんじゃないかと思えました。映画を見ていて映像的にすごく感動したシーンが小説ではなんということもない描かれ方をしていたし。
この作品に関しては映画は映画、小説は小説でまったく別のものとしてそれぞれに楽しむのがお得だと思います。
エブリシング・イズ・イルミネイテッド
作者:ジョナサン・サフラン・フォア
訳者:近藤隆文
刊行:ソニー・マガジンズ
映画評のひとつに「批評家から絶対に映画化はできない作品と称された」と書かれていて、原作の愛読者は映画には満足しないだろうというニュアンスが含められていたのですが、本当にそうなのだろうかと思って読んでみました。私としては映画がとても気に入っていたので、「あれのどこが気に入らないの?」という気持ちもあったので。
映画ではいくつかのエピソードの始まる前に無声映画の頃みたいにタイトル文字が挿入されるのですが、その中の rigid という言葉が謎でした。rigid journey とか rigid search というふうに使われ、セリフの中にも出てきます。ストーリーは実際に幻の村を探して旅する話なのですが、rigid journey とか rigid search というのはどういうことなんだろうと思っていました。
これは元々原作の章タイトルだったようで、翻訳本では「とてもかたい旅の開始への序章」「とてもかたい人探し」となっていました。が、これはこのふたつの章の内容を書いたのが英語があまり堪能でないウクライナ人アレックスという設定になっているためで、本文もおよそまともな日本人だったら喋らないような言葉や文法で書かれています。よくある機械翻訳みたいな文章。これはこれで翻訳者の方は大変だったろうなあと察するにあまりあります。でもかなりよくやってると思う。たとえばこんな感じ。
「旅路のあいだきみがぼくのことでずっと苦しみながら耐えたことに、この場でお礼を述べておきます。きみはたぶんもっと有能な通訳を手当てにしていたのでしょうが、ぼくにも月並みな仕事ができた自信はあります。アウグスチーネを見つけられなかったので苦杯をなめねばなりませんが、それがかたかったことはきみも握っている」
なんか変だなあとは思うけど、だいたいはもともと言いたかったことが想像できます。前置きが長くなってしまいましたが、だからおそらく rigid というのは hard のつもりなんですよね。「なんでこんな大変な思いをして旅したり人探しをしたりするんだ」という気持ちを表現するのに hard ではなく rigid を使ってしまったというわけ。
原作を読もうと決めたときに英語で読もうか日本語で読もうか迷ったんですが、とりあえず図書館の本を読んでみようと思って日本語で読み始めました。正解だったと思う。英語圏の人が読めばブロークンな英語でも言いたいところは簡単に想像できるのでしょうが、私には無理だわ。でも、翻訳を読み終えてから英語のほうを読むのはなかなかに面白そう。アレックスがアメリカ人であるジョナサンの使う現代的な英語が理解できなくて変な解釈をしている部分があって、そのへんは日本語からではあんまりピンとこないんですよね。
英語の話はこのへんにして、小説そのものはすごく面白かったです。映画のほうはユダヤ系アメリカ人の青年ジョナサンが祖父のルーツを探してウクライナを旅するというもので、そのガイド兼通訳の青年アレックスと運転手をつとめるその祖父とが主な登場人物でした。小説のほうはアメリカに帰ったジョナサンが旅の間に得た知識を元に書いた小説と、ウクライナにいるアレックスが自らの視点で書いた旅の記録が交互に出てきます。ふたりが手紙でそれらを交換しているという設定で、映画ではよくわからなかった背景がジョナサンのほうの話を読んだら見えてきました。でも、秀逸なのはアレックスの書いたほう。上にも書いたようにとんちんかんな言葉の使い方で笑わせてくれ、でも、話が進むにつれておどけた顔の下にある彼の優しさや誠実さが見えてきて、最後の行では涙が止まりませんでした。
「映画化は無理」と言われた理由もわかるような気がします。書き方がとてもユニークで、文法的にはむちゃくちゃな言葉の羅列の中に書いている人間の心情が見えてくるような凄い箇所があります。この感覚は確かに映画では伝えられないと思う。言葉のリズムが持つ魔力みたいなものですから。でも、時代が行ったり来たりすることや御伽噺のように不思議なエピソードが出てきたりするのは逆に映画向きなんじゃないかと思えました。映画を見ていて映像的にすごく感動したシーンが小説ではなんということもない描かれ方をしていたし。
この作品に関しては映画は映画、小説は小説でまったく別のものとしてそれぞれに楽しむのがお得だと思います。
エブリシング・イズ・イルミネイテッド
作者:ジョナサン・サフラン・フォア
訳者:近藤隆文
刊行:ソニー・マガジンズ
by timeturner
| 2005-11-23 15:51
| 和書
|
Comments(4)
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by
Ken
at 2005-11-24 01:49
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これ邦訳出てたんだ。
原書を注文しようかどーしようか迷ってたんですが、とりあえず邦訳読みます。(^^;
原書を注文しようかどーしようか迷ってたんですが、とりあえず邦訳読みます。(^^;
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timeturner at 2005-11-24 16:38
ぜひぜひ。お薦めです。映画を見た後だとキャラクターの顔やウクライナの風景がイメージできるのがいいですよね。読んだら感想聞かせてね。
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ふ。
at 2006-05-30 09:42
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この映画、大好き!DVDでもう何回も見ました。そこはかとなくおかしく、やがて悲しく。本はまだ入荷待ちなんだけど、その間に「カイト・ランナー」(カーレド・ホッセイニ著)を読んできました。アフガニスタンのお話です。是非読んでみてください。今またカブールでは戒厳令が出されたとか・・・。
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by
shoh
at 2006-05-30 13:08
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ふ。さん
いい映画ですよねえ。先日に日本語字幕付きで見て改めてそう思いました。でも、アメリカでも日本でもごく限られたアート映画系シアターで短期間上映。つまらない大作映画には膨大な宣伝費かけてるのにね。世の中まちがってますな。
「カイト・ランナー」さっそく図書館に予約しました。なんとびっくり英語版もあったけど、さすがにこれは日本語で読みます(^_^;)。
いい映画ですよねえ。先日に日本語字幕付きで見て改めてそう思いました。でも、アメリカでも日本でもごく限られたアート映画系シアターで短期間上映。つまらない大作映画には膨大な宣伝費かけてるのにね。世の中まちがってますな。
「カイト・ランナー」さっそく図書館に予約しました。なんとびっくり英語版もあったけど、さすがにこれは日本語で読みます(^_^;)。