2019年 08月 03日
ムーミン谷の仲間たち |
孤独と自由を愛する詩人のスナフキン、空想力ゆたかなホムサ、臆病で泣き虫のスニフなど、ムーミン谷に暮らす生き物たちの暮らしぶりを描いた9つの短編集。
「目に見えない子」なんて、児童虐待の話じゃないか。まあね、今でこそニュースになるけれど、子供の人権が法的に認められていなかった時代にはこういうことはそこらじゅうであったわけだから、フィンランドだって表には出てこなくても存在していたんだと思う。
スナフキンはメインで出てくる「春のしらべ」のほかにもちょこちょこ顏を出していて、それぞれの話でメインキャラクターにさりげなく救いの手をさしのべる役になっている。何ものにもわずらわされずに生きていたい彼としては不本意なんだろうけど、見て見ぬふりができないたちだからね。
春のしらべ
ぞっとする話
この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ
世界でいちばんさいごの竜
しずかなのが好きなヘムレンさん
目に見えない子
ニョロニョロのひみつ
スニフとセドリックのこと
もみの木
だったら翻訳もそれに合わせて変わっていくべきなんだけど、このシリーズってなぜか複数の翻訳者が手掛けているので、最初に作られたイメージに引っ張られたというか合わせちゃったところがあるんじゃないかな。最初に訳した人が大御所的存在だったりすると、後に続く人はその人の訳を基準にせざるをえないしね。まあそのへんは想像にすぎなくて、実際には出版社の要望だったのかもしれない。「ムーミン童話」と名づけて売り出したんだから、その線で行きたいという。
それがよかったんだか悪かったんだか。ムーミンはとても有名だけど、売れているのは本よりグッズのような気がする。ムーミンが好きと公言していても、グッズを集めてるだけで本は読んでいないという知人もいた。
講談社が今年からムーミンシリーズ9冊の翻訳と挿絵のリニューアルをしているのは、その点を強化したいということなんじゃないかな。まだそっちを読んでいないのでどのくらい変わったのかわからないけど、ネットで見た限りでは「かれ」「かの女」「かれら」はやめたみたいだし、かなり読みやすくなってるっぽい。はやく全部の改訂版が出てくれますように。
【8/6 追記】英語版を読んで、日本語版では辻褄があわなかったり意味がよくわからなかったりしたところが少し見えてきました。英語版がオリジナルのスウェーデン語版を完全に訳出できているのかどうかは判断できませんが、参考までにメモしておきます。
【2020.6.20 追記】新版を読んだので各項目の後ろに緑字で新しくなった訳を書いておきます。
・三月のすえの⇒ toward the end of April(四月の終わりちかく)※この部分は日本の気候に合わせてあえて変えたのだろうと思うが、場所によって気候が異なることは子供に教えてもいいのではないか。
【新版】四月の末の
・南の故郷をでて、小鳥がさえずっているのなんかをききながら⇒ listening to the cries of the birds also on their way northward, from the South(南の故郷を出て北をめざす小鳥たちのさえずりをききながら)
【新版】鳥たちも南のほうから、故郷へと帰っていくところなのでした。
・だれにもかわいがられたことのない人間のそれのような目つきでした⇒ Just the look people have who are never noticed(だれにも気にかけられたことのない人間の顏つきそのものでした)
【新版】ずっとないがしろにされてきた人の目つきのようでした。
・ぼくがこわいんじゃないでしょうね⇒ I hope I haven’t scared you?(おどかしてしまったんじゃないといいけど)
【新版】ぼく、あんたをこわがらせてないですよね。
「この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ」・お菓子をもりあげた上に、小さいアイスクリームをいくつかのっけました⇒ laid some little iced cakes on top of the others(砂糖ごろもをかけた小さなケーキを積みあげました)※こんな感じ
【新版】もりつけておいたケーキの上に、砂糖衣でデコレーションしたものも少しのせました。
・小さいベンチレーター(換気扇)がまわっているだけなのです⇒only a small ventilation grate(小さな換気用の格子窓があるだけです)
【新版】小さい換気扇があるだけなのです。
「しずかなのがすきなヘムレンさん」・おもちゃの家⇒ dollhouse(人形の家)
【新版】ドールハウス
・公園⇒ park(庭園つきの屋敷)※誰でも入れるパブリックな公園ではなく、私有地をさす。イギリスの領主が暮らす荘園屋敷のようなもの。
【新版】庭園
「目に見えない子」・彼らの友情を、活気づけたのです⇒ this can often brighten up a relationship(人間関係を活気づかせるものなのです)※現在形だし、a relationshipなので「彼らの友情」ではなく一般論を語っている。
【新版】話がはずむきっかけにもなりました。
・りんごジャム⇒ apple-cheese(アップルチーズ)※アップルチーズはフィンランドに近いリトアニアで作られる保存食で、たくさんのリンゴを刻み、砂糖をかけて一日おき、煮詰めたものを布の袋に入れて軒先に干したもの。写真はこちらで。羊羹のような食感。昔の版では「りんごチーズ」と訳されており、『ムーミン童話の百科事典』には「りんごチーズはりんごジャムのこと」と書いてある。
【新版】りんごソース
「ニョロニョロのひみつ」・だれだって良心が発達するし⇒everybody was helped to a good conscience(だれもがやましい気持ちにならずにすむし)
【新版】だれだって気がとがめないし、
・ミムラ(p.194 後ろから5行目、p.195 8行目)⇒Mymble’s daughter(ミイ)
【新版】ミムラ
・そういううわさね⇒ That’s just talk(ただのうわさよ)
【新版】あらやだ、そんな話
・ひどいくらし⇒ wicked life(いけないくらし)※「ひどいくらし」だと貧しく虐げられた暮らしを想像してしまう。
【新版】ひどいくらし
・夕立⇒ thunderstorm(かみなり雨)※夕立は雷より雨を思わせるのでこの話にはふさわしくない。
【新版】かみなり
「もみの木」・「わたしたち、あれで星をこしらえるとよかったわね。いまじゃ、もう手おくれだけど。」ムーミンママは、小さい声でつぶやきました。みんなは空を見あげました⇒ “The rose should have been a star,” Moominmamma whispered to the others. ”But how on earth…?” They looked at the sky(「バラじゃなくて星をつけなくてはいけなかったのね」ムーミンママが小さな声で言いました。「でも、いったい、どうやって……?」みんなは空を見あげました)※こしらえた星ではなく本物の星をもみの木のてっぺんにつけるのだとムーミンたちは思った。だからこそ「いったい、どうやって……?」と口に出してから空を見あげたのだ。
【新版】「わたしたち、お星さまも取ってこなきゃならなかったのね。だけど、それはいくらなんでも、無理だわ」ムーミンママが、ささやきました。みんなは空を見上げました。
ムーミン谷の仲間たち (新装版) (講談社青い鳥文庫)
原題:Det Osynliga Barnet
作者:トーベ・ヤンソン
訳者:山室静
出版社:講談社
ISBN:4062853906
by timeturner
| 2019-08-03 19:00
| 和書
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