2019年 06月 12日
むこう岸 |
真面目に勉強することだけが取り柄の和真(かずま)は、猛勉強をして有名進学校「蒼洋中学」に合格したが、授業についていけず中三で公立中学へ転校することに。その中学での同級生女子・樹希(いつき)は、小五のときに父親を亡くし、パニック障害で働きにいくことができない母親と生まれたばかりの妹と生活保護を受けて暮らしている。母親はうつ病も発症したため、樹希が家事や妹の面倒を見ている。唯一の気晴らしは知り合いのマスターがやっているカフェ「居心地」の二階で混血児で口がきけないアベルとぶらぶら過ごすことだ。ひょんなことからこのカフェの二階にやってくるようになった和真は、生活環境の違う二人とどうつきあえばいいのか戸惑う・・・。
和真は樹希の暮らしを知ってショックを受け、なんとかできないのかと調べるうちに、いい成績をとっていい大学を出ることだけを考えていた自らの価値観、ひいては両親の価値観をも問い直すようになります。樹希は和真が調べてくれた結果見えてきた希望に励まされてなげやりな気持ちを捨て、自分の将来を自分の意思で決めようとします。
中学生という多感な時期に、和真と樹希は大切なことを学ぶ機会を得ることができました。この本を読んだ若者が、社会の不条理に気づき、それに対して自分は何をすればいいのだろうと考えてくれたらいいですね。
「貧乏は自己責任だと言う人もいるけれど、この法律(生活保護法)はそんなふうには切り捨てない。努力が足らなかったせいだとか、行いが悪かったせいだとか、過去の事情はいっさい問わない。ほんとうに困窮している人々には、すべて平等に手を差しのべようという……。これを読んだとき、ぼくは人間を信じてもいい気がしたんだ」この本を読んでいるときに朝日新聞デジタルに豊永郁子さんが寄稿した記事「貧困は社会的不正義だと思いますか? 政治的立場、分かつテスト」を読みました。
「小さくて、弱っちくて、自分勝手だけど……、人間って、捨てたもんじゃないかもって」
「貧困は社会的不正義だと思いますか?」という問いにイエスと答えるかノーと答えるかが、その人の社会的立場を分けるテストになるという論です。80年代からの新自由主義の影響で、今では多くの人が貧困は個人の自己責任だと考えるようになっています。
かつての和真なら両親の影響でノーと答えたでしょう。樹希も、表面は突っ張っていても内心では、母親がだらしないから生活保護を受けている、世間に申し訳ないと考えていたから、和真から教えられなかったらノーと答えたでしょう。たぶん、今の若者の多くがそう考えていて、だからこそこういう本を読んで「本当にそうなんだろうか?」と考えてほしい。
むこう岸
作者:安田夏菜
出版社:講談社
ISBN:4065139082
by timeturner
| 2019-06-12 19:00
| 和書
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