2019年 03月 23日
探偵小説の黄金時代 |
1930年、チェスタトンを会長に、セイヤーズ、クリスティー、バークリーら錚々たる顔ぶれを集めた探偵作家の親睦団体、ディテクション・クラブが発足した。英国探偵小説の黄金時代(二つの戦争の間)そのものと言っていい同クラブの歴史と作家たちの交流、入会儀式、活動、ゴシップまで、豊富なエピソードによって描き出したMWA賞(研究・評伝部門)受賞作。
堪能した~。ディテクション・クラブの歴史、作家達の公私にわたるエピソード、代表作、当時の世相がなめらかに継ぎ合わされ、凄く面白い読み物になっている。なめらかすぎて事実と小説の区別がつかなくなりそう。綿密な調査の跡をひけらかさず、作家と作品への愛と敬意を前面に掲げているのもいい。
唯一の不満は小さな文字でぎっしり二段組みでずっしり持ち重りのするハードカバーという高齢者にやさしくない体裁だけど、もとの本がそういうボリュームだから仕方ないのか。国書刊行会はKindle版出さないのよね。
下手をすると週刊誌のゴシップ記事になりそうなエピソードが満載で、さすが大衆小説作家と変なふうに感心してしまうほど。まあ、ふつうに考えれば品行方正な作家、とりわけミステリー作家はあまりいないだろうなとは思う。それでもバークリーのエピソードを知ると彼の書いたものは読みたくないなあと思ってしまう。
後期に入会した作家、マイケル・イネスやエドマンド・クリスピン、シリル・ヘアーについてのエピソードがほとんどないのだけが残念だけど、ロンドン在住ではなかったから年一回の晩餐会以外にクラブへ行くことが少なかったのかもしれない。オックスフォードで撮ったと思われるイネスとニコラス・ブレイクのすごくいい写真が掲載されていたのはうれしかった。
作品紹介はネタバレしないようにはしてあるけれど、作品の性質はどうしても見えてしまうから、予備知識ゼロで読みたい人には薦めない。私は自分の好みかどうかが事前にわかるほうがありがたいので、この程度のネタバレだったら問題ないと思った。
それにしても、読みたい本がめっちゃ増えちゃったよ……ポアロ物はほとんど読んでいないので読まなくちゃいけないし、クリスティーの他作品もセイヤーズも読み返したい。でも、読みたいのはミステリーだけじゃないし、新刊も次から次へと出るし、悩ましいなあ。
バークリーの友人でミューズでもあったE. M. Delafieldにも興味を惹かれた。フランス革命からイギリスに逃れてきた祖先をもつ伯爵と小説家の間に生まれ、18歳で社交界にデビュー、ベルギーに拠点をおくフランスの修道会に入ったのち、戦時中は篤志看護隊員として働き、准男爵の三男で技師の男と結婚。洗練された、しばしば辛辣な作家で、二十世紀のジェーン・オースティンと名を馳せたらしい。
あと、以下のくだりを読んで、そうか、私は「紳士的警察官」が主人公の話が好きなんだと気づいた。E・R・パンションも読んでみないとな。
ウェイドの小説では、ジョン・プール警部が捜査に当たる。ディテクション・クラブの会員が創造した一連の「紳士的警察官」の最初のひとりだ。このタイプの探偵役にはE・R・パンションのボビー・オーウェン(オックスフォードを普通学位で卒業し、不況という「政治的な猛吹雪」の中でなれる職業が警察官しかなかったが、すぐに出世の階段を上る)や、ナイオ・マーシュのロデリック・アレン、ジョン・ロードのジミー・ワグホーン、マイケル・イネスのジョン・アプルビイ、さらに数十年後のP・D・ジェイムズのアダム・ダルグリッシュなどがいる。1930年代には迫りくる戦争の影におびえた人々が現実逃避のために探偵小説を求めたのだけれど、当時の単行本は高くて庶民には手が届かず、図書館や貸本屋で借りるしかない。そこに目をつけた知恵者が廉価版のペーパーバックを思いつき、〈ペンギン・ブックス〉が1935年に刊行された。初めのうちは自動販売機でも売られたらしい。最初に刊行された10冊のうち探偵小説は2冊で、『ベローナ・クラブの不愉快な事件』と『スタイルズ荘の怪事件』。どちらも女性作家が書いたものというのが印象的。
そういえば、クリスティーがらみでこんな記述が出てきた。
彼女の生誕120周年には、世界じゅうの料理人がジェーン・アッシャー(英国の女優。TVシリーズ「名探偵ポワロ」に客演、ケーキデザイナーとしても知られる)のレシピで「甘美なる死」(『予告殺人』に出てくる特製ケーキの呼び名)ケーキを焼いた。ジェーン・アッシャーってポール・マッカートニーの恋人で「ハード・デイズ・ナイト」にも出てた人じゃないか。今でも有名で、しかも料理デザイナーになってたなんてびっくり。
ここからは自分のためのメモ的引用。
一冊まるごと費やして犯罪小説を研究した先駆的著作『探偵作家論』で、H・D・トムスンはミス・マープルを「まったく新しいタイプの探偵だ(……)救いがたいクランフォード人(クランフォードはエリザベス・ギャスケルの小説の舞台となる架空の田舎町)で、未婚女性で、噂好きだ」としている。読みたいと思った本。絶版になっていてAmazonにも出ていないもの、紙の本しかないものは無理だな。
(クランフォード人なんて言い方があるのか)
背が高く、色白で、波打つ黒髪を持つヘレン・デ・ゲリー・シンプソンは、驚くほど優秀で、女性はすべてを手に入れることができると証明するために一生を捧げたように見える。修道院で教育を受けた彼女は、嗅ぎ煙草が大好きで、フェンシングと魔術を愛した。ピアノとフルートをたしなみ、乗馬に熱心で、同時に料理の才能もあり、古いレシピから自家製ワインを作るのを楽しんだ。BBCで料理に関するトーク番組のシリーズを持つと、ファンレターが殺到し、その人気からオーストラリアとアメリカに講演旅行に行くほどだった。(中略)オックスフォードでは音楽を学んだが、演劇への愛はさまざまな幸せをもたらした。彼女はオックスフォード大学女子演劇協会の設立に力を貸したが、男子学生と女子学生が一緒に劇に出てはならないという禁を破ったために退学となった。
チェスタトン夫妻は、ジェーン・オースティンやテニスン、トールキンが好んだ(ライム・リージスの)スリー・カップス・ホテルを気に入っており、経営者と親友になるほどだった。
(オースティンとトールキン!)
書評家としてのバークリーは、P・D・ジェイムズやルース・レンデルといった才能に恵まれた若い作家をいち早く称賛した。有名ではないが多作な作家で、マンチェスター銀行の支配人でもあったハロルド・ブランデル、筆名ジョージ・ベレアーズと、長年にわたり文通していた。ついに顔を合わせたとき、ベレアーズの妻が食事を用意したが、バークリーは彼女が作ったエスカロープを延々と褒めたという(中略)彼はベレアーズに、出版者と好条件で交渉するための抜け目ないアドバイスをした。ベレアーズに向かって、彼はきわめてあけすけな意見を述べた。「勢いがあるうちは利用したほうがいい。いつかなくなるのだから」。
(いやあ、世間知らずのバークリーより銀行家だったベレアーズのほうが世知にたけてると思うよ)
『ドロシーとアガサ』ゲイロード・ラーセン(この小説にはセイヤーズとクリスティーをはじめとするクラブの会員が登場し、セイヤーズのダイニングルームで発見された死体の謎を解く。構想は楽しいが、セイヤーズが読んだら殺人に駆り立てられそうなほどぞんざいに書かれている。出版社から「あらゆる登場人物と場所が、細部まで並外れた正確さで描かれている」と絶賛されたラーセンの本は、尋常でない間違いの宝庫で、最初は驚いた読者も笑ってしまうほどだ。イギリスの暮らしや地理に関する不幸な描写から立ち直れば、セイヤーズも面白い面に目を向けたかもしれない。バークリーは、彼がチェスタトンの跡を継いでディテクション・クラブの会長になったというラーセンの皮肉な思い込みを喜んだだろう)
(これはぜひぜひ読みたい!)
『四本足の教授(The Professor on Paws)』アントニー・バークリー Anthony Berkeley)【誤植メモ】 p.40下段15行目 幅三インチ(約三・六センチ)⇒幅三インチ(約七・六センチ) p.47上段最終行 並ぶ者はいなかった⇒並ぶ者ではなかった p.175上段3行目 ドロシー・セイヤーズ⇒ドロシー・L・セイヤーズ p.204下段後ろから5行目 洗練した⇒洗練された p.255上段3行目 座わる⇒座る p.290下段10行目 カフスリンク⇒カフリンクスあるいはカフスボタン p.298下段3行目 なかだけなく⇒なかだけでなく p.315下段12行目 女たらしになどに⇒女たらしなどに p.333上段7行目 殺害したにしせよ⇒殺害したにせよ p.342下段4行目 書くことのできたのは⇒書くことができたのは 第29章全体 ジェラード・ストリート⇒ジェラルド・ストリート p.353上段11行目 こんにちにでも⇒こんにちでも
『オックスフォードの惨劇(An Oxford Tragedy)』J・C・マスターマン(J. C. Masterman)
『ミイラの棺の謎(The Mummy Case Mystery)』ダーモット・モラー(Dermot Morrah)
『大学の殺人(Murder at the College)』ヴィクター・L・ホワイトチャーチ(Victor L. Whitechurch)
『オックスフォード連続殺人(The Oxford Murders)』アダム・ブルーム(Adam Broome)
探偵小説の黄金時代
原題:The Golden Age of Murder
作者:マーティン・エドワーズ
訳者:森英俊、白須清美
出版社:国書刊行会
ISBN:4336063001
by timeturner
| 2019-03-23 19:00
| 和書
|
Comments(2)
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by
andrea2121
at 2019-03-24 10:56
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これ、買おうかどうか迷っているところです。電子書籍が出たら、即飛びつくのに。原書はキンドル版があるけど、やっぱりこれは翻訳のほうがいいですよねえ。
そうそう、お読みになりたい本、3冊見つかりました。たぶんこれで合っているはず。
ミイラの棺の謎
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1616462507/honyakumyster-22
オックスフォードの惨劇(キンドル版)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00K0OWGGM/honyakumyster-22
オックスフォード連続殺人(キンドル版)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0041VYLNQ/honyakumyster-22
そうそう、お読みになりたい本、3冊見つかりました。たぶんこれで合っているはず。
ミイラの棺の謎
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https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00K0OWGGM/honyakumyster-22
オックスフォード連続殺人(キンドル版)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0041VYLNQ/honyakumyster-22
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timeturner at 2019-03-24 13:48
> andrea2121さん
わー、3冊探してくださってありがとうございます。ミイラはペーパーバックしかないので保留にして、とりあえず他の2冊は「買いたいものリスト」に入れました。『オックスフォード連続殺人』のカバーがツボ。
この本は資料としても役に立つので、すぐに検索できるKindle版が欲しいですよね。でも、国書じゃ無理だしなあ。ミステリーの世界で一般的に使われている用語や表記がわかるという意味では翻訳のほうがいいですね。欲を言えば両方買って対照できるともっといい(^^)。でもまあ、そこまで必要になることはめったになさそうです。
わー、3冊探してくださってありがとうございます。ミイラはペーパーバックしかないので保留にして、とりあえず他の2冊は「買いたいものリスト」に入れました。『オックスフォード連続殺人』のカバーがツボ。
この本は資料としても役に立つので、すぐに検索できるKindle版が欲しいですよね。でも、国書じゃ無理だしなあ。ミステリーの世界で一般的に使われている用語や表記がわかるという意味では翻訳のほうがいいですね。欲を言えば両方買って対照できるともっといい(^^)。でもまあ、そこまで必要になることはめったになさそうです。