2018年 12月 12日
In Ghostly Company |
M・R・ジェイムズと同時代の著者による唯一の怪奇短篇集。
M・R・ジェイムズと同時代の作家ですがアプローチの仕方はかなり違うような気がします。登場人物の心理描写が多いし(これはジェイムズが嫌ったこと)、心霊主義に傾倒しているんじゃないかと思える記述が多い。まあ、この時代の人は多かれ少なかれこんなふうに感じていたのかもしれません。
after the death of the body, the spirit is able to carry on and bring to a more or less satisfactory conclusion some task commenced in the flesh.Brickett Bottom 都会暮らしだった牧師と娘二人が人里離れた田舎に引越し、娘たちは近隣の自然の中を散歩する健康的な毎日に満足していたが、ある夕暮れ、妹アリスがブリケット窪地にある小さな家をみつけたことから事態は不幸な結末へと向かっていく・・・。娘が行方不明だとわかったときの父親の指示が合理的で現代的なのが新鮮だった。そういう合理性とは裏腹に、アリスが連れていかれたであろう場所を考えると怖い。『イギリス恐怖小説傑作選』収録「ブリケット窪地」。
a human being who has suddenly been cut off in the midst of some special earthly task may be able to revisit this earth, and complete his work.
Mr. Kershaw and Mr. Wilcox 隣同士に暮らし、それなりに親しくしていたカーショー氏とウィルコックス氏だが、或る事情でカーショー氏がウィルコックス氏に殺意を抱く・・・。最後のオチが書きたくて書いたようなサイコミステリーに近いホラー。
In the Woods 愛犬と森の中を歩き回るのが好きな娘が美しくやすらげるはずの森で不気味な存在と出会う・・・。性にめざめかけた若い女性の妄想にもとれるけれど、それよりむしろ社会的抑圧から逃れてパン神や森の精霊の中に逃れようとしているのかもしれない。こんなフレーズがあるから。"The paths to many an ambition are closed to women, this she bitterly realized, but at any rate music lies open to them." この時代の男性作家としてはずいぶん女性に理解のある記述だと思う。なにしろヴィクトリア朝の男性は女性を精神的にも身体的にも劣った種だと信じきっていたから、いくら女性の視点に立って書いたとしても、こんなふうには書かない。
The Late Earl of D. D伯爵は一族の名誉のために放蕩者の弟チャールズの借金をいつも払ってやっていたが、あるとき堪忍袋の緒が切れて弟の要求を断固として断ったために兄弟は決裂し、チャールズは屋敷を出ていった。その晩、病弱だった伯爵は発作を起こして死亡し、家督はチャールズのものになる。それから何年か経ち、若い弁護士が書類を調べてほしいと頼まれて伯爵の屋敷に行くと、先代の伯爵が死んだ図書室に案内された・・・。昔ながらの怪奇小説だけど、ちょっとスローガラスみたいなアイディアが使われている。
Mr. Mortimer’s Diary 古美術研究家のモーティマーはブラッドショーという名もなく貧しい男の発見を奪ったことで恨みを買うが、当のブラッドショーは死亡してしまう。その後、モーティマーが奇怪な状況で死亡し・・・。これもサイコホラー的。とはいえ、いくら罪の意識に駆られたとしても自分で自分の首を絞めて死ぬのは不可能だから、やっぱり怪奇小説でしょうね。ところで、モーティマーはブラッドショーの死後9日間苦しめられて死ぬのですが、その中で"a nine days' wonder"という言葉が出てくる。慣用句みたいな気がしたので調べてみたら、世間の注目を集めてもすぐに忘れられてしまう人や物事のことだそう。なるほど。
The House in the Wood 旅回りのびジネスマンがホテルで出会った男と知り合い、辺鄙な炭坑町への旅を共にする。旅の途中で日が暮れてしまい、あばら屋に住む怪しい夫婦に頼みこんで宿を借りた・・・。まだ未開の土地が多かったアメリカが舞台の話。六ヶ月前に死んだばかりの幼い娘が幽霊となって現れ、父親を救う。出張[訪問]販売員のことをdrummerということは初めて知った。
The Steps 軍人の父親が海外に派遣されている間、母親と留守宅で将校たちをもてなしていた女性が、有能だが粗野な大尉に求婚されたが尊敬できない男だったので断った。大尉はあきらめずにもう一度求婚してきたが、これもきっぱり断った。一年後、娘の耳に死んだはずの大尉の足音が聞こえるようになる・・・。嫌いな男が幽霊になってつきまとうなんて、たまったもんじゃないなあ。
The Young Lady in Black ある画家の元に黒衣の美しい女性が訪ねてきた。肖像画を描いてほしいが、モデルとして通うわけにはいかないので、今この場で見た記憶と、持参したスケッチをもとに描いてほしいと言う・・・。思いがけなく死んでしまった娘をしのんで嘆く父親のために、せめてもの思い出に肖像画を残してやりたいと幽霊になった娘が画家を雇うという、写真がない時代だから成り立つ話。今じゃ、携帯やスマホやインスタに自撮り写真がいくらでもあるからなあ。
The Downs 試験勉強のためダウンズの辺鄙な農家に滞在した学生が、ある晩、夜中に外を歩いていて亡霊の群れに遭遇する・・・。ダウンズで暴力的な死を迎えた者たちが、一年に一度、失われた平安を求めてこの世に戻ってくるというんだけど、実際にあの地方ではそんな言い伝えがあるんだろうか。
The Late Mrs. Fowke 凡庸な牧師がハンガリー生まれの裕福な女性と結婚したが、妻は魔女だった・・・。なんの取り柄もなくても自分の言いなりになる男を夫に選ぶというのは、たとえ魔女でもヴィクトリア朝風の社会的抑圧から逃れられないということだな。
The Picture ハンガリーのW伯爵はスパイの疑いをかけられ、村人たちに城を襲撃された際に失踪した。その後、村人のリーダー、その息子が不審な死を遂げ、さらに孫娘まで消息を絶つ・・・。本人はともかく、その孫娘まで恨みを受けるのは酷いと思う。でもまあ、怨念にこりかたまった幽霊に理屈は通じないからね。
The Governess’s Story 若いガヴァネスが田舎で暮らす未亡人に雇われて、二人の子供を教えることになった。子供たちは愛らしく素直だし環境も申し分なかったのだが、夜になるとないはずの上の部屋から足音が聞こえ・・・。幽霊には害をなす意図はなく、むしろ生きている人間のほうが怖ろしかったという話。
Mr. Oliver Carmichael 裕福で善良な両親に育てられ、人並み以上の容姿に恵まれ、充分な教育も受けて政府に安定したポストを得たオリヴァー・カーマイクルは、仕事と趣味を中心とした穏やかな日々を楽しんでいた。だが、ある日、たまたまハンカチを買いに立ち寄った店の女店員の目の中に邪悪な光を見てから、悪夢に悩まされるようになる・・・。魔性の女に狂わされる話かと思ったらさにあらず、妙に哲学的な善と悪のせめぎあいみたいな話で、最後には神の存在が示されて終わるという「なんだったんだ?!」という結末。『怪奇礼讃』収録「オリヴァー・カーマイクル氏」。
女性の立場には同情的ではあるものの、イギリス階級社会の通念にはどっぷりつかっている。裕福な一流の紳士(Mr. MortimerとMr. Oliver Carmichael)は判で押したようにイートンからオクスフォードへ行く。それほど裕福でなく生まれもよくない人物(「The Late Mrs. Fowke」の牧師)は二流のパブリックスクールを出てオクスフォードの弱小カレッジに進む。それが現実だったんだものね。
In Ghostly Company (Black Heath Gothic, Sensation and Supernatural)
作者:Amyas Northcote
出版社:Black Heath Editions
ISBN:Kindle版
by timeturner
| 2018-12-12 19:00
| 洋書
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