2018年 10月 26日
He'd Rather Be Dead |
戦時下でありながら大勢の行楽客でにぎわう海辺のリゾートタウンでは、煉瓦職人から身をおこした成金、サー・ギデオン・ウェアが新市長となった。町の主だった人々を招いての午餐会で、新市長はスピーチの途中で倒れ、苦悶のうちに毒死する。容疑者がお偉方ばかりという状況に恐れをなした警察署長は、スコットランド・ヤードに協力を求めたが・・・。1945年刊行。
ベレアーズの本ではたいてい殺されるのはそれなりの理由があるからで、読んでいて気の毒だと思ったことはあまりないんですが、それにしてもこのギデオン・ウェアのひどいことときたら。こんなやつ、もっと早くに誰かが殺してればよかったのにと思うほど、周囲に迷惑をまきちらした人間。妻にだけはいい夫だったというのが唯一の免罪符のように使われていますが、それなりに物が考えられる女性なら、外でこれほどの悪行をしほうだいの人間を夫にしてはいられないでしょう。このあたりは古い女性観をもつ男性作家ならではだと思う。それと精神分析学的な説明も多めかな。いま読むといささか浅く感じますが。
クロムウェルはちょっとしか出てきませんが、これがもう実にいい仕事をしています。警察官的にもそうですが、コメディ要素を強化するのにおおいに貢献している。最後のほうにちょっとだけ『Death of a Busybody』や『Dead March for Penelope Blow』に登場したクラップレディ牧師の名前も出てきます。
リトルジョン物では、全体の半分くらいまでは関係者の話を訊いて訊いて訊きまくり、その後いくつかの重大な事実がわかって、最後にリトルジョンが細かいピースをすべてつなぎ合わせて謎解きをしてみせるという展開が常套でした。
が、今回は、70%くらいまできたところで謎解きがあって犯人がわかってしまう。えーっ、まだ3章も残ってるのにどうするつもりだろうと思っていたら、犯人の手記が出てきて、事件を犯人側の視点で解説し、まだわかていなかった小さな漏れを埋めます。
なるほど、ミステリーにはこの手も使われますが、この作品に関してはいらなかったなあ。すでにわかってしまっていることを読者にとっては不要な心理描写を加えてだらだら垂れながしているように感じる。求められたページ数に足りなかったのだろうか? それともミステリー作家としてはこの方式も使ってみたかった?
舞台となっているWestcombe-on-Seaは架空の町ですが、書かれている内容からしてサウスエンド・オン・シーをモデルにしていると思われます。長い遊歩用埠頭やテーマパークやアミューズメント・パーク、カジノ、ダンスホールなど名称は変えてありますが、そっくりです。老舗のグランド・ホテルはそのままの名前で存在し、リトルジョンの滞在場所となっている。
それにしても、終戦を間近にひかえた時期とはいえ、まだ灯火管制下にあるイギリス(最後のほうでメインの登場人物が空爆で死ぬエピソードが出てきますから、まだドイツ軍の爆撃は終わっていない)、一般の人たちがこれほど享楽的なレジャーを楽しんでいたとは驚きです。いや、いつ死んでもおかしくない戦時下だからこその享楽なのかな。
今回もイギリスらしさ、その時代を感じさせる言葉がいくつか出てきたのでメモしておきます。
Cheese. Celery. Fruits 午餐会のメニューにデザートとして記されていたもの。
Rene Clair camera ルネ・クレール風のショットとでもいうのか、目の前のダンスホールの情景を表現する際に使われていた。
on the water-waggon 「禁酒している」という慣用句
Whistler’s portrait of Carlyle ホイッスラーによる「トーマス・カーライルの肖像」。《灰色と黒のアレンジメント》シリーズの第1番が「母の肖像」で、第2番がこの絵。リトルジョンは絵画に関心があるので有名な画家や作品の引用が多い。『The Case Of The Demented Spiv』では客間に飾られた絵画が謎をとく鍵になっていた。
The Figure Eight or Velvet Coaster ジェットコースターの種類らしい。The Figure Eightのほうはおそらく線路が無限大マークになっていて、Velvet Coasterのほうは"one of the exciting new rides introduced in the early 1900s. Its open carriages, with velvet seats, climbed a white wooden structure before sweeping down ‘humps’ and around ‘curves’ on two circuits of the track."で、ブラックプールのものが有名だったらしい。
August the fourth. Red-letter night Red-letter dayはカレンダーで数字が赤くなっている日、つまり祝祭日、日本で言えば「旗日」だと思うのですが、8月4日がなんの日なのか調べてもわかりませんでした。この年だけのバンクホリデーだったのかな。
He'd Rather Be Dead (The Inspector Littlejohn Mysteries Book 26)
作者:George Bellairs
出版社:Endeavour Media
ISBN:Kindle版
by timeturner
| 2018-10-26 19:00
| 洋書
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