2018年 10月 12日
死の扉 |
英国ニューミンスターの小汚い雑貨店で、店主の老婆と巡回中の巡査が頭部を殴られて死んでいるのがみつかった。被害者のエミリー・パーヴィスは業突く張りで、後ろ暗いことにも手を出しており、ありとあらゆる人の恨みをかっていた。おかげで警察は多すぎる容疑者に悩まされることになる。町のパブリックスクールで歴史を教えるキャロラス・ディーンは、生意気な教え子に焚きつけられて事件を調べることになるが・・・。
キャロラスはこの作品では40歳。ロンドン大空襲で妻を亡くして男やもめだ。小柄で青白い顏をしているが、大学対抗ボクシングで代表選手を務めたり、陸上競技で記録を作ったこともあるスポーツマン。ただし釣りは魚がかわいそうなので嫌い。親からの財産があるためアン王朝様式の家に使用人夫婦を置き、贅沢な服装を好み高級車を乗り回す。歴史教師だが犯罪に興味があり、犯罪事件に関心が向くと授業がそっちのけになる。
なかなかおいしいキャラでしょ? 連続ドラマ向きだと思いません?
キャロラスの助手をつとめるのはパブリックスクールの生徒ルーパート・プリグリーで、この子がめちゃくちゃ生意気。シャーロックの若い頃はこんなふうだったんじゃないかという感じ。そういう子がワトソン役というのが面白い。
キャロラスの使用人夫婦も変わってる。使用人のくせに妙に強気で時に無礼寸前。イギリスでもこの時代(1950年代)になると使用人の立場のほうが強くなってるんだなあ。訳者あとがきによると、夫人のほうの料理の腕は抜群で、フランス料理を変なふうに発音するらしいけど、この回ではイギリス式のコールドミールしか出してないのが残念だった。
キャロラス自身が素人探偵であるうえに、彼が一時滞在する梨の木農場の主が大のミステリー好きということで、有名なミステリー作家の名前や、作品に対する評価が出てくるのもミステリー・ファンには楽しみのひとつ。どうやら作者はブラウン神父物にはかなり無茶があると思っていたようです。
ところで、警察の調べがすみ、すでにかたづいたパーヴィス夫人の家にキャロラスが調べに入る場面がある。血のしみたカーペットはクリーニングに出され、壁や床の血は拭き取られていた。あれ?と思う。
自殺や殺人の現場をきれいにする特殊掃除人という仕事があるのは、前にアメリカ映画「サンシャイン・クリーニング」で観た。そういう仕事をしている人のブログを読んだことがある。なるべく一般人の目に触れないよう、現場内で作業することが原則だった。カーペットをクリーニングに出すなんてことはしないはず。
それに、誰が特殊掃除人を雇ったのか。ふつうは被害者の家族や大家が依頼するんだけど、家を相続するはずの息子は指名手配中でそれどころじゃないし、不仲な義理の妹がするはずがない。イギリスでは警察が依頼する? ひょっとして犯人を指し示す手がかりかとも思ったけど、最後の謎解きでは触れられていないのよねえ。まあ、この時代のイギリスではまだそういう決まりも職業もなかったのだろうが、費用を誰が負担するのかは謎だ。
あと、謎解きとはなんの関係もないんですが、キャロラスが関係者の家に話を聞きに行ったときのこの場面。
キャロラスは腰を上げたが、こういう家庭の通例として、客が腰を上げてから実際に外に出るまでの時間が異様に長いことは予想していなかった。これって『イングリッシュネス 英国人のふるまいのルール』によると、この家庭だけの話ではなく「イギリス人が別れの際にぐずぐず長引かせる癖」によるもので、キャロラスみたいな「変人」がむしろ稀なんだと思う。
【誤植メモ】 P.263 8行目 セルフスターター⇒セルスターター(自動車のエンジンを始動させるためのモーターは日本ではセルスターターと呼ぶ。セルフスターターはオートバイのエンジンをかける方式の一つ)
死の扉 (創元推理文庫)
原題:At Death's Door
作者:レオ・ブルース
訳者:小林晋
出版社:東京創元社
ISBN:4488225020
by timeturner
| 2018-10-12 19:00
| 和書
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