2018年 09月 28日
The House with a Clock in Its Walls |

1973年刊行で、話の背景は1948年。作者自身が10歳だった頃ですね。こんな屋敷がベレアーズが育った町にあったのかもしれない。この本が人気を得て、ルイスを主人公にしたファンタジー・シリーズが生まれ、ベレアーズの死後はSF作家ブラッド・ストリックランドが書き継いでいるそうです。
孤児の少年がおじさんにひきとられて魔法の世界に……なんだかハリー・ポッターみたいな設定です。新訳が静山社から出たことに納得。
設定は似ていても全体の雰囲気はかなり異なります。ハリーは魔法の才能が現れる前からヒーローとしての資質をもった子で、友達思いだし、勇気も知恵もリーダーシップもある。魔法が使えなくても人気者になれそうなタイプ。読者の子供たちが素直に憧れることができます。
それに対してルイスは、太ってて運動が苦手で臆病で友達がいない。魔法もおじさんや隣人が使えるんであってルイスには関係がない。おじさんの本で呪文や図を盗み見て死者を甦らせようとするけれど、それは勇気によるものではなく、たったひとりの友達のご機嫌をつなぐためだという哀しい子です。現実の世界では実によくある話だけど(魔法は使えなくてもゲームとか漫画とかね)、子供の読者が「自分もこうなりたい」と憧れる存在ではないですよね。
子供ではない私も、初めのうちは「いいなあ、そんなところで暮らせて」とルイスを羨んだけれど、どんどん泥沼にはまっていくのを見て、ただの読者でよかったと胸をなでおろしたくらいです。ゴーリーの挿絵に出てくる子供って、『ギャシュリークラムのちびっ子たち』や『おぞましい二人』『悪いことをして罰があたった子どもたちの話』の影響か、いかにも酷い目に遭いそうだしね。
あ、そうか、ハリポタはファンタジーだけどこっちは怪奇小説なんだな。だからこそゴーリーが挿絵を引き受けたんでしょう。ハリポタだったら絶対に断ったと思う。
まあ、とにかく、そんなルイスも最後にはヒーローになるのですが、それもなんだか蛮勇というか愚勇というか、衝動に突き動かされてのもので、あまり感心しなかったなあ。というか、終盤は作者自身もどう始末をつけるかわからなくなって適当にやっつけたって感じ。(ファンの方、すみません)
映画は予告編を見るかぎり、そのへんをかなり変えている感じ。そもそもルイスが太ってない、いじいじしてない。そして、かなりアクション寄り。うーむ。原作を知らなければ、これはこれで楽しめるのかも。でも、個人的な好みを言わせてもらえば、私はゴーリーの絵でアニメーション映画にしてほしかった。(いや、それは、ゴーリーを墓から蘇らせなくては無理)
読んでいていくつか気になって調べたことがあります。ネタバレになるかもしれないので、気にする方は読まないでください。
ルイスが心のよりどころとして読んでいたのはJohn L. Stoddardという人の本ですが、この人、ヴィクトリア朝の旅行家で、自らの旅の話を各地で講演して回り、その講演をまとめたものをルイスは読んでいたっぽい。10歳の子供が読むものとは思えないけど、写真がいっぱいで、人類学から自然史まであらゆるテーマを包含していたというから、一種の百科事典みたいなものだったんでしょうね。20世紀初頭のアメリカではかなり読まれたらしい。
"parlor organ"と"player organ"が出てきます。前者はハーモニウムの別称で、後者は自動オルガンのこと。Wikipediaの説明ではよくわかりませんが、要するに前者は奏者が演奏しなくてはならず、後者は初めにメロディを憶えさせればあとは自動的に再生するもののようです。19世紀後半にもてはやされたものが屋敷に残っていたという設定なのでしょう。
"hooked rug"は敷物の一種で、19世紀中頃にアメリカで生まれたもの。バーラップと呼ばれる目の粗い穀物袋を芯地にして、下からウールの残り布や古着を縦に細く裂いたものをかぎ針で引き上げて作ります。作り手のセンスで様々な柄が作れるのがみそ。ルイスの部屋に敷かれていたのは、気の狂った人がアメリカ合衆国の地図をかたどったような模様でした。
ミセス・ツィマーマンが自動オルガンに覚えさせた曲は“Chopsticks”、「猫ふんじゃった」です。
トランプの札に描かれていた"ears of corn"のcorn。グリム童話の"The Ear of Corn"は「麦の穂」と訳されています。イギリスだったらcornは麦。でも、この話の舞台はアメリカなのでcornはトウモロコシ。earは皮を含む穂全体。つまり、ear of cornは丸ごと1本のトウモロコシのことです。
ルイスの緊張を表現する以下のような文章がありました。
He was like a pressure cooker with the lid clamped on tight and the steam hole clogged up with chewing gum.圧力鍋がファンタジーに出てくるなんてと驚きましたが、アメリカで家庭用圧力鍋の特許出願が出されたのが1938年で、第二次世界大戦の勃発で野菜の缶詰が軍需優先となったため、家庭で野菜を滅菌調理・保存するための圧力鍋が一気に普及したんですって。すごいな、作者はそこまで考えてるんですね!
シリーズの続編に関係してくるかもしれないトリビアも。
・ミセス・ツィマーマンの家の居間に飾られているシュールな紫の竜の絵はオディロン・ルドンが彼女のために描いたもの。
・ルイスは大人になると、パロマー天文台に勤務する天文学者になった。
The House with a Clock in Its Walls (Lewis Barnavelt)
邦題:ルイスと不思議の時計
作者:John Bellairs
イラスト:Edward Gorey
出版社:Puffin Books
ISBN:Kindle版
by timeturner
| 2018-09-28 19:00
| 洋書
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