図書館島 |
うーん、なんだかなあ。期待していただけに落胆も大きい。
詩のように美しい言葉が次から次へと紡ぎ出され、聞いたことも見たこともない世界を描き出し、初めのうちは中つ国に足を踏み入れたような気がしました。これこそハイ・ファンタジーという設定です。訳者あとがきによると、この本のために作者は新しい言語を造りだしたらしい。
ところが、そういうお膳立てから期待するような内容じゃないのよ。ドラゴンやエルフや魔法は出てこない。《ゲド戦記》のような哲学があるかというと、それもない。肌の色や服装・習慣は異なるものの、いわゆる人間の世界の話。信仰、戦争、権力争い、貧富の差、差別、恋愛、迷信など、私たちが生きている現実世界そのまま。主人公が死者にとりつかれて神がかりになるあたりがちょっと普通じゃないけど、これだってスピリチュアル系の話でよくあるしね。
ハイ・ファンタジーを読むためには未知の言葉や事物を一から覚えるという負荷が読者にかかる。でも、そこを耐えて物語に入りこめば幻想の世界に遊ぶことができる。そうした喜びが与えられるわけでもないのに、どうしてこんな苦労をしなきゃならないの、と思うのは心が狭い?
いちばん不満だったのは邦題が中身を表していないこと。ジェヴィックが幽閉された〈浄福の島〉には五つの塔があって、そのうちのひとつ〈アロエの塔〉には王立図書館が入ってはいるけれど、その塔の話はたいして出てこないし、話のテーマとも関連していない。
ジェヴィックが教師から初めて文字というものを教えられた場面は感動的でわくわくさせられたけど、それって物語の始まりの1、2ページだけで、あとは書物からの引用や詩(作者は詩人でもあるらしい)が時たま挿入されるものの、図書館を目当てに読み始めた読者を満足させることは何も書いてありませんでした。
原題から考えて、作者はこの小説をエキゾチックな旅物語(青年ジェヴィックの人生の旅も含む)として書いたんじゃないかな。それがわかるような邦題(『オロンドリアの異邦人』とか)にしてくれたら、うっかり手を出すこともなかったのにと思います。
図書館島 (海外文学セレクション)
原題:A Stranger in Olondria
作者:ソフィア・サマター
訳者:市田泉
出版社:東京創元社
ISBN:4488016642