Unholy Relics |
オリジナルに収録されていた13編のほかに、1937年に刊行された稀覯本『INDIAN UNDERWORLD』(滞印中にデア自身が経験したオカルト体験を扱ったもの)の一章である「Beyond the Veil」と、1961年発表の「Ghosts I Have Met」が収められている。
確認のために各人の生年と没年をメモしておきます。
M・R・ジェイムズ 1862 - 1936
R・H・モールデン 1879 - 1951
アンドリュー・カルデコット 1884 - 1951
M・P・デア 1902 - 1962
この本のイントロダクションを読んで驚きました。他の二人やジェイムズとはかけ離れた人生なのです。要約してみたのでご覧ください。
1902年 レスター州に生れる。父親はイタリア系イギリス人で商船の船長。母親は女優。姉妹、従姉妹も全員女優という芸能一家だったのでポールも幼い頃から劇場に出入りし、演劇界に精通していた。画業にも興味を示したが物にはならなかった。まるで小説みたいでしょう? こういう人が聖職者・教育者のジェイムズやモールデン、政府高官だったカルデコットと並べられる不思議さはオカルト並みです。
1916年 考古学に興味をもち、地元レスター州で後世にまで残る発見をしている。
1919年 父親が寮監をしていた私立男子校を卒業。
1920年 Leicester Daily Mercury紙でジュニア・レポーターとして働き始める。最初の妻と結婚し、二十代の間はジャーナリストとしての本職のほかに、ずっと考古学の勉強を続けた。
1931年 Northern Daily Telegraph紙に入社。
1932年 ボンベイにあるThe Times of India紙で働くためインドに渡る。滞印中にオカルトに関する知識を深めた。
1935年 イギリスに帰り、Nottingham Guardian紙で働き始める。
1936年 ジャーナリズムに見切りをつけ、ベドフォード州に移る。
1940年 教会の聖杯とステンドグラスを盗んだ罪で一年間の懲役刑となる。妻とは離婚。出獄後に軍隊に入ったものの、記憶喪失を理由に除隊になり、オクスフォードの書店でアシスタントとして働き始める。
1944年 本を盗んだ罪で八か月の懲役刑。出獄後に再婚し、ラムズゲートで書店を開いたが、またもや窃盗でつかまり、三か月の懲役刑。書店経営は破たんした。
1952年 二度目の妻と別居し、レディング近くの人里離れた田舎家に移る。
1962年 外国書籍部の責任者として働いていたケンブリッジの書店で盗みを働いたポールは、犯罪が明るみに出て逮捕されるとわかった日に、遺書とたくさんの手紙を書いてから出勤し、待ち受けていた警察官をまいて帰宅すると青酸カリを飲んで自殺した。あえて出勤したのは、自分の遺体がすみやかに発見されることを意図してのものだった。
このイントロダクションを書いたReg Meuross(伝説的なシンガーソングライターのレッグ・メウロス?)は、ポールが住んだ田舎家の隣(一軒の家を二つに分けてあった)に住んでいた一家の息子で、彼の父親はポールをWalter Mitty(自分を有能だと勘違いしている人、実現性はないのに自分の成功を夢想する人)なキャラクターだと親しみをこめて言っていたそう。
最後の職場だった書店では、自分は優等修士号の持ち主で、八か国語を話し、14か国語を読めると言っていたらしい。第二次大戦中はフランスのレジスタンスと共に戦っていたとも。窃盗癖といい虚言癖といい、なんらかの精神障害を抱えていたのかもしれない。
こんな人が書いた怪奇小説はどんなものだろうかとワクワクしながら読み始めたのですが、1編目の表題作でひっくり返った。なにこの荒唐無稽でアクション満載のホラーコメディは?!
初めのほうは確かにジェイムズ風なんですよ。文章の書きっぷりといい、語り手の言動といい。
Character-study being a boring obsession of modern writers to which we flatly refuse to ponder,ところが途中からジェイムズの教えなんかすっとんじゃって、自らの妄想にどんどん引っ張られ、収拾がつかない大混乱に。いやでも、面白いの、これが。サイモン・ペグとニック・フロストが脚本にしてエドガー・ライトが監督したらめっちゃ面白いホラー・コメディ映画になりそう。
このあと、「A Nun’s Tragedy」「The Demoniac Goat」にもすさまじい化け物が出てきますが、それ以外は、ポルターガイストなど超常現象は出てくるもののミステリー要素が強く、ジェイムズ流のほのめかしで終わるヴィクトリア朝風怪奇小説です。
Unholy Relics
The Haunted Drawers
A Nun’s Tragedy
A Forgotten Italian
Fatal Oak
The Demoniac Goat
The Nymph Still Lives
The Beam
The Haunted Helmet
The Officer’s Coat
Borgia Pomade
An Abbot’s Magic
‘Bring Out Your Dead’
Beyond the Veil
Ghosts I Have Met
作者は「まえがき」で、13編はすべて作者自身の実体験に基づいていると言いきっています。自称・オカルト研究者&古物研究家のデアは、自分には常人をはるかに超える霊感があると考え、過去を深く研究した者は霊的な世界とコンタクトをとりやすいと信じていたようですが、これもどこまで本気なのかはわかりません。
「Beyond the Veil」はインドでのオカルト体験、「Ghosts I Have Met」はイングランドを中心としたオカルト体験のレポートで、これもデアの来歴を知ってしまうと、かなり眉唾に思えます。ただ、彼が幽霊や怪奇現象を過去の人間のthought-formだと考えていたことははっきりしています。これは一種の電波のようなもので、その電波とうまく同調できる人間がいると(たいていの場合は少女)形をとるのだそう。「念波」とでも言うのかな。20世紀初頭にはそういう考え方が主流だったのかな。
本編である13編の語り手はすべてグレゴリー・ウェインという独身の歴史研究家です。一流大学を出てフェローにもなったものの、お金には不自由しない身分なので、同窓生で親友のアラン・グランヴィルとともに田舎の邸宅を買い取り、優雅な独身男ふたりで趣味に没頭する毎日を過ごしています。これって、おそらくデア自身の夢だったんだろうなあと考えると少しせつない。
ジェイムズ、モールデン、カルデコットらより若い年代なので、ヴィクトリア朝風のしつらえでありながら、スラックスを履く現代女性やオートバイに乗る神父や電気掃除機が出てきたりするのが面白い。
もっと面白いのは、ことあるごとにシャーロック・ホームズの名前が出てくることで、かなり意識しているようです。ウェインとグランヴィルの二人組にしたのもホームズ-ワトソンを狙ったのでしょう。ただし、デアの場合は自分を投影したウェインに何もかも(語り手&推理&ボディーガード)やらせたので、グランヴィルはルックスだけがホームズでそれ以外はいいところがなくて気の毒。
Alan Granville stood in the wide, stone-flagged Tudor hall of our manor-house in the Leicestershire Wolds with hands thrust deep into dressing-gown pockets and a curved pipe in his mouth, looking even more than usual like Sherlock Holmes.「‘Bring Out Your Dead’」の、掘りだした骨のためにペストに罹患するという話はどこかで読んだことがあるような気がするけど、思い出せません。
Unholy Relics
ISBN:Kindle版
良く見つけましたね。
あらためてtimeturnerさんを凄いと思いました。
ね、面白い人でしょ? この人が書いたものより本人のほうが数倍面白いです。<それ、デアさんに失礼だから
私は全然すごくなくて、『M・R・ジェイムズ怪談全集〈2〉』の解説で紀田順一郎さんがモールデンと並べてカルデコットとデアについても触れていたのです。おかげで楽しい読書ができました。充実した解説って本当にありがたいですね。