Abroad/London Town |
Abroad(1882)
イギリスの中流階級の一家(母親は亡くなっているのでガヴァネスが父親と子供5人に付き添っている)がイースター休暇の時期にフランスに旅行したときの見聞録。一家と一緒にフランスの町(ブーローニュ、ルーアン、カン、パリ、カレー)の見所をまわり、人々の暮らしぶりを観察しよう・・・。
当事者視点ではなく、全能の作者による記述というあたりが現代の旅行記と大幅に違うところかな。しかも挿絵に合わせて書いているので、「絵の中にはいないお父さん」といった表現もけっこう出てきます。
この本でまず目を惹かれるのは絵。いかにもアンティークな雰囲気のイラストで、飾り罫や囲み罫など本全体の装飾も凝っています。デザイナーのための見本帳になりそう。
これは市場の風景。フランスの子供の青い上っ張りがお洒落。
それにしても、この本の趣旨から言ってふつうの家族旅行でもかまわないのに、どうして母親が亡くなっていることにしたのかが不思議。いちばん下の男の子がまだ幼児だから(歩いたり話したりしてるから2歳にはなってると思うけど、白いドレスを着ている)、亡くなってからせいぜい2年くらいですよね。
当時の習慣から言って、まだ幼い子供たちを連れて外国旅行に行くというのが珍しかったからかな。大人には大人の世界があるという考え方からすると、子供は置いていきますよね。うんと金持ちなら乳母やらメイドやらと一緒に連れていくかもしれないけど。こういう旅行をするのは幼くして母親を亡くして不憫な子供たちと自分自身の慰めのために父親が考えついた、ということにしたかったからかしら。
それにしても、ひとりで5人の子の面倒をみるはめになったガヴァネスは大変です。ぞろぞろ長くて動きにくい服を着てですからね。しかも、赤ちゃんにベビーカーなど使わず、たいてい抱いて歩いてるんですから。それでも、当時のそういう立場の人としては外国旅行ができるのは楽しかったのかな。
Abroad [1882]
作者:Thomas Crane
出版社:Marcus Ward & Co.
ISBN:Kindle版
London Town(1883)
こちらは地元ロンドンについての絵本。画家は『Abroad』と同じ人ですが、文章は別の人が担当しています。
大都市ロンドンで目にする名所、名物を紹介していますが、子供が喜びそうなものをピックアップしているので、一般ガイドブックとは視点が異なっていて面白い。
こういうきれいな絵本を買ってもらえるのは中流以上の家庭の子どもたちでしょうけど、絵には下層階級の子どもも描かれています。田舎とちがって都会では裕福な子も貧しい子も同じ通りを使っていたのですからね。
ただし、メイヒューの本ではないので現実のヴィクトリア朝ロンドンほど悲惨には描かれていません。
駅に体重計があったのは知っていましたが、こんな椅子式のは初めて見ました。地下鉄はまだ蒸気機関車で引いていたようです。服が汚れたでしょうね。
この本の中で特に珍しく楽しいのは、さまざまな街頭商人の紹介です。
Milk Woman 「Milk O! Milk O!」という呼び声を出しながら肩に天秤棒をかけ、重い牛乳缶をかついで歩いています。ロンドンで売られている牛乳は白墨(チョーク)の粉と水を混ぜたものだという噂があったことも書かれています。中には本当にそういうのもあったのかも。少なくとも牛乳を水で薄めていたという話は別の本で読みました。
Muffin Man ドゥルーリー・レーンには有名なマフィン売りのおじさんがいてマフィンとクランペットを売っていたらしい。マフィンの絵は、日本で売られているイングリッシュ・マフィンにポツポツ穴を開けたようなイメージ。
Shoeblack Brigade 靴磨きの少年が存在することは当たり前のように書かれています。むしろそうなれるのは幸運だったみたい。浮浪児はStreet Arabsと呼ばれたようですが、そこからShoeblack Brigadeに加わることができれば、たとえ最低限でも生活が保障されるから。
作者:Felix Leigh、Thomas Crane
出版社:Marcus Ward & Co.
ISBN:Kindle版