2017年 07月 20日
ジェイン・オースティン研究の今 |
ジェイン・オースティン協会10周年記念論集。オースティンの切り拓いた世界や技法、オースティンに影響を与えた作家、オースティンの影響を受けた作家、オースティンの作品から生まれたドラマ・映画・ミュージカルなど、さまざまな切り口から最前線の研究者たちがオースティンを読み解く。
論文集というから小難しいものが多いのかなあと危惧していたのですが、拍子抜けするほど読みやすかったです。対象が小難しいことは言わないオースティンだったからというのもあるのかな。
もちろん、論文となればこれまでにない切り口を求められるし、先行研究との比較も求められるわけですが、そうした条件をクリアしてもちゃんと読みやすく、一般読者の興味を最後まで惹きつけるだけの書き方になっているものがほとんどでした。まあ、オースティンをよく知らず、興味もない人にとってはそうは思えないのかもしれませんが。
第一部 切り結ぶオースティン――作品とそのコンテクスト
第一章 ティルニー将軍とティラニー/三馬志伸
第二章 オースティンと「英国的」感受性/皆本智美
第三章 時代を反映するオースティン/塩谷清人
第四章 ハイベリーの階級闘争/坂田薫子
第五章 マナーの語るもの/新野緑
第二部 企むオースティン――その眼識と技巧
第六章 容赦のない風刺と近代的知性/中尾真理
第七章 読みの応酬/松村聡子
第八章 括弧から見えるジェイン・オースティンの文体の「進化」/中村祐子
第九章 ジェイン・オースティンと読書行為/海老根宏
第三部 呼応し、時空を超えるオースティン――影響と変奏
第十章 女性作家と財産継承のレトリック/廣田美玲
第十一章 描かれる老女と中年女/久保陽子
第十二章 コミック小説への寄与/水尾文子
第十三章 宝塚歌劇への翻案にみるオースティン受容/高桑晴子
第十四章 ジェイン・オースティン作品の映像化/新井潤美
第四部 同時代作家たち
第十五章 喜劇と女性らしさの間で 『エヴリーナ』を読む/池田裕子
第十六章 ゴシック小説と空想の詩学 アン・ラドクリフの『ユードルフォの謎』/小川公代
第十七章 仁愛に満ちた国民の残忍な食卓 ハミルトンのヒンドゥー人の手紙/川津雅江
第十八章 偽装と隠蔽、混乱と錯綜 オーエンソンの『フロレンス・マカーシー』に見られるアイルランド表象/鈴木美津子
第十九章 アイルランドを巡る旅 プランプターの旅行記、そしてエッジワースとオーエンソン/中村哲子
まあ、中には意欲は買うけど言葉足らずなのでは?と思えるものや、苦し紛れにやっつけちゃった?と思えるものもありましたが、単に私の好みに合わなかった、あるいは私の理解が及ばなかっただけかもしれません。新井潤美さんのは過去に読んだ本とほとんど変わらなかったのでそつなくまとめてはあるもののちょっとがっかり。中尾真理さんは『英国式庭園 自然は直線を好まない』を書いた方ですが、「容赦のない風刺と近代的知性」でも『分別と多感』を『ウェイクフィールドの牧師』と比較しながら、田舎家暮らしやピクチャレスク、田舎と都会のイメージ、近代的な知性をもつヒロインなど、さまざまな視点を提供してくれています。
「ティルニー将軍とティラニー」では、将軍がノーサンガー・アビーで「たくさんのパンフレットに目を通さなければならないのですよ」と言ったのは、「当時民間人が急進派の活動の監視のため、積極的に扇動的な出版物を検閲していた」ことに結び付けていて、へえっと驚きました。
個人的に面白いと思ったのは、前々から興味のあるイギリスの階級にからめたものや、オースティンの作品中での括弧の使われ方に注目した文体論、摂政時代の女性の地位と財産継承の問題を具体的に解説しているものなどかな。
不労所得で生活が成り立っていればすべてジェントリーと思っていたのですが、そうしたジェントリー層もさらに細かく分かれているんですね。由緒正しい旧家で、数世代前からその土地に定住してはいるものの、財産が地所以外のものから成り立っているエマ・ウッドハウスは、広大な土地からの収入で暮らしているナイトリー氏に比べたら成り上がりに近く、だからこそ自らの不安や焦燥感を隠すために自分より少し下に位置すると思える人たちを蔑むのだという指摘にはなるほどと思わされました。「財産継承はゴシック文学における中心のモチーフのひとつ」という主張も面白い。
オースティンに影響を与えた女性作家ファニー・バーニーの『エヴリーナ』は読んでみなくてはと思ったし、オースティンの影響が色濃く見られるという1930年代のミドルブラウ小説『コールド・コンフォート農場』も面白そうです。
宝塚が『高慢と偏見』をミュージカル化した「天使のはしご」についての論文では、オースティンを下敷きにしたチック・リット小説がたくさん紹介されていて、そのほとんどを読んでいる自分にちょっとあきれましたが、宝塚の作品そのものは絶対に見たくないと思わせる書き方で、よっぽど腹に据えかねたんだろうなあと笑ってしまいました。
第四部は、ラドクリフを除けばこれまで知らなかった作家ばかりだし、オースティンとの関連性も薄いので、いまひとつ興味がもてないものが多かった。これはひとえに私自身の容量不足によるものです。もう少し時間的なゆとりがあるときに読めば違っていたと思う。
【誤植メモ】 p.29 後ろから3行目 勝るににせよ⇒勝るにせよ p.200 1行目 当時の社会制度の受容している⇒当時の社会制度を受容している
ジェイン・オースティン研究の今: 同時代のテクストも視野に入れて
作者:日本オースティン協会
出版社:彩流社
ISBN:4779122873
論文集というから小難しいものが多いのかなあと危惧していたのですが、拍子抜けするほど読みやすかったです。対象が小難しいことは言わないオースティンだったからというのもあるのかな。
もちろん、論文となればこれまでにない切り口を求められるし、先行研究との比較も求められるわけですが、そうした条件をクリアしてもちゃんと読みやすく、一般読者の興味を最後まで惹きつけるだけの書き方になっているものがほとんどでした。まあ、オースティンをよく知らず、興味もない人にとってはそうは思えないのかもしれませんが。
第一部 切り結ぶオースティン――作品とそのコンテクスト
第一章 ティルニー将軍とティラニー/三馬志伸
第二章 オースティンと「英国的」感受性/皆本智美
第三章 時代を反映するオースティン/塩谷清人
第四章 ハイベリーの階級闘争/坂田薫子
第五章 マナーの語るもの/新野緑
第二部 企むオースティン――その眼識と技巧
第六章 容赦のない風刺と近代的知性/中尾真理
第七章 読みの応酬/松村聡子
第八章 括弧から見えるジェイン・オースティンの文体の「進化」/中村祐子
第九章 ジェイン・オースティンと読書行為/海老根宏
第三部 呼応し、時空を超えるオースティン――影響と変奏
第十章 女性作家と財産継承のレトリック/廣田美玲
第十一章 描かれる老女と中年女/久保陽子
第十二章 コミック小説への寄与/水尾文子
第十三章 宝塚歌劇への翻案にみるオースティン受容/高桑晴子
第十四章 ジェイン・オースティン作品の映像化/新井潤美
第四部 同時代作家たち
第十五章 喜劇と女性らしさの間で 『エヴリーナ』を読む/池田裕子
第十六章 ゴシック小説と空想の詩学 アン・ラドクリフの『ユードルフォの謎』/小川公代
第十七章 仁愛に満ちた国民の残忍な食卓 ハミルトンのヒンドゥー人の手紙/川津雅江
第十八章 偽装と隠蔽、混乱と錯綜 オーエンソンの『フロレンス・マカーシー』に見られるアイルランド表象/鈴木美津子
第十九章 アイルランドを巡る旅 プランプターの旅行記、そしてエッジワースとオーエンソン/中村哲子
まあ、中には意欲は買うけど言葉足らずなのでは?と思えるものや、苦し紛れにやっつけちゃった?と思えるものもありましたが、単に私の好みに合わなかった、あるいは私の理解が及ばなかっただけかもしれません。新井潤美さんのは過去に読んだ本とほとんど変わらなかったのでそつなくまとめてはあるもののちょっとがっかり。中尾真理さんは『英国式庭園 自然は直線を好まない』を書いた方ですが、「容赦のない風刺と近代的知性」でも『分別と多感』を『ウェイクフィールドの牧師』と比較しながら、田舎家暮らしやピクチャレスク、田舎と都会のイメージ、近代的な知性をもつヒロインなど、さまざまな視点を提供してくれています。
「ティルニー将軍とティラニー」では、将軍がノーサンガー・アビーで「たくさんのパンフレットに目を通さなければならないのですよ」と言ったのは、「当時民間人が急進派の活動の監視のため、積極的に扇動的な出版物を検閲していた」ことに結び付けていて、へえっと驚きました。
個人的に面白いと思ったのは、前々から興味のあるイギリスの階級にからめたものや、オースティンの作品中での括弧の使われ方に注目した文体論、摂政時代の女性の地位と財産継承の問題を具体的に解説しているものなどかな。
不労所得で生活が成り立っていればすべてジェントリーと思っていたのですが、そうしたジェントリー層もさらに細かく分かれているんですね。由緒正しい旧家で、数世代前からその土地に定住してはいるものの、財産が地所以外のものから成り立っているエマ・ウッドハウスは、広大な土地からの収入で暮らしているナイトリー氏に比べたら成り上がりに近く、だからこそ自らの不安や焦燥感を隠すために自分より少し下に位置すると思える人たちを蔑むのだという指摘にはなるほどと思わされました。「財産継承はゴシック文学における中心のモチーフのひとつ」という主張も面白い。
オースティンに影響を与えた女性作家ファニー・バーニーの『エヴリーナ』は読んでみなくてはと思ったし、オースティンの影響が色濃く見られるという1930年代のミドルブラウ小説『コールド・コンフォート農場』も面白そうです。
宝塚が『高慢と偏見』をミュージカル化した「天使のはしご」についての論文では、オースティンを下敷きにしたチック・リット小説がたくさん紹介されていて、そのほとんどを読んでいる自分にちょっとあきれましたが、宝塚の作品そのものは絶対に見たくないと思わせる書き方で、よっぽど腹に据えかねたんだろうなあと笑ってしまいました。
第四部は、ラドクリフを除けばこれまで知らなかった作家ばかりだし、オースティンとの関連性も薄いので、いまひとつ興味がもてないものが多かった。これはひとえに私自身の容量不足によるものです。もう少し時間的なゆとりがあるときに読めば違っていたと思う。
【誤植メモ】 p.29 後ろから3行目 勝るににせよ⇒勝るにせよ p.200 1行目 当時の社会制度の受容している⇒当時の社会制度を受容している
ジェイン・オースティン研究の今: 同時代のテクストも視野に入れて
作者:日本オースティン協会
出版社:彩流社
ISBN:4779122873
by timeturner
| 2017-07-20 19:00
| 和書
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