2016年 08月 16日
The Fortunes of Philippa |
フィリッパは南アメリカのサンカルロスにあるプランテーションで父親とふたりで暮していた。母を幼い頃に亡くしてはいたが、愛情深い父親と現地人の使用人であるフアニータやタッソに守られて自由で幸せな子供時代だった。だが、10歳になったとき、フィリッパはイギリス人の女性らしい教育を受けるためロンドンの親戚の家に預けられた。そこで二年の間暮らし、大勢のいとこたちと一緒に家庭教師から学んだのち、さらに高度な教育を受けるためにダービシャーの女子寄宿学校Te Holliesに行くことになる・・・。
アンジェラ・ブラズルが最初に書いたスクール・ストーリーで彼女自身の母親(父親はリオデジャネイロの船会社を経営し、母親はスペイン人)の経験を基にしています。このお母さんという人は当時(ヴィクトリア朝)にしてはかなり進んだ考えの持ち主で、当時の中流階級の婦人としては珍しく育児や教育に関心をもち、子どもたちが文学や音楽、植物学に興味をもつことを奨励したそうです。
この母親のキャラクターは作品の中でフィリッパが第二の母のように慕う親友キャシーの母親、ウィンスタンレー夫人に投影されているように思えます。そういえば、キャシーにはアンジェラの姉エイミーのキャラが移されているのかもしれません。
前半の南アメリカ時代のエピソードは、この前読んだ『夢の彼方への旅』のようにイギリス人の目から見た夢のような南国を思わせて楽しいのですが、そのあと親戚の家で過ごすあたりは特にドラマチックなこともなく、ちょっと退屈します。でも、肝心なのは学校に行ってからで、これがもう面白い。『The School by The Sea』と基本的には同じなんですが、あちらのようなミステリー風味がないだけに、スクール・ストーリーの基本要素がすべてそろっているような気がします。
The Holliesはダービシャーの田舎にあり、山あり森あり川ありという理想的な立地に建つ古い赤煉瓦の建物です。近くにはスパもあり、体にいい水が湧きだしている。このスパの話が面白くて、向こうのスパはバースもそうですが日本の温泉とはまるで違っていて、お風呂に入ることより湧き水を飲むことが推奨されているんですよね。The Holliesの生徒たちは、気候がいい時期には毎朝、それぞれに青いマグを手に、二人ずつ一列に並んで泉まで歩いていき、そこで湧き水を飲むのが日課のひとつになっています。二人ずつ一列に並んでだなんてマドレーヌみたい、と思っていたら、生徒の一人がそういう歩き方をin a crocodileというのだと教えてくれました。なぜかというと、ラスキンだかブラウニングだかカーライルだかの偉い人が、女学生の集団が長い列になって歩いているのに出会うよりはワニと出会うほうがましだと言ったからなんですって。おもしろーい。
The Holliesは生徒数が30~40人の小規模な学校で、現代的なところとオールドファッションなところが混じりあったユニークな教育方針で知られています。数学を学び、設備の整った実験室で化学も学び、クリケットやホッケー、その他最新の運動競技もするし、ダンスや音楽、ドイツ語、フランス語はそれぞれ選りすぐりの専門家が教師として招かれています。その一方で、衣服のほころびをかがったり、裾をまつったりといった技術を教えられ、部屋を出るときには腰をかがめて教師に礼をし、生け花や招待状の書き方など社交術も習い、さらには背中に板を入れ、頭の上に本をのせてまっすぐ歩く練習までするのです。
つまり、知的な面、身体鍛錬の面では男性と同じくらい高度な教育を受けながらも、良き妻となれるような訓練もするというわけで、ヴィクトリア朝後期から二十世紀初めにかけてのまだまだ保守的ではあるけれど、女性の知性にそれなりの敬意を払うようになってきた時代を実によく反映していると思いました。でも、これって、かつての仕事も家事もできるスーパーウーマンの幻影と同じで、美名のもとにすべての重荷を女性に負わせようという社会的な思惑もおおいにからんでいて、素直に「よかったね」とは思えません。実際、最後に学校を出たフィリッパが何をするかというと、帰国した父親と住んで亡き母親のかわりにハウスキーパーをつとめ、地元の役にたつことをするという「なんのための教育だったの?」というような暮らしです。まあ、経済的な苦労はまったくないので、気楽といえば気楽だし、本人がそれで幸せなら他人が文句をつける筋合いはないのですが、こういうのを当時の女の子は読まされていたのだと思うと複雑な気分になります。
とはいえ、そうした思想的な問題は別にすると学校生活の描写は実に楽しい。意地悪な生徒との丁々発止のやりとりとか、上のクラスに入れられて遅れまいと勉強するあまりに神経衰弱になったり、いやな先生から目の敵にされたりとか、つらい目にも遭いますが、今の時代に多い生徒同士のいじめのようなものはなく、腹心の友ともいえる親友のキャシーとは家族ぐるみの交際をして、イギリスに帰ってきてよかった、という気分になります。
学校のあるダービシャーの風景も魅力的ですが、この本で特に力を入れて描いているのはキャシーの家があるカンバーランドのMarshland(湿地帯)です。実在の土地ではないのですが、ヘザーの原があり、遠くにカンバーランドの山々が見え、海も近いというところからすると作者が子ども時代を過ごしたランカシャーのMoorlandかなという気がします。もちろんそこにいろいろな場所の要素を加えているのでしょう。
博物学に興味があるという設定のウィンスタンレー夫人の指導のもと、キャシーとフィリッパは自然の中を歩き回り、鳥の巣を探し、珍しい植物を採取し、ストーン・サークルの跡をたどり、実に羨ましいような毎日を過ごします。キャシーに三人の兄弟がいるので、男の子ならではの遊びやスポーツ、いたずらもたくさん出てきて、ともすれば静的になりがちな女学生小説の殻を破っているのもいい。
こうしてどんどんイングランドの素晴らしさに目覚めていくところは読んでいて楽しかったのですが、一方で南アメリカでの暮らしがどんどん遠ざかっていくのは悲しかった。学校生活の中で南アメリカでの経験が生かされるエピソードが出てくるだろうと期待していたのですがありませんでした。このあたりは当時のイギリス人の植民地に対する考え方(植民地は野蛮な現地人を統治し大英帝国の発展のために利益を生む場所であって、現地から学ぶことなどない)の表れなのかもしれません。
作者:Angela Brazil
出版社:Project Gutenberg
ISBN:Kindle版
アンジェラ・ブラズルが最初に書いたスクール・ストーリーで彼女自身の母親(父親はリオデジャネイロの船会社を経営し、母親はスペイン人)の経験を基にしています。このお母さんという人は当時(ヴィクトリア朝)にしてはかなり進んだ考えの持ち主で、当時の中流階級の婦人としては珍しく育児や教育に関心をもち、子どもたちが文学や音楽、植物学に興味をもつことを奨励したそうです。
この母親のキャラクターは作品の中でフィリッパが第二の母のように慕う親友キャシーの母親、ウィンスタンレー夫人に投影されているように思えます。そういえば、キャシーにはアンジェラの姉エイミーのキャラが移されているのかもしれません。
前半の南アメリカ時代のエピソードは、この前読んだ『夢の彼方への旅』のようにイギリス人の目から見た夢のような南国を思わせて楽しいのですが、そのあと親戚の家で過ごすあたりは特にドラマチックなこともなく、ちょっと退屈します。でも、肝心なのは学校に行ってからで、これがもう面白い。『The School by The Sea』と基本的には同じなんですが、あちらのようなミステリー風味がないだけに、スクール・ストーリーの基本要素がすべてそろっているような気がします。
The Holliesはダービシャーの田舎にあり、山あり森あり川ありという理想的な立地に建つ古い赤煉瓦の建物です。近くにはスパもあり、体にいい水が湧きだしている。このスパの話が面白くて、向こうのスパはバースもそうですが日本の温泉とはまるで違っていて、お風呂に入ることより湧き水を飲むことが推奨されているんですよね。The Holliesの生徒たちは、気候がいい時期には毎朝、それぞれに青いマグを手に、二人ずつ一列に並んで泉まで歩いていき、そこで湧き水を飲むのが日課のひとつになっています。二人ずつ一列に並んでだなんてマドレーヌみたい、と思っていたら、生徒の一人がそういう歩き方をin a crocodileというのだと教えてくれました。なぜかというと、ラスキンだかブラウニングだかカーライルだかの偉い人が、女学生の集団が長い列になって歩いているのに出会うよりはワニと出会うほうがましだと言ったからなんですって。おもしろーい。
The Holliesは生徒数が30~40人の小規模な学校で、現代的なところとオールドファッションなところが混じりあったユニークな教育方針で知られています。数学を学び、設備の整った実験室で化学も学び、クリケットやホッケー、その他最新の運動競技もするし、ダンスや音楽、ドイツ語、フランス語はそれぞれ選りすぐりの専門家が教師として招かれています。その一方で、衣服のほころびをかがったり、裾をまつったりといった技術を教えられ、部屋を出るときには腰をかがめて教師に礼をし、生け花や招待状の書き方など社交術も習い、さらには背中に板を入れ、頭の上に本をのせてまっすぐ歩く練習までするのです。
つまり、知的な面、身体鍛錬の面では男性と同じくらい高度な教育を受けながらも、良き妻となれるような訓練もするというわけで、ヴィクトリア朝後期から二十世紀初めにかけてのまだまだ保守的ではあるけれど、女性の知性にそれなりの敬意を払うようになってきた時代を実によく反映していると思いました。でも、これって、かつての仕事も家事もできるスーパーウーマンの幻影と同じで、美名のもとにすべての重荷を女性に負わせようという社会的な思惑もおおいにからんでいて、素直に「よかったね」とは思えません。実際、最後に学校を出たフィリッパが何をするかというと、帰国した父親と住んで亡き母親のかわりにハウスキーパーをつとめ、地元の役にたつことをするという「なんのための教育だったの?」というような暮らしです。まあ、経済的な苦労はまったくないので、気楽といえば気楽だし、本人がそれで幸せなら他人が文句をつける筋合いはないのですが、こういうのを当時の女の子は読まされていたのだと思うと複雑な気分になります。
とはいえ、そうした思想的な問題は別にすると学校生活の描写は実に楽しい。意地悪な生徒との丁々発止のやりとりとか、上のクラスに入れられて遅れまいと勉強するあまりに神経衰弱になったり、いやな先生から目の敵にされたりとか、つらい目にも遭いますが、今の時代に多い生徒同士のいじめのようなものはなく、腹心の友ともいえる親友のキャシーとは家族ぐるみの交際をして、イギリスに帰ってきてよかった、という気分になります。
学校のあるダービシャーの風景も魅力的ですが、この本で特に力を入れて描いているのはキャシーの家があるカンバーランドのMarshland(湿地帯)です。実在の土地ではないのですが、ヘザーの原があり、遠くにカンバーランドの山々が見え、海も近いというところからすると作者が子ども時代を過ごしたランカシャーのMoorlandかなという気がします。もちろんそこにいろいろな場所の要素を加えているのでしょう。
博物学に興味があるという設定のウィンスタンレー夫人の指導のもと、キャシーとフィリッパは自然の中を歩き回り、鳥の巣を探し、珍しい植物を採取し、ストーン・サークルの跡をたどり、実に羨ましいような毎日を過ごします。キャシーに三人の兄弟がいるので、男の子ならではの遊びやスポーツ、いたずらもたくさん出てきて、ともすれば静的になりがちな女学生小説の殻を破っているのもいい。
こうしてどんどんイングランドの素晴らしさに目覚めていくところは読んでいて楽しかったのですが、一方で南アメリカでの暮らしがどんどん遠ざかっていくのは悲しかった。学校生活の中で南アメリカでの経験が生かされるエピソードが出てくるだろうと期待していたのですがありませんでした。このあたりは当時のイギリス人の植民地に対する考え方(植民地は野蛮な現地人を統治し大英帝国の発展のために利益を生む場所であって、現地から学ぶことなどない)の表れなのかもしれません。
作者:Angela Brazil
出版社:Project Gutenberg
ISBN:Kindle版
by timeturner
| 2016-08-16 19:33
| 洋書
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