2016年 03月 29日
奇妙な孤島の物語: 私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島 |
生涯かけて宝を求めて掘り続けた男、家族の死体は軒先に干す習わしの島、生存のために厳しい産児制限を行う島民たち、住民の一割が全色盲の島、ペンギンに喰われた男、毎年アリによるカニの大殺戮が行われる島……世界の海に散らばる孤島にまつわるさまざまなエピソードを著者みずからが描いた地図とともに紹介。
東ドイツという島から外に出ることができずに子ども時代を過ごした著者は、図書館にこもって貴重な地図やはるかな場所の調査文献をあさり、自分の島を見つけたいと願ったのだそうです。憧れの心から、その島を所有したいと思ったのです。ところが、そうやってあれこれ調べた結果わかったのは、海によって隔絶された場所で見られる奇習、奇病、暴力、殺人、自然破壊、閉ざされた空間でしか起こりえない奇妙な人間劇でした。
「ドイツのもっとも美しい本」賞を受賞したというので、どれほど華麗な本だろうと期待していたせいか、初めて見たときには拍子抜けしてしまいました。ぱっと見、とても地味な印象です。
でも、中身をじっくり見始めるとその印象は変わります。島を囲む海ごとに分けられた章の最初は蛍光オレンジで描かれた見開きの地図で、その章で紹介される島の位置が白い点で示されています。これがびくりするほどわかりやすい。地球儀のようにデザインした円い図形、細い蛍光オレンジの線、文字の大きさや位置など、隅々まで美意識とわかりやすさを配慮したブックデザインはなるほど大したものです。
各島の紹介は1島について2ページが使われ、左側に島の地図、右側に島の基本データと、島に関する実話にもとづくフィクショナルな文章。実話に基づいているにも関わらず、いや、基づいているからこそ、起承転結やすっきりしたエンディングのない、不思議に幻想的なエピソードになっています。「事実は小説より奇なり」という使い古されたフレーズがこれほどぴったりくる本はありません。
よけいな飾りを排したそっけないくらいの文体なのに、情景描写には強いイメージ喚起力があり、ほのかなユーモアや鋭い批判精神も垣間見えて、上質なショートショートを読んでいるような気分で楽しめます。翻訳も上手なんだろうな。
実録『夢幻諸島から』といった趣だし、アーキペラゴ、地図職人といったキーワードからは先日読んだ《ドラゴンシップ》シリーズも思い出します。もちろん、それ以外にも島を舞台にした小説は数知れずあります。おそらく、島への憧れというのは人類共通のものなのかもしれませんね。そして、その憧れが最終的には破れてしまうことも必然なのかも。
実話を調べるところまでなら誰にでもできますが、その中からどれをピックアップするか、どういうふうに調理するかで作家の能力ははっきりします。島に滞在するボランティアを募集するために自然保護局が作ったパンフレットがこんなに面白く読めるなんて、誰が考えるでしょう。イースター島を神秘やロマンの島ではなく、「地球の滅亡を予言する、未来の縮図のような島」だと言い放つ洞察力も素晴らしい。
ページ順に読む必要は全くないし、一気に読むようなたぐいの本でもないので、ぱっと開いたところを何ページか読み、また気が向いたら同じようにして読むという読み方が向いていると思います。同じところを読んでしまってもそのつど楽しめると思う。
奇妙な孤島の物語: 私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島
原題:Atlas or Remote Islands
作者:ユーディット・シャランスキー
訳者:鈴木仁子
出版社:河出書房新社
ISBN:4309207014
東ドイツという島から外に出ることができずに子ども時代を過ごした著者は、図書館にこもって貴重な地図やはるかな場所の調査文献をあさり、自分の島を見つけたいと願ったのだそうです。憧れの心から、その島を所有したいと思ったのです。ところが、そうやってあれこれ調べた結果わかったのは、海によって隔絶された場所で見られる奇習、奇病、暴力、殺人、自然破壊、閉ざされた空間でしか起こりえない奇妙な人間劇でした。
「ドイツのもっとも美しい本」賞を受賞したというので、どれほど華麗な本だろうと期待していたせいか、初めて見たときには拍子抜けしてしまいました。ぱっと見、とても地味な印象です。
でも、中身をじっくり見始めるとその印象は変わります。島を囲む海ごとに分けられた章の最初は蛍光オレンジで描かれた見開きの地図で、その章で紹介される島の位置が白い点で示されています。これがびくりするほどわかりやすい。地球儀のようにデザインした円い図形、細い蛍光オレンジの線、文字の大きさや位置など、隅々まで美意識とわかりやすさを配慮したブックデザインはなるほど大したものです。
各島の紹介は1島について2ページが使われ、左側に島の地図、右側に島の基本データと、島に関する実話にもとづくフィクショナルな文章。実話に基づいているにも関わらず、いや、基づいているからこそ、起承転結やすっきりしたエンディングのない、不思議に幻想的なエピソードになっています。「事実は小説より奇なり」という使い古されたフレーズがこれほどぴったりくる本はありません。
よけいな飾りを排したそっけないくらいの文体なのに、情景描写には強いイメージ喚起力があり、ほのかなユーモアや鋭い批判精神も垣間見えて、上質なショートショートを読んでいるような気分で楽しめます。翻訳も上手なんだろうな。
実録『夢幻諸島から』といった趣だし、アーキペラゴ、地図職人といったキーワードからは先日読んだ《ドラゴンシップ》シリーズも思い出します。もちろん、それ以外にも島を舞台にした小説は数知れずあります。おそらく、島への憧れというのは人類共通のものなのかもしれませんね。そして、その憧れが最終的には破れてしまうことも必然なのかも。
実話を調べるところまでなら誰にでもできますが、その中からどれをピックアップするか、どういうふうに調理するかで作家の能力ははっきりします。島に滞在するボランティアを募集するために自然保護局が作ったパンフレットがこんなに面白く読めるなんて、誰が考えるでしょう。イースター島を神秘やロマンの島ではなく、「地球の滅亡を予言する、未来の縮図のような島」だと言い放つ洞察力も素晴らしい。
ページ順に読む必要は全くないし、一気に読むようなたぐいの本でもないので、ぱっと開いたところを何ページか読み、また気が向いたら同じようにして読むという読み方が向いていると思います。同じところを読んでしまってもそのつど楽しめると思う。
奇妙な孤島の物語: 私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島
原題:Atlas or Remote Islands
作者:ユーディット・シャランスキー
訳者:鈴木仁子
出版社:河出書房新社
ISBN:4309207014
by timeturner
| 2016-03-29 21:20
| 和書
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