2016年 01月 19日
ぼくたちに翼があったころ |
1930年代のポーランド、ワルシャワ。幼くして父母を失い、ただひとりの姉に育てられたヤネクは、その俊足を利用して盗みをしては走って逃げる悪ガキだったが、それなりに少年仲間からは一目置かれていた。だが、結婚して赤ん坊ができた姉はヤネクを育てかね、「かけこみ所」と呼ばれる孤児院に入れた。そこでヤネクは脚を折られ、走れない体になってしまう・・・。
風のように走れることだけが貧しい暮らしの中での唯一の喜び、そして唯一のよりどころだったヤヌクが、翼をもがれた鳥のように脚を折られて失意に沈み、姉に連れられて第二の孤児院、コルチャック先生の《孤児たちの家》へと連れていかれるところから物語は始まります。
この話はフィクションではありますが、コルチャック先生は実在の人物で、《孤児たちの家》も実際に存在しました。作者は《孤児たちの家》の卒業生たちなどへの取材からヤネクというフィクショナルな存在を創りあげ、詳細に調べたコルチャック先生の業績をわかりやすく紹介するための語り手として起用しています。フィクション3割、ノンフィクション7割といった感じでしょうか。そういえば『ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯』もそういう作りでしたね。この形式は成功すると非常に力強く、印象的な作品に仕上がります。
それにしても、ナチスの足音がすぐそこに迫っているポーランドに、こんな夢のような《家》があったなんて知りませんでした。
愛と理想主義にもとづく孤児院運営をした医師・児童文学者のヤヌシュ・コルチャックはユダヤ系ポーランド人で、貧困などの問題を抱えるユダヤ人の子どもたちを《孤児たちの家》に迎え入れました。子どもの人格を尊重し、ひとりひとりの良いところを認め、伸ばしていこうとしました。
初めはかたく心を閉ざし、それまでの暮らしで培われた価値観でがちがちになっていたヤネクが、指導者たち、友人たちの助けや支えを得て少しずつ変わっていくところはとても感動的です。最後に彼がパレスチナ(現イスラエル)に行くことになるのは、そうやって成長したヤネクをナチスの強制収容所で死なせるのはしのびなかったからなんだろうなあ。でも、コルチャック先生と200人の孤児たちはそうやって死んでしまった。それを思うと、つらくていたたまれない思いになります。
ナチスの勢いが強くなるにつれて、ポーランド国内でもユダヤ人に対する敵意がどんどん高まっていくあたりの描写は背筋が寒くなるような恐ろしさです。もちろん、すべてのポーランド人がそうだったわけではないでしょうが、貧困と集団心理が手を組めば、どこの国でも同じことが起こるでしょう。標的となる人たちが違ってくるだけの話です。人間って奇妙ですね。一方でコルチャック先生のような人がいると、一方には偏見と憎悪にこりかたまった人もいる。
でも、作者は絶望してはいけないと言っているのだと思う。ひとりでも多くのコルチャック先生が現れるように、子どもたちを育てていきましょうと提案しているのだと思う。
ぼくたちに翼があったころ コルチャック先生と107人の子どもたち (世界傑作童話シリーズ)
原題:I'm not A Thief
作者:タミ・シェム=トヴ
イラスト:岡本よしろう
訳者:樋口範子
出版社:福音館書店
ISBN:4834081168
風のように走れることだけが貧しい暮らしの中での唯一の喜び、そして唯一のよりどころだったヤヌクが、翼をもがれた鳥のように脚を折られて失意に沈み、姉に連れられて第二の孤児院、コルチャック先生の《孤児たちの家》へと連れていかれるところから物語は始まります。
この話はフィクションではありますが、コルチャック先生は実在の人物で、《孤児たちの家》も実際に存在しました。作者は《孤児たちの家》の卒業生たちなどへの取材からヤネクというフィクショナルな存在を創りあげ、詳細に調べたコルチャック先生の業績をわかりやすく紹介するための語り手として起用しています。フィクション3割、ノンフィクション7割といった感じでしょうか。そういえば『ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯』もそういう作りでしたね。この形式は成功すると非常に力強く、印象的な作品に仕上がります。
それにしても、ナチスの足音がすぐそこに迫っているポーランドに、こんな夢のような《家》があったなんて知りませんでした。
愛と理想主義にもとづく孤児院運営をした医師・児童文学者のヤヌシュ・コルチャックはユダヤ系ポーランド人で、貧困などの問題を抱えるユダヤ人の子どもたちを《孤児たちの家》に迎え入れました。子どもの人格を尊重し、ひとりひとりの良いところを認め、伸ばしていこうとしました。
初めはかたく心を閉ざし、それまでの暮らしで培われた価値観でがちがちになっていたヤネクが、指導者たち、友人たちの助けや支えを得て少しずつ変わっていくところはとても感動的です。最後に彼がパレスチナ(現イスラエル)に行くことになるのは、そうやって成長したヤネクをナチスの強制収容所で死なせるのはしのびなかったからなんだろうなあ。でも、コルチャック先生と200人の孤児たちはそうやって死んでしまった。それを思うと、つらくていたたまれない思いになります。
ナチスの勢いが強くなるにつれて、ポーランド国内でもユダヤ人に対する敵意がどんどん高まっていくあたりの描写は背筋が寒くなるような恐ろしさです。もちろん、すべてのポーランド人がそうだったわけではないでしょうが、貧困と集団心理が手を組めば、どこの国でも同じことが起こるでしょう。標的となる人たちが違ってくるだけの話です。人間って奇妙ですね。一方でコルチャック先生のような人がいると、一方には偏見と憎悪にこりかたまった人もいる。
でも、作者は絶望してはいけないと言っているのだと思う。ひとりでも多くのコルチャック先生が現れるように、子どもたちを育てていきましょうと提案しているのだと思う。
ぼくたちに翼があったころ コルチャック先生と107人の子どもたち (世界傑作童話シリーズ)
原題:I'm not A Thief
作者:タミ・シェム=トヴ
イラスト:岡本よしろう
訳者:樋口範子
出版社:福音館書店
ISBN:4834081168
by timeturner
| 2016-01-19 19:20
| 和書
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