2015年 12月 14日
未成年 |
60歳を目前にした女性裁判官フィオーナは、ある朝、35年間一緒に暮らしてきた夫ジャックからとんでもない提案をつきつけられた。目の前に控えた難しい裁判と個人的な苦悩にひきさかれるフィオーナに、緊急を要する審判が任された。《エホバの証人》の信者である17歳の少年が信仰のために輸血を拒んでいるというのだ・・・。
フィオーナが裁判官をつとめているのは高等法院家事部というセクションで、まるで掃除洗濯をするところみたいな名称だけど、実際には日本の家庭裁判所みたいなものらしい。訳注には以下のように書かれていました。
イギリスの裁判所で扱われるさまざまな事件やその判決、法廷での原告、被告、証人、弁護士たちのふるまいなどが実にリアルに、裁判官の視点から描かれるのが面白かった。証言からだけでなく、さまざまな判例を引用し、(意地悪な言い方をすれば)突っ込まれないような判決を出すのに苦労するようすがとても興味深い。判決を出す前に病床にいる少年(被告)に会って話すというのには驚いた。日本でもそんなことができるのかな?
そうした仕事部分の面白さに比べて、フィオーナの索漠とした結婚生活の描写はわりとありきたり。35年連れ添った共働き夫婦で、しかも子どもがいなければ、どこの世界でもまあこんなものだろうなと思うし、わざわざ小説にするほどのことかなと思った。まあ、だからこそそこに《エホバの証人》とか《少年》といったファクターを投入したんでしょうが、うーん、なんか、気に入らないのよね。
仕事をしているときにはそれなりに立派だなと思えるフィオーナが、私生活においてはいやな女だなと思う。それは夫のジャックも、さらにはたくさん出てくる法曹関係者たちも同じで、みんな自分のことしか考えていないみたいに見える。正義をふりかざす弁護士も、底の底には勝ち負けにこだわる自負心とエゴしかないみたいな。マキューアンの意図がイギリスインテリ階級の男女のくだらなさを描くことだったのだとしたら成功していると思う。
アダムがエホバの証人のくびきから抜けられたのは、別の神《フィオーナ》をみつけたからであって、根っこのところはまるで変わってないわけだから、最終的にああいうことになっちゃったのは仕方がない、かわいそうだけど本人の資質で、生きていてもいつかは同じような状況になる可能性が高いと思う。だから、そのことでフィオーナを責めるつもりはないのだけれど、彼女の反応や、小説のエンディングはなぜか身震いするくらいおぞましくて、いやーな後味になりました。
でも、読者レビューを読むと、共感したり感動したりしている人ばかりなので、私ってひょっとしてものすごく捻じれてるのかもしれないという不安も感じる今日このごろ。
ジャックが出かけた講演会の話をする小さなエピソードに出てきた地球の地層の話が面白かった。マキューアン、いつかこのアイディアで書くつもりかな。書いてほしいな。
未成年 (Shinchosha CREST BOOKS)
原題:The Children Act
作者:イアン・マキューアン
訳者:村松 潔
出版社:新潮社
ISBN:4105901222
フィオーナが裁判官をつとめているのは高等法院家事部というセクションで、まるで掃除洗濯をするところみたいな名称だけど、実際には日本の家庭裁判所みたいなものらしい。訳注には以下のように書かれていました。
高等法院は女王座部、大法官部(衛兵法部)、家事部の三部から成り、かつては最高法院の一部門だったが、2005年の憲法改革法によって、あらたに連合王国最高裁判所が設けられたため、最高法院はイングランド・ウェールズ高等裁判所と改称され、現在はその一部になっている。重要事件の第一審の管轄権をもつほか、下位の裁判所に対する監督権がある。女王座部というのは原語ではQueen's Benchでしょうね。ヘンリー八世時代を背景にした《チューダー王朝弁護士シャードレイク》シリーズにはKing's Benchが出てきましたが、今はエリザベス女王だからQueen's Benchとなるわけですね。
イギリスの裁判所で扱われるさまざまな事件やその判決、法廷での原告、被告、証人、弁護士たちのふるまいなどが実にリアルに、裁判官の視点から描かれるのが面白かった。証言からだけでなく、さまざまな判例を引用し、(意地悪な言い方をすれば)突っ込まれないような判決を出すのに苦労するようすがとても興味深い。判決を出す前に病床にいる少年(被告)に会って話すというのには驚いた。日本でもそんなことができるのかな?
そうした仕事部分の面白さに比べて、フィオーナの索漠とした結婚生活の描写はわりとありきたり。35年連れ添った共働き夫婦で、しかも子どもがいなければ、どこの世界でもまあこんなものだろうなと思うし、わざわざ小説にするほどのことかなと思った。まあ、だからこそそこに《エホバの証人》とか《少年》といったファクターを投入したんでしょうが、うーん、なんか、気に入らないのよね。
仕事をしているときにはそれなりに立派だなと思えるフィオーナが、私生活においてはいやな女だなと思う。それは夫のジャックも、さらにはたくさん出てくる法曹関係者たちも同じで、みんな自分のことしか考えていないみたいに見える。正義をふりかざす弁護士も、底の底には勝ち負けにこだわる自負心とエゴしかないみたいな。マキューアンの意図がイギリスインテリ階級の男女のくだらなさを描くことだったのだとしたら成功していると思う。
アダムがエホバの証人のくびきから抜けられたのは、別の神《フィオーナ》をみつけたからであって、根っこのところはまるで変わってないわけだから、最終的にああいうことになっちゃったのは仕方がない、かわいそうだけど本人の資質で、生きていてもいつかは同じような状況になる可能性が高いと思う。だから、そのことでフィオーナを責めるつもりはないのだけれど、彼女の反応や、小説のエンディングはなぜか身震いするくらいおぞましくて、いやーな後味になりました。
でも、読者レビューを読むと、共感したり感動したりしている人ばかりなので、私ってひょっとしてものすごく捻じれてるのかもしれないという不安も感じる今日このごろ。
ジャックが出かけた講演会の話をする小さなエピソードに出てきた地球の地層の話が面白かった。マキューアン、いつかこのアイディアで書くつもりかな。書いてほしいな。
いまから一億年後、海洋の大部分が地球のマントルのなかに沈みこみ、植物の生育を支えられるだけの二酸化炭素が大気中になくなって、世界の表面が生命のない岩だらけの荒地になったとき、地球の外からやってきた地質学者はわたしたちの文明のどんな証拠を発見するだろう? 地面から数フィートの岩石中に分厚い黒い線があり、それでわたしたちはそれ以前のすべてと区別されることになるだろう。その厚さ六インチの煤みたいに黒い地層が、わたしたちの都市であり、車であり、道路、橋、兵器なのである。
未成年 (Shinchosha CREST BOOKS)
原題:The Children Act
作者:イアン・マキューアン
訳者:村松 潔
出版社:新潮社
ISBN:4105901222
by timeturner
| 2015-12-14 23:15
| 和書
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