2015年 09月 24日
猫は知っていた |
第二次世界大戦が終わって数年後、植物学専攻の大学生・雄太郎と、妹の音大生・悦子はそれまでの下宿を立ち退かなくてはならなくなり、知り合いのつてで病院の病室のひとつに間借りすることになった。が、引越し早々に入院患者のひとりと、病院長の姑が行方不明になる・・・。
『女子ミステリー マストリード100』では『林の中の家』が挙げられていたのですが、どうせなら仁木兄妹シリーズの一作目であり、仁木悦子の推理小説家デビュー作であるこちらから読んでみようと思いました。昔、読んだような気もするのですが、最後まで読み終えてもまったく甦らなかったので初読と同じです。
これがデビュー作で、しかも推理小説を書いたのは初めてだなんてとても思えない佳作でした。猫とナイフのトリックはいささか強引な気がしましたが、それ以外は伏線の張り方にも周辺人物の描き方にも過不足がなくて、すごく楽しめました。
事件自体はかなり陰惨なものですが、語り手が音楽専攻の女子大生、探偵役がその兄の植物学専攻の大学生という背景のせいか、どこか俗世間とは離れた軽い空気が漂っているんですよね。ちょっとアガサ・クリスティみたいな雰囲気があります。今でこそ明るく軽いタッチの推理小説はたくさん出ていますが、当時(昭和30年代)は凄く新鮮だったんじゃないだろうか。私、小学生の頃に松本清張の『黒い福音』を読んでしまい、そのどろどろと暗いタッチに生理的嫌悪感を抱いて、長い間日本の推理小説は避けていました。あのときに仁木悦子を読んでいたらなあ。
もともとは河出書房のコンテストに応募して入選したものの、河出が倒産したために原稿を送り返され、あきらめていたところに審査員だった江戸川乱歩から江戸川乱歩賞に応募してはどうかと勧められたそうですが、さもありなんという気がします。
今読んでも古さは全く感じない内容ではありますが、ひとつすごく驚いたのは、悦子と雄太郎の兄妹が一間の下宿で暮らしていること。いくら兄妹とはいえ、今だったらちょっと違和感ありますよね。中学生くらいになったら男の子と女の子の部屋は別にするのが今では普通じゃないのかなあ。同性のきょうだいでも住宅事情が許せば個室を与えるでしょうね。戦後まもなくという事情もあったのでしょうが、西洋式の個人主義がまだ根づいていなかったので、きょうだいひとりずつに個室が必要なんて考え方はなかったのだろうな。
もうひとつ驚いたのは、読み終えてから作者の仁木悦子さんがこれを書いたときには、子供の頃に罹った胸椎カリエスのためにずっと寝たきりの生活で家から出たことがなかったという話。それでどうしてここまで世間のことがわかって書けたのでしょう。欧米の推理小説をはじめ小説をたくさん読んでいたとはいえ、実際の社会をまったく見ずにここまで書けるなんて……。
このあとに読む予定の『林の中の家』を雑誌「宝石」(今のものとは別物)に連載していたのは、五回の手術を受けて寝たきりの生活から車椅子の生活へと移ったところで、まだ国立身体障害センターの中だけで生活していたはずです。まったく作風は違いますが、オースティンも狭い世界から一歩も出ることなく素晴らしい作品を創りあげました。彼女の場合は自分の知っている世界だけを描いたわけですが、どちらも豊かな想像力とともにすぐれた観察力・洞察力を備えていたという点が共通するような気がします。
猫は知っていた―仁木兄妹の事件簿 (ポプラ文庫ピュアフル)
作者:仁木悦子
出版社:ポプラ社
ISBN:4591116778
『女子ミステリー マストリード100』では『林の中の家』が挙げられていたのですが、どうせなら仁木兄妹シリーズの一作目であり、仁木悦子の推理小説家デビュー作であるこちらから読んでみようと思いました。昔、読んだような気もするのですが、最後まで読み終えてもまったく甦らなかったので初読と同じです。
これがデビュー作で、しかも推理小説を書いたのは初めてだなんてとても思えない佳作でした。猫とナイフのトリックはいささか強引な気がしましたが、それ以外は伏線の張り方にも周辺人物の描き方にも過不足がなくて、すごく楽しめました。
事件自体はかなり陰惨なものですが、語り手が音楽専攻の女子大生、探偵役がその兄の植物学専攻の大学生という背景のせいか、どこか俗世間とは離れた軽い空気が漂っているんですよね。ちょっとアガサ・クリスティみたいな雰囲気があります。今でこそ明るく軽いタッチの推理小説はたくさん出ていますが、当時(昭和30年代)は凄く新鮮だったんじゃないだろうか。私、小学生の頃に松本清張の『黒い福音』を読んでしまい、そのどろどろと暗いタッチに生理的嫌悪感を抱いて、長い間日本の推理小説は避けていました。あのときに仁木悦子を読んでいたらなあ。
もともとは河出書房のコンテストに応募して入選したものの、河出が倒産したために原稿を送り返され、あきらめていたところに審査員だった江戸川乱歩から江戸川乱歩賞に応募してはどうかと勧められたそうですが、さもありなんという気がします。
今読んでも古さは全く感じない内容ではありますが、ひとつすごく驚いたのは、悦子と雄太郎の兄妹が一間の下宿で暮らしていること。いくら兄妹とはいえ、今だったらちょっと違和感ありますよね。中学生くらいになったら男の子と女の子の部屋は別にするのが今では普通じゃないのかなあ。同性のきょうだいでも住宅事情が許せば個室を与えるでしょうね。戦後まもなくという事情もあったのでしょうが、西洋式の個人主義がまだ根づいていなかったので、きょうだいひとりずつに個室が必要なんて考え方はなかったのだろうな。
もうひとつ驚いたのは、読み終えてから作者の仁木悦子さんがこれを書いたときには、子供の頃に罹った胸椎カリエスのためにずっと寝たきりの生活で家から出たことがなかったという話。それでどうしてここまで世間のことがわかって書けたのでしょう。欧米の推理小説をはじめ小説をたくさん読んでいたとはいえ、実際の社会をまったく見ずにここまで書けるなんて……。
このあとに読む予定の『林の中の家』を雑誌「宝石」(今のものとは別物)に連載していたのは、五回の手術を受けて寝たきりの生活から車椅子の生活へと移ったところで、まだ国立身体障害センターの中だけで生活していたはずです。まったく作風は違いますが、オースティンも狭い世界から一歩も出ることなく素晴らしい作品を創りあげました。彼女の場合は自分の知っている世界だけを描いたわけですが、どちらも豊かな想像力とともにすぐれた観察力・洞察力を備えていたという点が共通するような気がします。
猫は知っていた―仁木兄妹の事件簿 (ポプラ文庫ピュアフル)
作者:仁木悦子
出版社:ポプラ社
ISBN:4591116778
by timeturner
| 2015-09-24 20:39
| 和書
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