2014年 05月 29日
寝台特急黄色い矢 |
生きている空間を列車のイメージで表現した表題作をはじめ、『宇宙飛行士オモン・ラー』の作者のデビュー時代の中短編7編を収録。
『オモン・ラー』と同様、あてにならない、あるいは、わかっていない語り手の視点によっておぼつかない足取りで話が進み、読者がこうかなと推測しながら読んでいくと最後にあらららとひっくり返されるパターンが多い。
『オモン・ラー』の場合はあてにならない部分にもそれなりの存在感があり面白かったのに比べると、ここにあるものは中短編だからというせいもあるだろうけど、「驚くべき結末」に早く到達したいという作者の意識が先走って、そこに至るまでの道のりが今ひとつ楽しめない。面白くないわけではないのだけれど、苛々してしまう。それに、「驚くべき結末」が意外に凡庸だったりもする。
真夜中に眠らないで、屋上のはしっこや軒蛇腹の上をさまよい歩く《ルナティック》についての「ターザン・ジャンプ」や、1917年の革命初期にペトログラードの街路を警備する騎馬の士官候補生ふたりの麻薬にまみれた幻影の数時間を描く「水晶の世界」、ソ連邦崩壊のロシアで、身分も信条も、そしてジェンダーさえも不確かになってしまった世界を描く「ミドルゲーム」など、いずれも、それまでよりどころとしてきたものすべてを失った人間の不安が満ち満ちています。
大戦中にロシアに墜落した外国の戦闘機を探しては、さまよう霊を呼び出し、外国への脱出を夢見るロシア人女性と縁組させるという、突拍子もない、でも、妙に現実味を帯びた「天上界のタンバリン」の静かな終わり方には不思議と心惹かれる余韻があります。
表題作は、一度も止まることなく走り続ける列車《黄色い矢》号で暮らす乗客たちを描いています。どうやらこの列車は破壊された橋に向かって走っており、降りられるのは死んで窓から放り出される人たちだけらしい。
文中に黒澤明監督の「どですかでん」について書かれた部分があり、そこからいくらかのインスピレーションを得たのかなと思えます。また、この映画は実際には山本周五郎の『季節のない街』を原作としているにも関わらず、芥川龍之介の「見えぬ車輪の音の下」が原作だと書いてある。芥川の作品に「見えぬ車輪の音の下」というのはないのですが、ひょっとしたら「機関車を見ながら」かもしれない。
芥川の機関車は金銭、名誉、女といった軌道の上を錆び果てるまで突進する。《黄色い矢》号の乗客たちもそうやって自らの欲望の軌道の上を走り続けていて、主人公のアンドレイのような人間だけがある日、その列車から降りて、エンジンの音ではなく、鳥の声を聴きながら別の目的地に向かって歩いていける、ということなのかな。
寝台特急 黄色い矢 (群像社ライブラリー)
原題:Жёлтая стрела
作者:ヴィクトル・ペレーヴィン
訳者:中村唯史、岩本和久
出版社:群像社
ISBN:4903619248
『オモン・ラー』と同様、あてにならない、あるいは、わかっていない語り手の視点によっておぼつかない足取りで話が進み、読者がこうかなと推測しながら読んでいくと最後にあらららとひっくり返されるパターンが多い。
『オモン・ラー』の場合はあてにならない部分にもそれなりの存在感があり面白かったのに比べると、ここにあるものは中短編だからというせいもあるだろうけど、「驚くべき結末」に早く到達したいという作者の意識が先走って、そこに至るまでの道のりが今ひとつ楽しめない。面白くないわけではないのだけれど、苛々してしまう。それに、「驚くべき結末」が意外に凡庸だったりもする。
幼年時代の存在論幼い者の視点から妙に現実離れした周囲の状況を眺め、やがてその状況が何であるのかがわかる「幼年時代の存在論」や、狂おしく愛してやまないニカの正体が最後に明かされる「ニカ」などはまさにそう。
ニカ
ターザン・ジャンプ
水晶の世界
ミドルゲーム
天上界のタンバリン
寝台特急黄色い矢
真夜中に眠らないで、屋上のはしっこや軒蛇腹の上をさまよい歩く《ルナティック》についての「ターザン・ジャンプ」や、1917年の革命初期にペトログラードの街路を警備する騎馬の士官候補生ふたりの麻薬にまみれた幻影の数時間を描く「水晶の世界」、ソ連邦崩壊のロシアで、身分も信条も、そしてジェンダーさえも不確かになってしまった世界を描く「ミドルゲーム」など、いずれも、それまでよりどころとしてきたものすべてを失った人間の不安が満ち満ちています。
大戦中にロシアに墜落した外国の戦闘機を探しては、さまよう霊を呼び出し、外国への脱出を夢見るロシア人女性と縁組させるという、突拍子もない、でも、妙に現実味を帯びた「天上界のタンバリン」の静かな終わり方には不思議と心惹かれる余韻があります。
表題作は、一度も止まることなく走り続ける列車《黄色い矢》号で暮らす乗客たちを描いています。どうやらこの列車は破壊された橋に向かって走っており、降りられるのは死んで窓から放り出される人たちだけらしい。
文中に黒澤明監督の「どですかでん」について書かれた部分があり、そこからいくらかのインスピレーションを得たのかなと思えます。また、この映画は実際には山本周五郎の『季節のない街』を原作としているにも関わらず、芥川龍之介の「見えぬ車輪の音の下」が原作だと書いてある。芥川の作品に「見えぬ車輪の音の下」というのはないのですが、ひょっとしたら「機関車を見ながら」かもしれない。
芥川の機関車は金銭、名誉、女といった軌道の上を錆び果てるまで突進する。《黄色い矢》号の乗客たちもそうやって自らの欲望の軌道の上を走り続けていて、主人公のアンドレイのような人間だけがある日、その列車から降りて、エンジンの音ではなく、鳥の声を聴きながら別の目的地に向かって歩いていける、ということなのかな。
寝台特急 黄色い矢 (群像社ライブラリー)
原題:Жёлтая стрела
作者:ヴィクトル・ペレーヴィン
訳者:中村唯史、岩本和久
出版社:群像社
ISBN:4903619248
by timeturner
| 2014-05-29 20:22
| 和書
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