2014年 04月 09日
雪の練習生 |
腰を痛め、サーカスの花形から事務職に転身した北極熊の「わたし」は、雑誌に自伝が掲載されたことから注目を集めるようになり、西側に亡命する。その娘トスカはサーカスで女曲芸師ウルズラと伝説の芸を成し遂げ、トスカの息子のクヌートは動物園の人気者となり・・・。野間文芸賞受賞作。
多和田葉子さんの作品をちゃんと読むのは初めてでしたが、すごく不思議な読書体験でした。
北極熊が人間の言葉を話して、会議に出席したり、自伝を書いたりという話の内容そのものも不思議ですが、それ以上に日本と外国の境目が曖昧になってしまうのが奇妙でした。書かれている内容はロシア、ドイツ、カナダと外国の話だし、文体も翻訳小説のそれなので、読み始めるとすぐに作者が日本人であることを忘れ、すっかり海外の小説を読んでいる気分になります。ところが、途中でぽつりぽつりと日本のことが出てきて、しかも書かれている内容がよほどの通でなければ書けないような深い理解を示している(当たり前なんですが)ので、あれ、と思ってから日本人作家であったのを思い出し、驚いて立ち止まってしまうのです。こんなのは初めてでした。
多和田さんはバイリンガルな作家ですから、この作品はドイツ語でも刊行されているのでしょうが、それを読むドイツ人も同じような気分になるんでしょうか。それとも、日本やロシアやカナダのことに詳しいドイツ人作家が書いたものと思って読み通すのでしょうか。
本の紹介には《ユーモラス》という言葉もありましたが、ふつうのユーモアとはかなり異なった次元のもので、なんというか腰の重いおばさんみたいなどっしりしたユーモア。身体の大きな北極熊の描写が何度も出てくるせいでしょうか。
北極熊が喋るだけでなく、現実にはありえないようなことが色々起こるのですが、動物ファンタジーではまったくないし、いわゆるマジックリアリズムとも違う。幻想小説でもない。北極熊を擬人化しているというふうでもないし、かといって人間が北極熊のふりをしているというのでもない。ごく自然に人間と北極熊が融け合っている。
ああ、そうか。日本と外国の境目の曖昧さがここにも繰り返されているのか。多和田葉子という作家は、常に異なる文化の間を漂いながら存在しているんだろうな。
第三部の主人公であるクヌートは、あの大ブームを巻き起こした実在の北極熊の子クヌートをモデルとしていて、名前こそ違えどこれまた有名人になってしまった飼育係やドクターも登場するので、なんだか実録物でも読んでいるような気がしてきます。おまけに後半にはなんと!マイケル・ジャクソンの幽霊らしきものまで登場して、しっちゃかめっちゃかになるはずなのにならないんですよねえ、これが。多和田さんの文章力・構築力というのは凄い。解説でも触れられていますが、人称代名詞を道具として使いこなすやり方がもう神技。これもやはり日本語と外国語を同時に使いこなしているからこそ出てくる発想なんでしょうか。
本物のクヌートは2011年に死んでしまいましたが、それを知って読んでいると、最後のパラグラフにはなんとも言えない余韻を感じます。
雪の練習生 (新潮文庫)
作者:多和田葉子
出版社:新潮社
ISBN:4101255814
多和田葉子さんの作品をちゃんと読むのは初めてでしたが、すごく不思議な読書体験でした。
北極熊が人間の言葉を話して、会議に出席したり、自伝を書いたりという話の内容そのものも不思議ですが、それ以上に日本と外国の境目が曖昧になってしまうのが奇妙でした。書かれている内容はロシア、ドイツ、カナダと外国の話だし、文体も翻訳小説のそれなので、読み始めるとすぐに作者が日本人であることを忘れ、すっかり海外の小説を読んでいる気分になります。ところが、途中でぽつりぽつりと日本のことが出てきて、しかも書かれている内容がよほどの通でなければ書けないような深い理解を示している(当たり前なんですが)ので、あれ、と思ってから日本人作家であったのを思い出し、驚いて立ち止まってしまうのです。こんなのは初めてでした。
多和田さんはバイリンガルな作家ですから、この作品はドイツ語でも刊行されているのでしょうが、それを読むドイツ人も同じような気分になるんでしょうか。それとも、日本やロシアやカナダのことに詳しいドイツ人作家が書いたものと思って読み通すのでしょうか。
本の紹介には《ユーモラス》という言葉もありましたが、ふつうのユーモアとはかなり異なった次元のもので、なんというか腰の重いおばさんみたいなどっしりしたユーモア。身体の大きな北極熊の描写が何度も出てくるせいでしょうか。
北極熊が喋るだけでなく、現実にはありえないようなことが色々起こるのですが、動物ファンタジーではまったくないし、いわゆるマジックリアリズムとも違う。幻想小説でもない。北極熊を擬人化しているというふうでもないし、かといって人間が北極熊のふりをしているというのでもない。ごく自然に人間と北極熊が融け合っている。
ああ、そうか。日本と外国の境目の曖昧さがここにも繰り返されているのか。多和田葉子という作家は、常に異なる文化の間を漂いながら存在しているんだろうな。
第三部の主人公であるクヌートは、あの大ブームを巻き起こした実在の北極熊の子クヌートをモデルとしていて、名前こそ違えどこれまた有名人になってしまった飼育係やドクターも登場するので、なんだか実録物でも読んでいるような気がしてきます。おまけに後半にはなんと!マイケル・ジャクソンの幽霊らしきものまで登場して、しっちゃかめっちゃかになるはずなのにならないんですよねえ、これが。多和田さんの文章力・構築力というのは凄い。解説でも触れられていますが、人称代名詞を道具として使いこなすやり方がもう神技。これもやはり日本語と外国語を同時に使いこなしているからこそ出てくる発想なんでしょうか。
本物のクヌートは2011年に死んでしまいましたが、それを知って読んでいると、最後のパラグラフにはなんとも言えない余韻を感じます。
雪の練習生 (新潮文庫)
作者:多和田葉子
出版社:新潮社
ISBN:4101255814
by timeturner
| 2014-04-09 20:15
| 和書
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