2013年 05月 01日
The Haunting of Lamb House |
南東イングランドにある中世の面影が今も残る街ライにある実在の家「Lamb House」。時代を変えてこの家に住んだトビー、ヘンリー、ベンスン、三人の男の視点を借りて描くノンフィクションのように見えるけれど実はフィクショナルな歴史物語。
三人の語り手のうち、最初のトビーは架空の人物で、物語の中では18世紀の初めにこの家を建てた醸造業者の次男となっています。真面目な性格で頭もよいのに身体に障害があるため父親からはほとんど無視される存在。唯一の理解者であった姉のアリスと叔父の名付け子ヒューゴとの三人を中心に繰り広げられるいたましい悲劇の数々は、確かに家の呪いによるものとしか思えませんが、その呪いのもととなった事件はトビー一家とはなんの関係もないという理不尽さ。まあ、人生なんてこんなものだと言ってしまえばそれまでですが、あまりの救いのなさに最初の章を読み終えたときにはため息が出ました。なかなか次へ進む気になれなかったほど。
とはいえ、ジョージ王朝時代の人々の暮らしや物の考え方が実に事細かに、リアルに描かれているのでいやだいやだと思いながら読まされちゃうんですよね。さすがジョーン・エイキン。しかし、こういう話も書く人だとは児童文学だけを読んでいたら想像もつきません。
2章ではアノニマスな語り手が友人の作家ヘンリー・ジェイムズとLamb Houseとの関わりをその始まりからジェイムズが死ぬまで語っています。そこここにジェイムズや家族・友人たちの手紙などを挿入し、ドキュメンタリー・タッチにしていますが、もちろん中身はエイキンの創作です。
ジェイムズは1898年から1916年までLamb Houseで暮らし、『鳩の翼』、『使者たち』、『黄金の盃』などの作品はこの家で書かれています。また、H.G.ウェルズ、コンラッド、キプリング、チェスタートンといった作家仲間が集う場所でもあったそうです。
1章は暗い内容ながらも文章はとても読みやすく、さらさらっと読めたのですが、この2章に入ったらやたらと難しい単語が使われるし、構文も複雑になるしで、すごく読むのが大変でした。これってひょっとしたらジェイムズの文体を踏襲してる? いやあ、プロだなあ。
ヘンリー・ジェイムズの生涯についてはアメリカ人なのにイギリスが好きで帰化してしまったということしか知らなかったのですが、この人、積極的な独身主義者で、どうやらゲイだったようです。スウェーデン人の容姿端麗な彫刻家に宛てた手紙も引用されていますが、まさにラヴレター。へえーっと驚きました。
3章の書き手はE.F.ベンスンで、日本ではあまり知られていませんがイギリスの作家で、1916年に引っ越してきて、1934年にはライの市長に選出されたらしい。彼の作品のうちでも最もよく知られているMapp and Luciaシリーズの作品の多くはTillingという架空の街が舞台になっていますが、これはライを想定したもので、主人公たちが暮らす屋敷はLamb Houseをモデルにしています。
でも、ベンスンで何が驚いたかというと、この人の父親がカンタベリーの大主教だったということ。ヘンリー・ジェイムズに『ねじの回転』の元ネタとなった幽霊話をした、あの大主教ですよ! もちろん、そのことについてはこの本の中で触れられていて、そのほかにもさまざまな因縁があって、これはもうこういう小説を書かないわけにはいかないでしょうという感じ。
3章は2章に比べるとずっと読みやすい文章で、でも、1章よりは洗練されている。ふむ、やはり各書き手の文体を意識してますね。で、この章には降霊会やポルターガイスト現象なども出てきて、この本の中ではいちばんオカルトっぽくて刺激的でした。ちょっと笑ったのは、最後のほうでベンスンが自分の作品について、よく売れてはいるけれど後世に残るような名作ではないと自省しているところ。もちろん本物のベンスンがそう考えていたわけではなく(ひょっとしたら考えていたかもしれないけど)、エイキンがそう言ってるわけで、わー、言っちゃったって感じでした。
Lamb Houseにはその後、『人形の家』の作者ルーマー・ゴッデンも住んだことがあるそうですよ。それに、そもそもエイキンがどうしてこれを書いたかというと、彼女の生家がLamb Houseから石を投げれば届く位置なんだそうで、なんともまあ文学的エピソードのあふれた場所です。
赤煉瓦造りの三階建ての家で、大きな庭もついています。現在はナショナル・トラストの管理下にあり、見学もできるらしい。
Haunting Of Lamb House
作者:Joan Aiken
出版社:Random House UK
ISBN:0224030418
三人の語り手のうち、最初のトビーは架空の人物で、物語の中では18世紀の初めにこの家を建てた醸造業者の次男となっています。真面目な性格で頭もよいのに身体に障害があるため父親からはほとんど無視される存在。唯一の理解者であった姉のアリスと叔父の名付け子ヒューゴとの三人を中心に繰り広げられるいたましい悲劇の数々は、確かに家の呪いによるものとしか思えませんが、その呪いのもととなった事件はトビー一家とはなんの関係もないという理不尽さ。まあ、人生なんてこんなものだと言ってしまえばそれまでですが、あまりの救いのなさに最初の章を読み終えたときにはため息が出ました。なかなか次へ進む気になれなかったほど。
とはいえ、ジョージ王朝時代の人々の暮らしや物の考え方が実に事細かに、リアルに描かれているのでいやだいやだと思いながら読まされちゃうんですよね。さすがジョーン・エイキン。しかし、こういう話も書く人だとは児童文学だけを読んでいたら想像もつきません。
2章ではアノニマスな語り手が友人の作家ヘンリー・ジェイムズとLamb Houseとの関わりをその始まりからジェイムズが死ぬまで語っています。そこここにジェイムズや家族・友人たちの手紙などを挿入し、ドキュメンタリー・タッチにしていますが、もちろん中身はエイキンの創作です。
ジェイムズは1898年から1916年までLamb Houseで暮らし、『鳩の翼』、『使者たち』、『黄金の盃』などの作品はこの家で書かれています。また、H.G.ウェルズ、コンラッド、キプリング、チェスタートンといった作家仲間が集う場所でもあったそうです。
1章は暗い内容ながらも文章はとても読みやすく、さらさらっと読めたのですが、この2章に入ったらやたらと難しい単語が使われるし、構文も複雑になるしで、すごく読むのが大変でした。これってひょっとしたらジェイムズの文体を踏襲してる? いやあ、プロだなあ。
ヘンリー・ジェイムズの生涯についてはアメリカ人なのにイギリスが好きで帰化してしまったということしか知らなかったのですが、この人、積極的な独身主義者で、どうやらゲイだったようです。スウェーデン人の容姿端麗な彫刻家に宛てた手紙も引用されていますが、まさにラヴレター。へえーっと驚きました。
3章の書き手はE.F.ベンスンで、日本ではあまり知られていませんがイギリスの作家で、1916年に引っ越してきて、1934年にはライの市長に選出されたらしい。彼の作品のうちでも最もよく知られているMapp and Luciaシリーズの作品の多くはTillingという架空の街が舞台になっていますが、これはライを想定したもので、主人公たちが暮らす屋敷はLamb Houseをモデルにしています。
でも、ベンスンで何が驚いたかというと、この人の父親がカンタベリーの大主教だったということ。ヘンリー・ジェイムズに『ねじの回転』の元ネタとなった幽霊話をした、あの大主教ですよ! もちろん、そのことについてはこの本の中で触れられていて、そのほかにもさまざまな因縁があって、これはもうこういう小説を書かないわけにはいかないでしょうという感じ。
3章は2章に比べるとずっと読みやすい文章で、でも、1章よりは洗練されている。ふむ、やはり各書き手の文体を意識してますね。で、この章には降霊会やポルターガイスト現象なども出てきて、この本の中ではいちばんオカルトっぽくて刺激的でした。ちょっと笑ったのは、最後のほうでベンスンが自分の作品について、よく売れてはいるけれど後世に残るような名作ではないと自省しているところ。もちろん本物のベンスンがそう考えていたわけではなく(ひょっとしたら考えていたかもしれないけど)、エイキンがそう言ってるわけで、わー、言っちゃったって感じでした。
Lamb Houseにはその後、『人形の家』の作者ルーマー・ゴッデンも住んだことがあるそうですよ。それに、そもそもエイキンがどうしてこれを書いたかというと、彼女の生家がLamb Houseから石を投げれば届く位置なんだそうで、なんともまあ文学的エピソードのあふれた場所です。
赤煉瓦造りの三階建ての家で、大きな庭もついています。現在はナショナル・トラストの管理下にあり、見学もできるらしい。
Haunting Of Lamb House
作者:Joan Aiken
出版社:Random House UK
ISBN:0224030418
by timeturner
| 2013-05-01 20:10
| 洋書
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