2012年 01月 24日
英国式庭園―自然は直線を好まない |
ローマ時代から始めて中世、ルネッサンス、17世紀、18世紀、ヴィクトリア朝と時代を経て英国の庭がどのように変わっていったのか、西欧庭園の革命とまで言われた風景式庭園はどのようにして生まれたのか、最近日本で大流行のイングリッシュ・ガーデンの元祖であるヴィクトリア朝の庭は実際にはどのようなものか・・・。
オックスフォードのどのカレッジにもあった、建物に囲まれたQuadと呼ばれる芝生の中庭が、中世の修道院の庭から派生したものだというのは、そもそもオックスフォードのカレッジは聖職者の卵を教育する場であったのだから類推できることでしたが、芝生が楽園に見立てられたものだったというのは初耳でした。そして芝生の緑が魂の再生に重要だと考えられていたんだそうです。落葉樹が多いイギリスでは冬でも緑を保つ芝生は唯一明るい希望を感じさせたのかもしれませんね。
なだらかな草原、ゆるやかにうねる小川、自然のままのように見える森、湖などを実は人工的に配した大々的な風景式庭園は、ランスロット・(ケイパビリティ)・ブラウンが完成させた様式で、ブレナム宮殿の庭が代表格のひとつ。18世紀のイギリスが生んだ世界に誇る庭園様式です。あれが大流行したために、荒れ地や不毛の地にも人の手が入れられるようになり、「ブラウン以後は逆に、風景式庭園をモデルにイギリスの自然風景が整備されていったとも言える」のだそうです。
「高慢と偏見」でダーシーが暮らすペンバリー館の庭もこの風景式庭園です。ダーシーは貴族ではなかったけれど、当時のイギリスにはあの規模の庭を造れるだけの資力をもった裕福な地主がたくさんいたようです。風形式庭園は人の手が加わったことが見えないほど良しとされているそうで、エリザベスが「川岸は整形式ではなく、余計な装飾ひとつない」とうっとりするのはそのためだったんだ。そういえば映画を見たときに、コリン・ファースが白いシャツを着たままで池に飛び込む有名なシーンで、私は池の周囲が妙に泥々で黒っぽく清潔そうじゃないなあと感じたのですが、ああいうのが自然なわけですね!
ユアン・マクレガー主演の「悪魔のくちづけ」にも素晴らしい庭を造ろうと考えて有名な造園家を招く領主が出てきましたっけ。その有名な造園家はオランダ人という設定でしたが、この本によると確かにその時期、オランダ公ウイリアムがイギリスの君主としてやってきた影響で、オランダの造園家がもてはやされたのだそうです。
先日の『英国建築物語』もそうでしたが、ひとつの国の歴史を人ではなく容れ物の側から見てみると、それまで気づかなかったことに目を開かされてすごく面白いですね。園芸にはまるで興味がなかったのですが、これを読むと私でも少し庭いじりをしてみたくなるから不思議です。イギリスでオレンジを最初に栽培したのはウィリアム・セシルだった、なんてのも妙に感心した豆知識。貴重な外国産の果樹なのでたった1本しか持っていなかったんですって。
作者は『ノーサンガー・アベイ』の翻訳をしている人なので、オースティンの本からの引用は随所にあり、ほかにもギッシング『ヘンリー・ライクロフトの私記』やジョイス『ユリシーズ』、ギャスケル『北と南』、バーネット『秘密の花園』などの英文学から庭に焦点を当てた引用がそこここにされているのがとても面白い。
いま翻訳クラスで読んでいる『Tom's Midnight Garden』に梨の実がon the wallに生っているという描写があり、塀の上に生るってどういうことだろうとグーグルで画像検索してみたら、壁にぴったりくっつけて梨を育てている写真があったので、こういうことなのかな、ととりあえず納得したことがありました。
今回この本を読んでいたらこんな描写が。
そしてなんと、読み進んでいたら『トムは真夜中の庭で』で一項目たてて書かれてた! 工業化がイギリスをどう変えたのかを考えるうえでの例として出されているのですが、確かにここではヴィクトリア朝のカントリーハウスが牧場や庭を売られて、100年後には屋敷も分割されてアパートになってしまっています。主人公トムはそんなアパートに住むおじ夫婦の家に泊まりに行き、真夜中になると出現する素晴らしい庭で遊びます。トムの本当の家は都会の平均的なタウンハウスで、庭には小さな芝生と野菜畑と花壇がひとつ、それにりんごの木が一本生えた空き地が少しあるだけです。
園芸にはまるで興味がなかった私ですが、次にイギリスに行くときには庭も見てまわるぞ!とかたく心に誓いました。ハンプトン・コートはそうでなくても行きたかったところですが、庭への興味も加わった。メモ代わりに行ってみたい場所を書いておこう。
英国式庭園―自然は直線を好まない (講談社選書メチエ)
作者:中尾真理
出版社:講談社
ISBN:4062581574
オックスフォードのどのカレッジにもあった、建物に囲まれたQuadと呼ばれる芝生の中庭が、中世の修道院の庭から派生したものだというのは、そもそもオックスフォードのカレッジは聖職者の卵を教育する場であったのだから類推できることでしたが、芝生が楽園に見立てられたものだったというのは初耳でした。そして芝生の緑が魂の再生に重要だと考えられていたんだそうです。落葉樹が多いイギリスでは冬でも緑を保つ芝生は唯一明るい希望を感じさせたのかもしれませんね。
なだらかな草原、ゆるやかにうねる小川、自然のままのように見える森、湖などを実は人工的に配した大々的な風景式庭園は、ランスロット・(ケイパビリティ)・ブラウンが完成させた様式で、ブレナム宮殿の庭が代表格のひとつ。18世紀のイギリスが生んだ世界に誇る庭園様式です。あれが大流行したために、荒れ地や不毛の地にも人の手が入れられるようになり、「ブラウン以後は逆に、風景式庭園をモデルにイギリスの自然風景が整備されていったとも言える」のだそうです。
私たちが「イギリス的な風景だ」と思っている絵葉書や版画でおなじみの田園も、実は大部分がブラウンやレプトンの風景を念頭に置いて作り替えられた自然であると言ったほうが正しいのかもしれない。また、ヴィクトリア朝に現れた自然なスタイルを尊ぶ庭作りの影響も大きいようです。
ウィリアム・ロビンソンやガートルード・ジーキルは、必ずしも伝統的な植物に限ったわけではなかった。ただ、彼らは異国の花をも、まるでイギリスの野に自然に生えているようにあつかった。今日、イギリスのあちこちで、大きな木の下にクロッカスやスイセンが群生して咲いている光景をよく見かけるが、そのような自然なスタイルの庭を作り出したのは、このロビンソンと、その弟子でロビンソンの最良の友人であったガートルード・ジーキルの二人である。ニュージーランドでFernsideに泊まったとき、広い庭の裏のほうに入っていくと雑草が茂った草地に水仙がたくさん咲いていて、あれはてっきり野生の花だと思っていたのですが、ちゃんと計算して植えていたのね。そういえば、わざわざイギリス人の庭師を雇っていたっけ。
「高慢と偏見」でダーシーが暮らすペンバリー館の庭もこの風景式庭園です。ダーシーは貴族ではなかったけれど、当時のイギリスにはあの規模の庭を造れるだけの資力をもった裕福な地主がたくさんいたようです。風形式庭園は人の手が加わったことが見えないほど良しとされているそうで、エリザベスが「川岸は整形式ではなく、余計な装飾ひとつない」とうっとりするのはそのためだったんだ。そういえば映画を見たときに、コリン・ファースが白いシャツを着たままで池に飛び込む有名なシーンで、私は池の周囲が妙に泥々で黒っぽく清潔そうじゃないなあと感じたのですが、ああいうのが自然なわけですね!
ユアン・マクレガー主演の「悪魔のくちづけ」にも素晴らしい庭を造ろうと考えて有名な造園家を招く領主が出てきましたっけ。その有名な造園家はオランダ人という設定でしたが、この本によると確かにその時期、オランダ公ウイリアムがイギリスの君主としてやってきた影響で、オランダの造園家がもてはやされたのだそうです。
先日の『英国建築物語』もそうでしたが、ひとつの国の歴史を人ではなく容れ物の側から見てみると、それまで気づかなかったことに目を開かされてすごく面白いですね。園芸にはまるで興味がなかったのですが、これを読むと私でも少し庭いじりをしてみたくなるから不思議です。イギリスでオレンジを最初に栽培したのはウィリアム・セシルだった、なんてのも妙に感心した豆知識。貴重な外国産の果樹なのでたった1本しか持っていなかったんですって。
作者は『ノーサンガー・アベイ』の翻訳をしている人なので、オースティンの本からの引用は随所にあり、ほかにもギッシング『ヘンリー・ライクロフトの私記』やジョイス『ユリシーズ』、ギャスケル『北と南』、バーネット『秘密の花園』などの英文学から庭に焦点を当てた引用がそこここにされているのがとても面白い。
いま翻訳クラスで読んでいる『Tom's Midnight Garden』に梨の実がon the wallに生っているという描写があり、塀の上に生るってどういうことだろうとグーグルで画像検索してみたら、壁にぴったりくっつけて梨を育てている写真があったので、こういうことなのかな、ととりあえず納得したことがありました。
今回この本を読んでいたらこんな描写が。
ナシやイチジクなどの果樹は南面した壁にはわせるのが普通だが、これも、太陽の恵みを最大限に利用しようという昔からのやり方である。そういうことだったのか! 確かに本の中で梨が生っていたのは庭の南側の塀でした。いやあ、どんなことにもちゃんと理由があるんですよね。しかしこんなこと、1950年当時のイギリスの大邸宅の庭を知っている人には当たり前のことなんでしょうが、現代の日本に暮らす私たちにわかるわけがない。
そしてなんと、読み進んでいたら『トムは真夜中の庭で』で一項目たてて書かれてた! 工業化がイギリスをどう変えたのかを考えるうえでの例として出されているのですが、確かにここではヴィクトリア朝のカントリーハウスが牧場や庭を売られて、100年後には屋敷も分割されてアパートになってしまっています。主人公トムはそんなアパートに住むおじ夫婦の家に泊まりに行き、真夜中になると出現する素晴らしい庭で遊びます。トムの本当の家は都会の平均的なタウンハウスで、庭には小さな芝生と野菜畑と花壇がひとつ、それにりんごの木が一本生えた空き地が少しあるだけです。
園芸にはまるで興味がなかった私ですが、次にイギリスに行くときには庭も見てまわるぞ!とかたく心に誓いました。ハンプトン・コートはそうでなくても行きたかったところですが、庭への興味も加わった。メモ代わりに行ってみたい場所を書いておこう。
リッチモンド宮殿
ナンサッチ宮殿
トウィックナム(アレグザンダー・ポウプの庭)
チズウィック、クレアモント、ストウ、ロウシャム(ウィリアム・ケントの庭)
ブレナム・パレス(再訪)
リーソウ庭園(シェンストン)
ストゥアヘッド庭園(ホーア一族)
ブルームズベリー・スクエア
ハットフィールド・ハウス(ジョン・トラデスカント)
ランベス(庭園史博物館)
キュー・ガーデン
チェルシーの薬草園
ヒドコウト・マナー庭園
シシングハースト・カースル庭園
チャッツワース(デヴォンシャー公爵所領地)
英国式庭園―自然は直線を好まない (講談社選書メチエ)
作者:中尾真理
出版社:講談社
ISBN:4062581574
by timeturner
| 2012-01-24 16:30
| 和書
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