2010年 12月 21日
古書の来歴 |
紛争の傷跡が生々しいサラエボでサラエボ・ハガダーが1996年に発見された。通常は挿絵などを排除するユダヤ教の本では珍しく、美しい彩色画が使われた稀覯本で、500年前に中世スペインで作られたと伝えられている。戦時下のサラエボでこの本を破壊から守ったのはイスラム教徒の学芸員だった。オーストラリア人の古書修復家ハンナはこの本の調査と修復を任されて現地に赴く。本から発見された昆虫の羽根や塩の結晶、白い毛、ワインのしみなどからハガダーの失われた歴史が少しずつ顔を出し始める・・・。
読んでいる途中に何度もうなってしまったほど巧い。サラエボ・ハガダーそのものは実在する本ですし、それを救った学芸員の話も実話。でも、それ以外の部分はほとんど作者の想像力から生まれたもので、これがもう素晴らしいの一語。
1940年のサラエボ、1894年のウィーン、1609年のヴェネチア、1492年のタラゴナ、1480年のセビリアとさかのぼり、ハガダーに関わった、主にユダヤ人の運命を描きます。そうした話を無理やりハンナが探し出したことにはせず、あくまでも独立した物語として語っているところが成功の秘密。おかげで昨今はやりのいかがわしい歴史ミステリーの罠にははまらず、それぞれの主人公たちの一瞬の輝きを放つ生が見事にとらえられています。
独立した話をつなぐ触媒の役目をしているハンナにも母との葛藤や見も知らぬ父の素性など、読者を引き込む要素がたっぷり盛り込まれていて、単なる狂言回しには終わっていません。かといってセンチなロマンス小説になりさがっていないのは骨太な筆致のせいかな。作者が強調したかったと思えるコンビベンシア(スペインでキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒がそれぞれ居住区を分けながらも平和の裡に併存・交流していた8世紀初頭から15世紀末までのレコンキスタ=国土回復運動が行われていた時代)の精神が本の中を脈々と流れています。
キャサリン・ゼタ・ジョーンズが映画化権を取得したそうですから、近いうちに映画で見られるかも。楽しみです。
近頃は物忘れがひどくて読んだ本の著者名が覚えられないのですが、訳者あとがきでジェラルディン・ブルックスの既刊本に目を通していたら、『Year of Wonders』の作者だったのか! 道理で一本芯が通っているはずだ。ピューリッツァー賞を受賞したという『マーチ家の父 もうひとつの若草物語』も読んでみなくては。
古書の来歴
原題:People of The Book
作者:ジェラルディン・ブルックス
訳者:森嶋マリ
出版社:武田ランダムハウスジャパン
ISBN:4270005629
読んでいる途中に何度もうなってしまったほど巧い。サラエボ・ハガダーそのものは実在する本ですし、それを救った学芸員の話も実話。でも、それ以外の部分はほとんど作者の想像力から生まれたもので、これがもう素晴らしいの一語。
1940年のサラエボ、1894年のウィーン、1609年のヴェネチア、1492年のタラゴナ、1480年のセビリアとさかのぼり、ハガダーに関わった、主にユダヤ人の運命を描きます。そうした話を無理やりハンナが探し出したことにはせず、あくまでも独立した物語として語っているところが成功の秘密。おかげで昨今はやりのいかがわしい歴史ミステリーの罠にははまらず、それぞれの主人公たちの一瞬の輝きを放つ生が見事にとらえられています。
独立した話をつなぐ触媒の役目をしているハンナにも母との葛藤や見も知らぬ父の素性など、読者を引き込む要素がたっぷり盛り込まれていて、単なる狂言回しには終わっていません。かといってセンチなロマンス小説になりさがっていないのは骨太な筆致のせいかな。作者が強調したかったと思えるコンビベンシア(スペインでキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒がそれぞれ居住区を分けながらも平和の裡に併存・交流していた8世紀初頭から15世紀末までのレコンキスタ=国土回復運動が行われていた時代)の精神が本の中を脈々と流れています。
キャサリン・ゼタ・ジョーンズが映画化権を取得したそうですから、近いうちに映画で見られるかも。楽しみです。
近頃は物忘れがひどくて読んだ本の著者名が覚えられないのですが、訳者あとがきでジェラルディン・ブルックスの既刊本に目を通していたら、『Year of Wonders』の作者だったのか! 道理で一本芯が通っているはずだ。ピューリッツァー賞を受賞したという『マーチ家の父 もうひとつの若草物語』も読んでみなくては。
古書の来歴
原題:People of The Book
作者:ジェラルディン・ブルックス
訳者:森嶋マリ
出版社:武田ランダムハウスジャパン
ISBN:4270005629
by timeturner
| 2010-12-21 20:56
| 和書
|
Comments(0)