2009年 04月 02日
春の山陰-4月2日(木) |
(Kの文字が入っている写真は友人が撮影したものです)
東萩(バス)⇒秋芳洞(徒歩)⇒秋吉台(バス)⇒東萩(萩ロイヤルインテリジェントホテル)
秋吉台と秋芳洞の関係がどうもわからないでいたんですが、行ってみてようやく理解できました。カルスト地形と呼ばれる石灰岩台地が秋吉台で、その地下にある鍾乳洞が秋芳洞なんですね。単純なことなのに頭悪すぎ。微妙に文字が違うからまぎらわしい。昭和天皇が皇太子のときにここを訪れ、命名したんだそうです。
東萩のバスセンターから秋吉台行きの快速バスに乗ったのは私たちふたりと地元民らしいおじさんひとり。結局最後までこの3人だけでした。これでバスを運行していて大丈夫なんでしょうか。オフシーズンの平日だから仕方がないのかな。カルスト台地が見える山道に入ると運転手さんがテープのスイッチを入れ、ちゃんと見えている景色に合わせた観光案内が流れます。きのうの大田市から世界遺産センター行きのバスも、地元の人も乗ってくる普通のバスなのに観光案内のビデオを車内で見ることができました。こういうところ、なかなかきめ細かくていいですよね。
終点の秋芳洞で降り、観光バスで来たと思われる人たちでそれなりに賑わっている商店街(水晶などの加工品がいっぱい。でも鍾乳洞からとってくるのは禁じられてるんだから輸入品でしょうね)を通り抜け、鍾乳洞の入口に。洞内から流れ出てくる水が滝となって流れ落ち、それが小川になって杉木立の間を流れていきます。とてもいい感じ。
洞窟内はさすが名だたる観光地になるだけのことはあり、岩と水だけなのに変化に富んでいて飽きません。洞窟自体は約10kmあるうちの1kmだけが公開されているのですが、これだけじゃ物足りなかった。もっともっとどこまでも歩いていけたらよかったのになあ。暗いので写真はあきらめ、もっぱら見るほうに専念していましたが、右の「黄金柱」はあまりにもすごいので撮ってみました。高さ15m、直径4mの巨大な滝状石灰華(せっかいか)です。こんな写真では「黄金」の意味がわかりませんが、実際に見ると本当に輝いて見えます。
終点の黒谷まで歩いてから少し戻り、エレベーターで秋吉台案内所まで昇って、カルスト展望台まで歩きます。これがかなり急な坂道できつい! こういうときに日頃の運動不足がもろに出ます。
ヒイハア言いながらたどり着いた展望台はさらに階段を登って上がるのでこのあたりではいちばん高い場所になります。360度ぐるっと見渡せるように周囲が開いた形なので見晴らしは素晴らしいんですが風がすごい。耳元でビュンビュン音がするほどです。坂道を登ってかいた汗が一気に冷えて寒くなったので早々に降りて土産品店券食堂で昼食。残念ながらそば、うどん、チャーハン、焼きそば、カレーといったものしかありません。
さて、腹ごしらえもすんだのでカルスト台地の中を通るウォーキングコースを歩くことに。道のところどころに質問を書いた札が立っていて、ついつい足を止めて読んでしまうのですが、答はそこには書かれていなくて「秋吉台科学博物館にあります」と言うのですよ。ずるくない?
2月に恒例の山焼きをしたばかりなので草の丈はまだそれほど高くなく、1本道を歩いていくとどこまでもどこまでも広がる草原を見晴らせます。東京では絶対に無理なこと。なんだか今まで気づかずに首の回りにつけてきた枷が取り除かれたような気分です。
若竹山を通ってぐるっと戻ってきてから、陰謀にのって秋吉台科学博物館へ。今どきこんな古びた博物館がまだあるのねえ、と感心するような2階建ての建物で、中は昔の小学校の理科実験室みたいです。展示もそれ自体が化石みたいな雰囲気。観察のために置いてある顕微鏡もまるで骨董品です。ウォーキングコースの質問の答は事務室に行くとプリントアウトされた紙をくれました。
バスの時間まで少しあるのでまたさっきの食堂で名物の梨のソフトクリームを食べて休憩。梨なんて淡白だからソフトクリームには合わないんじゃないかと思っていたんですが予想外においしかった。あれ、東京でも売らないかなあ。
行きと同様、ほとんど乗客のいないバスで東萩まで戻り、まだ明るかったので萩の町を観光することにして武家屋敷のほうに歩いていきます。友人はお土産に萩焼きも買いたいと言うし。
萩は例の廃藩置県でお城が取り壊されてしまったので今では城跡しか残っていないのですが、その回りに建てられていた武家屋敷だけは不思議なことにちゃんと残っているんですよね。黒い瓦に白い塀の大きなお屋敷が並ぶ通りを歩くと、まるで時代劇のセットにでもいるような気分になります。
木戸孝允、青木周、高杉晋作といった歴史の教科書で見た記憶のある名前の人たちが住んだ家を見てから、円政寺というお寺に。伊藤博文や木戸孝允がよく境内で遊んだそうですが本当かな。高杉晋作の母親は息子が物怖じしない人間になるよう幼い晋作を抱いてきてここの天狗の面を見せたと書いてありましたが、どう見てもそれほど怖い面とは思えませんでした。それよりも裏庭にいた犬のリスケ(伊藤博文の子供の頃の名前が利助)が超かわいくて悶絶。のんびり寝ていたんですが私がカメラを向けたらお愛想でこっちを向いてくれました。
武家屋敷を抜けたあたりにNHKの施設(小さな電気室みたいな建物)が置かれた空き地があるのですが、ここで見た桜が今回の旅行の中でいちばん素晴らしかったです。せっかくの桜の森の真ん中に無粋な金網で囲まれた建物があるのが興ざめですが、そのせいか人が誰もいなくて、私たちふたりで満開の桜を堪能できました。樹齢何百年かと思うような赤松、緑の草とのコントラストもきれいでした。
暗くなってきたので商店街のほうに戻り、ホテルにあった地図の裏に広告が載っていたいすずでウニ丼定食。ここのウニ丼は松江で食べたものよりずっと豪華でした。海苔を散らしたごはんにタイ、ヒラマサ、イカ、タコ、サザエの刺身がのっていて、これにワサビをつけて薄い醤油を回しかけ、その上に板にのって出てきたウニをざーっとあけて、今度は濃い目の醤油をつけて食べるのです。そういえば松江で食べたときも醤油入れが2つ出てきて、どうしてだろうと思っていたのですが、使い分けるんだったんですね!
元気な女将さんの話ではウニの季節はまだまだで、今のウニはそれほどおいしくないとのことでしたが、私たちには至福の味でした。
東萩(バス)⇒秋芳洞(徒歩)⇒秋吉台(バス)⇒東萩(萩ロイヤルインテリジェントホテル)
秋吉台と秋芳洞の関係がどうもわからないでいたんですが、行ってみてようやく理解できました。カルスト地形と呼ばれる石灰岩台地が秋吉台で、その地下にある鍾乳洞が秋芳洞なんですね。単純なことなのに頭悪すぎ。微妙に文字が違うからまぎらわしい。昭和天皇が皇太子のときにここを訪れ、命名したんだそうです。
東萩のバスセンターから秋吉台行きの快速バスに乗ったのは私たちふたりと地元民らしいおじさんひとり。結局最後までこの3人だけでした。これでバスを運行していて大丈夫なんでしょうか。オフシーズンの平日だから仕方がないのかな。カルスト台地が見える山道に入ると運転手さんがテープのスイッチを入れ、ちゃんと見えている景色に合わせた観光案内が流れます。きのうの大田市から世界遺産センター行きのバスも、地元の人も乗ってくる普通のバスなのに観光案内のビデオを車内で見ることができました。こういうところ、なかなかきめ細かくていいですよね。
終点の秋芳洞で降り、観光バスで来たと思われる人たちでそれなりに賑わっている商店街(水晶などの加工品がいっぱい。でも鍾乳洞からとってくるのは禁じられてるんだから輸入品でしょうね)を通り抜け、鍾乳洞の入口に。洞内から流れ出てくる水が滝となって流れ落ち、それが小川になって杉木立の間を流れていきます。とてもいい感じ。
洞窟内はさすが名だたる観光地になるだけのことはあり、岩と水だけなのに変化に富んでいて飽きません。洞窟自体は約10kmあるうちの1kmだけが公開されているのですが、これだけじゃ物足りなかった。もっともっとどこまでも歩いていけたらよかったのになあ。暗いので写真はあきらめ、もっぱら見るほうに専念していましたが、右の「黄金柱」はあまりにもすごいので撮ってみました。高さ15m、直径4mの巨大な滝状石灰華(せっかいか)です。こんな写真では「黄金」の意味がわかりませんが、実際に見ると本当に輝いて見えます。
終点の黒谷まで歩いてから少し戻り、エレベーターで秋吉台案内所まで昇って、カルスト展望台まで歩きます。これがかなり急な坂道できつい! こういうときに日頃の運動不足がもろに出ます。
ヒイハア言いながらたどり着いた展望台はさらに階段を登って上がるのでこのあたりではいちばん高い場所になります。360度ぐるっと見渡せるように周囲が開いた形なので見晴らしは素晴らしいんですが風がすごい。耳元でビュンビュン音がするほどです。坂道を登ってかいた汗が一気に冷えて寒くなったので早々に降りて土産品店券食堂で昼食。残念ながらそば、うどん、チャーハン、焼きそば、カレーといったものしかありません。
さて、腹ごしらえもすんだのでカルスト台地の中を通るウォーキングコースを歩くことに。道のところどころに質問を書いた札が立っていて、ついつい足を止めて読んでしまうのですが、答はそこには書かれていなくて「秋吉台科学博物館にあります」と言うのですよ。ずるくない?
2月に恒例の山焼きをしたばかりなので草の丈はまだそれほど高くなく、1本道を歩いていくとどこまでもどこまでも広がる草原を見晴らせます。東京では絶対に無理なこと。なんだか今まで気づかずに首の回りにつけてきた枷が取り除かれたような気分です。
若竹山を通ってぐるっと戻ってきてから、陰謀にのって秋吉台科学博物館へ。今どきこんな古びた博物館がまだあるのねえ、と感心するような2階建ての建物で、中は昔の小学校の理科実験室みたいです。展示もそれ自体が化石みたいな雰囲気。観察のために置いてある顕微鏡もまるで骨董品です。ウォーキングコースの質問の答は事務室に行くとプリントアウトされた紙をくれました。
バスの時間まで少しあるのでまたさっきの食堂で名物の梨のソフトクリームを食べて休憩。梨なんて淡白だからソフトクリームには合わないんじゃないかと思っていたんですが予想外においしかった。あれ、東京でも売らないかなあ。
行きと同様、ほとんど乗客のいないバスで東萩まで戻り、まだ明るかったので萩の町を観光することにして武家屋敷のほうに歩いていきます。友人はお土産に萩焼きも買いたいと言うし。
萩は例の廃藩置県でお城が取り壊されてしまったので今では城跡しか残っていないのですが、その回りに建てられていた武家屋敷だけは不思議なことにちゃんと残っているんですよね。黒い瓦に白い塀の大きなお屋敷が並ぶ通りを歩くと、まるで時代劇のセットにでもいるような気分になります。
木戸孝允、青木周、高杉晋作といった歴史の教科書で見た記憶のある名前の人たちが住んだ家を見てから、円政寺というお寺に。伊藤博文や木戸孝允がよく境内で遊んだそうですが本当かな。高杉晋作の母親は息子が物怖じしない人間になるよう幼い晋作を抱いてきてここの天狗の面を見せたと書いてありましたが、どう見てもそれほど怖い面とは思えませんでした。それよりも裏庭にいた犬のリスケ(伊藤博文の子供の頃の名前が利助)が超かわいくて悶絶。のんびり寝ていたんですが私がカメラを向けたらお愛想でこっちを向いてくれました。
武家屋敷を抜けたあたりにNHKの施設(小さな電気室みたいな建物)が置かれた空き地があるのですが、ここで見た桜が今回の旅行の中でいちばん素晴らしかったです。せっかくの桜の森の真ん中に無粋な金網で囲まれた建物があるのが興ざめですが、そのせいか人が誰もいなくて、私たちふたりで満開の桜を堪能できました。樹齢何百年かと思うような赤松、緑の草とのコントラストもきれいでした。
暗くなってきたので商店街のほうに戻り、ホテルにあった地図の裏に広告が載っていたいすずでウニ丼定食。ここのウニ丼は松江で食べたものよりずっと豪華でした。海苔を散らしたごはんにタイ、ヒラマサ、イカ、タコ、サザエの刺身がのっていて、これにワサビをつけて薄い醤油を回しかけ、その上に板にのって出てきたウニをざーっとあけて、今度は濃い目の醤油をつけて食べるのです。そういえば松江で食べたときも醤油入れが2つ出てきて、どうしてだろうと思っていたのですが、使い分けるんだったんですね!
元気な女将さんの話ではウニの季節はまだまだで、今のウニはそれほどおいしくないとのことでしたが、私たちには至福の味でした。
by timeturner
| 2009-04-02 16:30
| 旅行
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