2024年 03月 03日
無垢なる花たちのためのユートピア |
歌集『Lilith』で注目を集めた歌人・川野芽生が初めて出した小説集。
無垢なる花たちのためのユートピア 絶え間ない戦争で国土も人心も荒廃した地上を離れ、天空の彼方にある空庭(楽園)を目指して空飛ぶ船が旅立った。乗り組んでいるのは7歳から17歳までの純粋無垢な少年77人と7人の指導者。だが、旅が続くにつれて、最も楽園に近いはずの船上で悲劇が次々と・・・。ノアの箱舟のような船に乗り組んだのが少年と男性指導者だけという設定の時点で、あの手の話かなあ、苦手だなあと思っていたら、限りなく近くはあったものの別の形に変換してあり、さらにもっと根源的な話になって終わったので、やっぱりこの作者には裏切られないと安心した。
白昼夢通信 大学の展覧会のカタログだけを集めた図書室でアルバイトをしていたのばらは、図書室を訪ねてきた瑠璃と親しくなり、卒業後も折に触れて手紙を書いていた。瑠璃からも思い出したように返事が来ていたが、二人の話には妙に噛み合わない部分もあり・・・。人の顔がみな鬼に見えるというのばら、竜の血が流れているという瑠璃。ふたりの生きる街がどちらもひどく現実離れしていて、いったいどうなるのだろうと思っていると、次の「人形街」につながるようなつながらないような展開に。『Genesis 白昼夢通信』に収録されていたときは、他の作品と乖離していて違和感を覚えたけれど、そりゃそうだわ。この作品集にあってこそ初めて真価を発揮するんだと思う。
人形街 近親結婚を繰り返し、人間離れした美貌の者ばかりが生まれ、暮らしていた街で、ある日、その美貌が人間としての限界点に達し、人々は一瞬にして凍り付き、人形と化した。ひとりの少女だけが、腕に火傷を負っていたために人形になる運命を免れ、徳高い初老の司祭に預けられた・・・。まあ、こんなふうになるんじゃないかなあとは思っていたけど、いざ、そう書かれてしまうと怖いよねえ。背筋をなめくじが這うような怖さだ。でも、果たして美貌とはそれほど絶対的なものだろうかという疑問も浮かぶ。美に対する感性は人それぞれじゃない?
最果ての実り 人間によって汚染され、荒廃した世界。ポリスと呼ばれるドーム都市で機械の「父」に機械と生体を組み合わせて作られた「彼」は、遺跡の池で森から来た少女と出会った。森にいる「母」と呼ばれる樹木から生まれた、植物の生体でできている少女だ・・・。最後までよくわからないものの、ギリシャ・ローマ神話とSFが合体したような不思議な魅力を湛えた話だった。こういうの、もっと読んでみたい。
いつか明ける夜を 遠い昔、まだ太陽は神々によって地中に縛り付けられ、世界が闇に閉ざされていた頃、人びとは月が上ることを指して昼と呼び、その光を恐れて外に出ないようにしていた。丘の上の村の族長の館には神の眷属の最後の一頭である馬が現われ、危難の際には馬自らが選んだ勇士や賢人を載せて村を救うという言い伝えがあった。今の馬はもう150年も主を選ばずにいたのだが、ある日、丘の下の賤しい民の少女を乗せてきた・・・。丘の上の人々が聴覚・臭覚・味覚・触覚といった視覚以外の感覚を使って何不自由なく闇の中で暮らしているのに対して、地中から這い出してきた地蟲たちは月の光の下で視覚を使って動くことができる。この地蟲って、ウェルズの『タイムマシン』に出てくる地中人を思い出させるよね。
卒業の終わり 生まれたときから女学園で暮らす女生徒たちは、18歳で卒業するまで外の世界とはまったく接することなく、勉強し、友情をはぐくみ、自らの才能を伸ばすよう励まされる。雲雀草は9歳のときに声をかけてくれた雨椿とずっと親友でいたが、人気者なのに超然としている月魚になぜか惹かれていた。やがて希望通りに工学アカデミーに勤務することになったが、自分の意欲とまわりが期待するものとのずれに気がつくようになり・・・。いやあ、究極のディストピア小説。甘ったるい少女小説のような前半から、恐怖がじわじわと迫ってくる後半とのコントラストがすさまじい。他の女学園を出た女性たちの中にだって物事をきちんと考える人たちはいたはずなのに、どうしてこんなことが許容されているのかと、雲雀草と一緒に怒り狂った。反抗して戦うにも時間が足りないからなのかな。でも、最後の月魚からのメッセージに胸が熱くなった。がんばれ、女の子たち!
この作家の作品には(これまでのところ)ハズレというものがない。1月には芥川賞候補になった(受賞は逃したけど私はそれでよかったと思っている)『Blue』も出た。早く読みたいけど、それを読み終えてしまったらもう半年か一年くらいは新刊が出ないと思うと、少しとっておきたい気もする。
無垢なる花たちのためのユートピア
作者:川野芽生
出版社:東京創元社
ISBN:978-4488028589
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by timeturner
| 2024-03-03 19:00
| 和書
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