「韓国・フェミニズム・日本」というテーマで、『
82年生まれ、キム・ジヨン』のチョ・ナムジュほか韓国と日本の作家12人が寄稿した短編小説集。テーマと参加者を見れば、作者の無理解にげんなりするような作品はあり得ないとわかるので安心して読めた。とはいえ、まったりしているわけではない。様々に考えさせるし、ぎょっとするような問題提起もある。刺激的な読書だった。
チョ・ナムジュ/離婚の妖精(小山内園子・すんみ訳) 娘のダインが幼い頃に離婚した「僕」に娘の学友であるヒョリムの父親から連絡が入った。ヒョリムの母親が急に慰謝料も財産分与もいらないから離婚してほしいと言ってきたのだという。「僕」の元妻がそそのかし、知恵をつけたに違いない、どうしてくれるという話だった・・・。同じように妻から捨てられた夫二人が傷をなめ合うのではなく、お互いに相手を「こんなふうだから離婚されるんだ」と考えているのが面白い。まあ、どう考えても圧倒的にヒョリムの父親のほうが最低だけどね。おそらく、この父親は娘に会うことも許されないだろう。どうやらダインの母とヒョリムの母はレズビアンのようなのだが、そうでなくても、子供を連れた女性同士が一緒に暮らすという生活形態はありだな。
松田青子/桑原さんの赤色 『
男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』に収録されていたけど、こっちが書き下ろしだったらしい。
デュナ/追憶虫(斎藤真理子訳) 夫と双子の息子と暮らす翻訳家のユンジョンは、ある日、自分が恋をしていると気づいて病院に行った。思った通り、地球外寄生身体である「追憶虫」に寄生されていた。追憶虫の寿命は4週間だし、他人に感染させる確率を80%減らす薬も処方された。この追憶虫はシベリアの凍土層に埋もれていた古代宇宙人の宇宙船からあふれた170種もの地球外微生物のひとつで、感染性はあるが人体に害は与えない。ただし、前の宿主が持っていた記憶を次の宿主に伝える。ユンジョンが恋しい相手は、家具工房をやっている30代女性ウンソンで、同じマンションに住んでいる・・・。どんな怖い話になるのかと思っていたら、妙にうさんくさいハッピーエンドになって、ちょっと不安になった。ユンジョンの前の宿主は無邪気な感情しか抱いていなかったけど、そうじゃない記憶だったら怖いことになるんじゃないのかなあ。
西加奈子/韓国人の女の子 自ら望んでシングルマザーになり、そのことをエッセイに書いて有名になったハナは、久しぶりに帰った大阪で昔同棲していたガクが日本人の女の子と結婚し、朝鮮籍から日本籍に変えたと聞いて・・・。ガクの「お前に在日の気持ちは絶対に分からん」と、ハナの「あんたに女の気持ちは絶対に分からん」が衝突する「こっちの方がどれだけ大変か」合戦が始まり、手に負えなくなると、仲裁役として「韓国人の女の子」に登場してもらうという話が目ウロコだった。そうだよなあ、両方の大変さがわかるんだもんなあ。世界中の人が「(差別を受けやすい)外国人で障碍のある女の子」になることを一日に一時間でも習慣化できたら、この世界はどれほど住みやすい場所になるだろう。
ハン・ガン/京都、ファサード(斎藤真理子訳) 大学時代、二十歳のときに親しくなったミナは、卒業すると国費奨学金をもらって京都の大学に行き、大学院を卒業し、日本人男性と結婚し、大学講師と翻訳の仕事をしながら京都で暮らしていた。一度も帰郷しなかった・・・。抗がん治療に失敗し、韓国の病院に入院して死んだ友人を思い、大切な友人にファサードしか見せていなかった自分の愚かさを噛みしめ、後悔している気持ちを綴ったかなり私的な語りで、読んでいて居心地が悪い。自分をさらけだしたくなくてファサードの下に隠れてしまう怯懦は誰にでもあることだし、こういうシチュエーションも多いから、ひとつの作品として成り立ちはしているんだけど、作者の思いが強すぎて「これはこの人だけの悲しみ、後悔だ。他人が覗いてはいけない」という気になってしまう。
深緑野分/ゲンちゃんのこと 運動神経がよくて鼻っ柱が強いホリカワは、小学校の頃から直情径行で、男の子が相手でも殴ったり蹴ったりしてきた。だが、中学に入ると男女間の体格差・力の差は大きくなり、暴力を封印した。そんなホリカワは「すぐキレる」ゲンちゃんと同じクラスになったことで、学校内にも、外の社会にも、そして自分の家庭の中にすらあった「差別」を知ることになる・・・。ホリカワはいい子だけど、ナーブすぎるっていうか無知すぎるよね。でも、本当は全人類がこんなふうに「違い」に対して無知になるべきなんだと思う。
イ・ラン/あなたの能力を見せてください(斎藤真理子訳) 小さい頃から自分が男性ならよかったと思っていた「私」は、中性で生きようと決意し、女性的な服装やブラジャーは避け、男性に混じって猥談をし、誰とでもセックスをし、「名誉男性」として生きてきた。だが、30代になった今、「私」は家とアトリエに縛り付けられた地縛霊のように生きている・・・。なんか、すごくわかる。ここまで極端ではないにしても、わたしも「名誉男性」になりかけたことがあった。職業人として生きていくためにはそうするのが賢いと思っていた。それもまた、社会から押しつけられた枠だとも知らないでね。手遅れにならないうちに女性の比率が高い職場に転職して「名誉男性」のくだらなさに気づけたのはラッキーだった。
小山田浩子/卵男 作家の「私」はシンポジウムで韓国に行き、自作の翻訳者である「先生」に案内されて市場へ行った。異文化の暮らしを髣髴とさせる物に圧倒されながらあるいていると、むき出しの白い卵を入れた箱を積み重ねて運ぶ男と遭遇し・・・。見る物、聞く物すべてが珍しい異国での経験をただずらずらと書き並べたエッセイのように見えるのだが、ところどころで小さなブラックホールのような不穏さを感じる部分があり、特に二度目の韓国旅行でも遭遇する卵男の存在がすごく不気味だ。割れやすいものを無防備な形で持ち、ふらりふらり揺れるような足取りで歩く男。これはいったい何を表しているのだろう。
パク・ミンギュ/デウス・エクス・マキナ deus ex machina(斎藤真理子訳) ある夏の朝、突然、身長1700kmの全裸の男が宇宙から降りてきて南太平洋の真ん中に片膝を立ててしゃがんだ。ホワイトハウスの広報官は「神の降臨」という言葉を使ったが、悪魔だと言う人たちもいた。下腹の出っ張ったぼっちゃり体系で猫背だったので「アンクル」という呼び名が広まった。人々は対話を試みたが効果はなく、翌日・・・。いやあ、これはすさまじい話だな。タイトルになっているラテン語は「機械仕掛けから出てくる神」という意味で、古代ギリシャの演劇で中身が錯綜して解決不能になったときに、神(絶対的な力を持つ存在)が現れて強引に物語を収束させる手法を指すらしい。なるほど、確かに、今の混乱した地球を解決するにはこの方法しかないのかも。そして、ちゃんとフェミニズムにも配慮している(^_^;)。笑いながら背筋が寒くなった。
高山羽根子/名前を忘れた人のこと Unknown Man 韓国へ旅行に行った「私」は民俗博物館で目にした伝統的なまつりごとに使う仮面から、学生時代に美術品展示のアルバイトで出会った顔も名前も覚えていない現代美術作家を思い出した。韓国人だったかどうかも覚えていない。英語が上手だったことだけが記憶にある。作品は原寸大の人の頭部のような平たい塊で・・・。小さな思い出のかけらと旅の経験から「私」は異文化理解の難しさと大切さについてあれこれ考えをめぐらす。作者より二回りくらい年上のわたしにも共鳴できる部分が多かった。日本人が隣国である韓国に対して抱く思いなのだろうか。
パク・ソルメ/水泳する人(斎藤真理子訳) 大きなストレスなどで疲弊した人たちへの治療行為として「冬眠」が行われている世界。「私」は友人のホ・ウンの冬眠の付き添いをし、無事に冬眠から覚めたウンと一緒に釜山に行った。そこでの仕事をみつけた「私」は住む場所を探す必要があったのだ・・・。ソウルに住んでいる人が釜山に行くのは韓国人にとっても旅行で、現地のおいしいものを食べたがるんだな、と変なところで感心した。東京に住んでいる人が博多に行ったら、豚骨ラーメンや屋台グルメを味わいたがるよね。なのに、ソウルも釜山も同じ韓国料理じゃないかと思ってたみたい。つまり、固有性を無視して、「韓国」でひとくくりにしてたってことなのかな。
星野智幸/モミチョアヨ 家電メーカーに勤めるつれあいがソウルへ転勤になったので、ルポライターの星野炎は3か月限定でついていくことにした。韓国語の学校に通いながら韓国の暮らしを満喫していた星野炎は、ある日、ビッグイシューを売っているおじさんからホームレスのサッカーに誘われ、日曜日の公園に出かけていった。チームにはコーチまでいて、年に1回開かれるホームレス・ワールドカップでの優勝を目指しているという。参加者は現役ホームレスか元ホームレスで日本にもチームがあるらしい。練習参加を認められた星野炎は、次第にアジョシ(おっちゃん)文化に染まっていく・・・。『
女の答えはピッチにある』を髣髴とさせるアジョシたちの姿に大笑いした。
「名前を忘れた人のこと」の中で、韓国映画「息もできない」を観た「私」は、映画の中で使われていた「聞いているだけで緊張感に満ちた、使う人と使われる人のお互いを傷つける痛々しさが感じられる」言葉について言及している。
日本だとか韓国に限らず、世界中のそれぞれの国に、同じような痛々しい罵倒の言葉があるのだろう。詳しくわからないからこそ、不用意に口にしてはいけないだろうという予感だけをまとう表現は、あらゆる文化の中にひっそりうずくまっている。ひとつの旅ごと、映画ごと、本を読むごとに、私たちはそれらについて自然に、注意深くなっていくのかもしれなかった。それぞれの言葉には、痛みの伴う悲しい文化があるのだろうと思え、悲しみごとすべて引き受けてその痛々しい言葉を口にすることが、よそから来た人間にはどう考えてもできそうになかったし、とはいえその言葉を、文化の中で無いものとして扱ってはいけないようにも思えた。
異文化理解とか異文化交流の重要性って、こういうことに気づけるようになるってことなんじゃないだろうか。
あなたのことが知りたくて : 小説集 韓国・フェミニズム・日本 (河出文庫)出版社:河出書房新社
ISBN:978-4309467566