2018年 05月 22日
津波の霊たち |
在日20年の英国人ジャーナリストが、震災直後から被災地に通い続け、取材する中で出会った宮城県石巻市立大川小学校児童の遺族の話を中心に当時の状況が描かれています。
大川小の子供たちは地震発生後、校庭に避難しました。学校の前を通り過ぎた市の広報車が、津波が来るから高台に移動するようスピーカーで警告したにもかかわらず、大人たちが協議しているあいだ校庭に並ばされていました。ようやく向かったのは約150メートル離れた堤防付近。学校の裏には児童でも容易に登れる山があったというのに。そして、川に向かって歩いている途中で向こうから迫ってきた津波に児童74人、教職員10人が呑まれました。
地震が起こってから津波に襲われるまでの50分間に校庭で何があったか、数々の証言を見ていくと、いたたまれない気持ちになります。マニュアルに明記されていないと何も決断できない大人たちは腹立たしいし、情けないと思うけれど、自分がその立場にあったらどうしていたかと考えると背筋が寒くなります。私だってまさかあんな津波が来るなんて思わず、手近な避難所に向かったかもしれない。
とはいえ、起こったことの責任を逃れようとする、その後の校長や教育委員会の態度は「卑怯」以外の何物でもないね。自分たちもそこにいて、被害を見て、悲嘆にくれる家族の姿も見ていながら、どうしてそんなことができるのか。
そしてもうひとつ怖いし悲しいと思ったのは、同じ遺族の間でも分裂があったこと。波風立てずにいることが美徳とされる日本の古い村社会の掟が、訴訟にふみきった親たちをコミュティの輪からはじきだしたというのはつらいけれど、いかにもありそうだとも思う。
その”抑圧”はあまりにも奥深くに取り込まれているため、当事者たちはそれを常識として受け容れてしまった。古い時代の日本に住む人々は、文句も言わずに黙々と働いた。そうやって黙り込むことがなにより大切だった。もし自分たちが立ち上がって議論を始めたら、他人にどう思われるのだろう? そう彼らはひどく心配した。住人たちは変化することを拒み、変化するための努力を拒んだ。”理想的な村社会”とは、対立が不道徳とみなされる世界だった。ちょっとした不調和さえも、暴力の一種だと考えられる世界だった。大川小学校の児童23人の遺族は、市と県を相手どって約23億円の損害賠償を求めました。2016年に出された1審判決では、現場の教職員が児童を適切に避難させなかったとして、地震発生後の対応についてのみ過失を認めていましたが、この本を読んでいる最中の2018年4月26日に控訴審判決が出て、「学校側は危機管理マニュアルに避難場所などを定める義務があったのに怠った」と地震前の責任に関しても過失が認定されました。ところが5月8日には石巻市議会が臨時議会を開いて、最高裁への上告を承認する議案を賛成多数で可決しました。市とともに敗訴した宮城県も上告の手続きに入る見通しだそうです。
訴訟は”我慢”の欠如だと(ときに感覚的に)みなされるものであり、村社会の不文律を冒すものだった。裁判を起こした者、とりわけ行政に楯突いた者に対して、不愉快な展開――社会的な非難や排除、さらには迫害――が待ち受けていると考えられるのは自然なことだった。
なんだかなあ。これ、おそらく市民・県民側からの突き上げもあるんじゃないかと思う。子供を失った親同士の間でも裁判を巡って対立があったのだから、村の外の他人からの風当たりはより強くなりそう。
お金で失った子供たちは帰ってこない。裁判を起こした遺族たちは、お金を得たり責任者を責めたいわけではなく、厳しい判決が出ることで今後は関係者全員が防災について真剣に考えることを願っているのだろうし、それは遺族であるなしに関わらず、誰にでも関係のある問題なんだけど、お金がからむとそんなふうに考えられない人が多いんだろうな。悲しいね。
こちらに、この件に関する著者のメッセージが出ていました。
被災者のカウンセリングをしていたお寺の住職さんの話も出てきますが、そういう民間のボランティア(?)より前に、本来だったら政府がきちんとしたカウンセリング体制を整えるべきだったんじゃないかとも思いました。当時、TVを見続けるだけでPTSDになった人たちが大勢いましたが、それよりもっと深刻なのは現実に「見てしまった」人たちですよね。
津波の霊たちーー3・11 死と生の物語
原題:Ghosts of The Tsunami
作者:リチャード・ロイド・パリー
訳者:濱野大道
出版社:早川書房
ISBN:4152097426
by timeturner
| 2018-05-22 19:00
| 和書
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