2017年 12月 08日
ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者 |
遥か未来の太陽系。人類はウラノフ一族を頂点とする階層社会を形成し、少数の権力者のもとで多数の貧民が希望のない生を生きていた。そんな中に現れた革命的扇動者にして天才的な殺人者であるジャック・グラス。彼が関わった三つの殺人事件が読者への挑戦状として今、明らかにされる・・・。英国SF協会賞/ジョン・W・キャンベル記念賞受賞作。
第一部(短い)がひどく暴力的で暗い話だったので、こりゃあ選択を誤ったかなと心をひきしめたのだけれど、第二部(長い)に入ったらいきなり、大富豪のお嬢様ダイアナを主人公にした軽いタッチのミステリーになっていたのでびっくりした。
でも、第三部のおもいっきりセンチメンタルなロマンス風味に比べたら、第二部での驚きなんてたいしたことなかったなあ。ロマンス風味だけでなく、ひと時代前の青臭い理想主義にもびっくりさせられた。
作者は50代の大学教授で、マージョリー・アリンガム、ナイオ・マーシュ、ドロシィ・L・セイヤーズ、マイケル・イネスといったミステリー作家のファンだと「感謝の言葉」に書いてあった。
なるほどなあ。確かに第二部と第三部はそういう古い世代の推理作家だったら書きそうな雰囲気かも。やたらとシェイクスピアやジーヴス、ギリシャ・ローマの古典を引用する衒学趣味もそれで納得する。ただ、残念ながら過去の作品にあったゆったりした時の流れ感や深みのあるアイロニーは感じられなかったかな。
まあ、超高速が重大な鍵になっている話に「ゆったりした時の流れ」があるわけはないよね。ユーモアについては翻訳も関係しているのかも。囚人が監獄での食事用に与えられる密封容器入りのビスケットの名称が「レンバス」だったり、ダイアナがシェイクスピアからの引用だと思った文章が実は「マトリックス」の台詞だったりと、くすぐりはたくさんあるんだけど、なんかどれも地味に展開されて面白みが出てないのよね。
ところで、本の内容とは全く関係ないんだけど、今回すごく考えさせられたのは歴史上の記憶ということ。
ダイアナは遺伝子操作で作り出された天才ということになっているので(それなのに実際の言動を見るととても天才とは思えないところも不満のひとつ)、ホメロスとかシェイクスピアとかジーヴスといった過去の名著の題名や作者、登場人物の名前を口に出すのだけれど、果たして今から何百年も何千年も未来の人がそんな情報にアクセスするだろうか?
私が子どもの頃でも歴史の授業では教科書の最後まで行きつけなかった。今の子供はそれに加えてベトナム戦争や中東戦争も載った教科書で勉強しているわけよね。教科書の厚さをどんどん増やしていくわけにはいかないから、私たちの頃には5行書かれていたことが、今では3行になっていたり、中にはまったく消滅した情報もあるかもしれない。それが繰り返されたらダイアナの時代に残っている歴史はどんなものになっているのか。
今の私たちが古事記やチョーサーの存在を知っているように、はるか未来の人々もその気になれば同じ知識にアクセスできるかもしれないけれど、数千倍に膨れ上がった情報の中からシェイクスピアやホメロスはともかくジーヴスにまで時間を割く余裕があるだろうか。
私が毎日読んでいる本のうち、古典と言われるものは全体の1割にも満たないし、それだって古典とは言ってもせいぜい2、300年前のものでしかない。古事記や源氏物語なんて読んでる時間はない。(読んでいる人たちがかなりの数いることはわかっているけど、そういう人たちは逆に現代の作家は読んでいない)
そんなようなことをつらつらと考えていると、今の若者が本を読まないのは当然のことなのかもしれないという気がしてきた。「教養として読んでおくべき名作」の数が多すぎて茫然自失してしまい、意欲をなくすのが普通じゃないかな。
あ、でも、テクノロジーが進歩して誰もが瞬時に本の内容を脳にとりこむことが可能になるかもな。そうなったときに読書の楽しみがあるかどうかは疑問だけれど。
ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
原題:Jack Glass
作者:アダム・ロバーツ
訳者:内田昌之
出版社:早川書房
ISBN:4153350346
第一部(短い)がひどく暴力的で暗い話だったので、こりゃあ選択を誤ったかなと心をひきしめたのだけれど、第二部(長い)に入ったらいきなり、大富豪のお嬢様ダイアナを主人公にした軽いタッチのミステリーになっていたのでびっくりした。
でも、第三部のおもいっきりセンチメンタルなロマンス風味に比べたら、第二部での驚きなんてたいしたことなかったなあ。ロマンス風味だけでなく、ひと時代前の青臭い理想主義にもびっくりさせられた。
作者は50代の大学教授で、マージョリー・アリンガム、ナイオ・マーシュ、ドロシィ・L・セイヤーズ、マイケル・イネスといったミステリー作家のファンだと「感謝の言葉」に書いてあった。
なるほどなあ。確かに第二部と第三部はそういう古い世代の推理作家だったら書きそうな雰囲気かも。やたらとシェイクスピアやジーヴス、ギリシャ・ローマの古典を引用する衒学趣味もそれで納得する。ただ、残念ながら過去の作品にあったゆったりした時の流れ感や深みのあるアイロニーは感じられなかったかな。
まあ、超高速が重大な鍵になっている話に「ゆったりした時の流れ」があるわけはないよね。ユーモアについては翻訳も関係しているのかも。囚人が監獄での食事用に与えられる密封容器入りのビスケットの名称が「レンバス」だったり、ダイアナがシェイクスピアからの引用だと思った文章が実は「マトリックス」の台詞だったりと、くすぐりはたくさんあるんだけど、なんかどれも地味に展開されて面白みが出てないのよね。
ところで、本の内容とは全く関係ないんだけど、今回すごく考えさせられたのは歴史上の記憶ということ。
ダイアナは遺伝子操作で作り出された天才ということになっているので(それなのに実際の言動を見るととても天才とは思えないところも不満のひとつ)、ホメロスとかシェイクスピアとかジーヴスといった過去の名著の題名や作者、登場人物の名前を口に出すのだけれど、果たして今から何百年も何千年も未来の人がそんな情報にアクセスするだろうか?
私が子どもの頃でも歴史の授業では教科書の最後まで行きつけなかった。今の子供はそれに加えてベトナム戦争や中東戦争も載った教科書で勉強しているわけよね。教科書の厚さをどんどん増やしていくわけにはいかないから、私たちの頃には5行書かれていたことが、今では3行になっていたり、中にはまったく消滅した情報もあるかもしれない。それが繰り返されたらダイアナの時代に残っている歴史はどんなものになっているのか。
今の私たちが古事記やチョーサーの存在を知っているように、はるか未来の人々もその気になれば同じ知識にアクセスできるかもしれないけれど、数千倍に膨れ上がった情報の中からシェイクスピアやホメロスはともかくジーヴスにまで時間を割く余裕があるだろうか。
私が毎日読んでいる本のうち、古典と言われるものは全体の1割にも満たないし、それだって古典とは言ってもせいぜい2、300年前のものでしかない。古事記や源氏物語なんて読んでる時間はない。(読んでいる人たちがかなりの数いることはわかっているけど、そういう人たちは逆に現代の作家は読んでいない)
そんなようなことをつらつらと考えていると、今の若者が本を読まないのは当然のことなのかもしれないという気がしてきた。「教養として読んでおくべき名作」の数が多すぎて茫然自失してしまい、意欲をなくすのが普通じゃないかな。
あ、でも、テクノロジーが進歩して誰もが瞬時に本の内容を脳にとりこむことが可能になるかもな。そうなったときに読書の楽しみがあるかどうかは疑問だけれど。
ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
原題:Jack Glass
作者:アダム・ロバーツ
訳者:内田昌之
出版社:早川書房
ISBN:4153350346
by timeturner
| 2017-12-08 19:00
| 和書
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