2017年 06月 15日
かめれおん日記/光と風と夢/虎狩/妖氛録 |
岩波と国書刊行会の2冊からこぼれた分は青空文庫で。
かめれおん日記
女学校で博物学の教師をしている男が教え子からカメレオンを預かり、これを家で飼育している間の日記という形なのだが、カメレオンのことはほんのつけたしで、自分自身を心から信じることができず、何をしてもどこに行っても居場所がないように感じている男の自己分析が最初から最後まで続く。
この屈折した、アンビバレントな物の考え方は、近代以降の人間にはおなじみのものだけど、その執拗さといったらもう。どこまでも深く暗い所に潜っていく。思い当たることばかりで、どこを読んでもぐさぐさ来る。でも、厚顔無恥な同僚教師など周囲の人間を評する言葉が呆れるほど辛辣なので、思わず吹き出してしまい、ちっとも暗くならない。
しかしなあ、こんなにも自分自身に懐疑的で、人間の生き方や社会の在り方についてニヒリスティックに考えている人が、どうしてロマンスに狂うかね。
喘息の発作の苦しみや、強い薬の副作用についても書かれていて、読むのがつらい部分もある。彼が今の時代に生きていたらアドエアでコントロールして普通の生活が送れたろうし、若死にすることもなかったのにと思う反面、そうなったら戦地に行かされたうえに、使い物にならないと苛められただろうから、あの時期に亡くなったのは幸せだったのかも。
ひとつ不思議なのは、主人公が勤める女学校にやたら男性教員がいること。年配者や妻帯者だけでなく、若くて独身の男性教員もいる。昭和初期はもっと男女隔離が厳しかっただろうと思うのだけど、高等女学校で教えられる資格をもつ女性教員の数が少なかったのだろうか。
かめれおん日記
作者:中島敦
出版社:青空文庫
ISBN:Kindle版
光と風と夢
ロバート・ルイス・スティーヴンソンのサモア暮らしにパラオでの自らの体験を重ねたような偽日記。南洋の風物・情景の描写は素晴らしく美しいが、英国を初めヨーロッパ各国の搾取の酷さは容赦なく非難する。そして日本が今(中島がパラオにいた当時)同じことをしているとほのめかしてもいる。
一人称の日記部分では説明しきれない補足説明を作者の視点による三人称で間に挟んでいる形式が面白い。補足説明とは言ってもそれほど客観的なものではなく、中島個人の思いを濃密に含んでいるため、途中からはスティーヴンソンが中島に乗り移っているのか、中島がスティーヴンソンに乗り移っているのかわからないくらい両者が混然一体となってきて、何度も「翻訳うまいなあ」なんてばかなことを考えてしまった。
自身が喘息で長く生きられないと知っていた中島は、結核で長く生きられなかったスティーヴンソン(44歳で死去)に自分を重ねていたのでしょうね。中島がスティーヴンソンを愛すべき人間だと考えていただけだけでなく、作品も愛していたことが伝わってくる。
光と風と夢
作者:中島敦
出版社:青空文庫
ISBN:Kindle版
虎狩
父の仕事の関係で朝鮮に行った少年が、小学校で現地の少年・趙大煥と親しくなり、趙の父親が行く虎狩に連れていってもらった記録を中心に描かれる小編。
中島自身、教員である父の転勤で小学校から中学校までを京城府(ソウル)で過ごしているので自伝的な作品なのだと思う。
これは良いなあ。短い中にいろいろなテーマが溶けこんでいて、ちょっとミステリー風なところも新鮮。少年視点にしたおかげで、いつもの「俺はなぜ生きているのだ」的な存在論が影をひそめ、複雑微妙な心の動きが伝わってくるのも良い。
虎狩
作者:中島敦
出版社:青空文庫
ISBN:Kindle版
妖氛録
中国の春秋時代に多くの男を惑わせ、悲惨な末期を迎えさせた美女・夏姫と、彼女を我が物にするため策謀の限りをつくした楚の巫臣の運命を描いている。
タイトルは「ようふんろく」と読む。気の中は「メ」ではなく「分」。一字で熟語になってる。その気はないのに勝手に男が寄ってくる蠅取り紙みたいなファムファタールの話にはぴったりかも。まさに妖氛を発散しているのだろうね。
美人ではあるが口数が少なく控えめで、「動きの少い、木偶の様な美しさは、時に阿呆に近く見えることがある」ような女に男たちはなぜ惚れるのか……中島自身もそんな女に惹かれたことがあったのだろうか。
妖氛録
作者:中島敦
出版社:青空文庫
ISBN:Kindle版
かめれおん日記
女学校で博物学の教師をしている男が教え子からカメレオンを預かり、これを家で飼育している間の日記という形なのだが、カメレオンのことはほんのつけたしで、自分自身を心から信じることができず、何をしてもどこに行っても居場所がないように感じている男の自己分析が最初から最後まで続く。
この屈折した、アンビバレントな物の考え方は、近代以降の人間にはおなじみのものだけど、その執拗さといったらもう。どこまでも深く暗い所に潜っていく。思い当たることばかりで、どこを読んでもぐさぐさ来る。でも、厚顔無恥な同僚教師など周囲の人間を評する言葉が呆れるほど辛辣なので、思わず吹き出してしまい、ちっとも暗くならない。
しかしなあ、こんなにも自分自身に懐疑的で、人間の生き方や社会の在り方についてニヒリスティックに考えている人が、どうしてロマンスに狂うかね。
喘息の発作の苦しみや、強い薬の副作用についても書かれていて、読むのがつらい部分もある。彼が今の時代に生きていたらアドエアでコントロールして普通の生活が送れたろうし、若死にすることもなかったのにと思う反面、そうなったら戦地に行かされたうえに、使い物にならないと苛められただろうから、あの時期に亡くなったのは幸せだったのかも。
ひとつ不思議なのは、主人公が勤める女学校にやたら男性教員がいること。年配者や妻帯者だけでなく、若くて独身の男性教員もいる。昭和初期はもっと男女隔離が厳しかっただろうと思うのだけど、高等女学校で教えられる資格をもつ女性教員の数が少なかったのだろうか。
かめれおん日記
作者:中島敦
出版社:青空文庫
ISBN:Kindle版
光と風と夢
ロバート・ルイス・スティーヴンソンのサモア暮らしにパラオでの自らの体験を重ねたような偽日記。南洋の風物・情景の描写は素晴らしく美しいが、英国を初めヨーロッパ各国の搾取の酷さは容赦なく非難する。そして日本が今(中島がパラオにいた当時)同じことをしているとほのめかしてもいる。
一人称の日記部分では説明しきれない補足説明を作者の視点による三人称で間に挟んでいる形式が面白い。補足説明とは言ってもそれほど客観的なものではなく、中島個人の思いを濃密に含んでいるため、途中からはスティーヴンソンが中島に乗り移っているのか、中島がスティーヴンソンに乗り移っているのかわからないくらい両者が混然一体となってきて、何度も「翻訳うまいなあ」なんてばかなことを考えてしまった。
自身が喘息で長く生きられないと知っていた中島は、結核で長く生きられなかったスティーヴンソン(44歳で死去)に自分を重ねていたのでしょうね。中島がスティーヴンソンを愛すべき人間だと考えていただけだけでなく、作品も愛していたことが伝わってくる。
光と風と夢
作者:中島敦
出版社:青空文庫
ISBN:Kindle版
虎狩
父の仕事の関係で朝鮮に行った少年が、小学校で現地の少年・趙大煥と親しくなり、趙の父親が行く虎狩に連れていってもらった記録を中心に描かれる小編。
中島自身、教員である父の転勤で小学校から中学校までを京城府(ソウル)で過ごしているので自伝的な作品なのだと思う。
これは良いなあ。短い中にいろいろなテーマが溶けこんでいて、ちょっとミステリー風なところも新鮮。少年視点にしたおかげで、いつもの「俺はなぜ生きているのだ」的な存在論が影をひそめ、複雑微妙な心の動きが伝わってくるのも良い。
虎狩
作者:中島敦
出版社:青空文庫
ISBN:Kindle版
妖氛録
中国の春秋時代に多くの男を惑わせ、悲惨な末期を迎えさせた美女・夏姫と、彼女を我が物にするため策謀の限りをつくした楚の巫臣の運命を描いている。
タイトルは「ようふんろく」と読む。気の中は「メ」ではなく「分」。一字で熟語になってる。その気はないのに勝手に男が寄ってくる蠅取り紙みたいなファムファタールの話にはぴったりかも。まさに妖氛を発散しているのだろうね。
美人ではあるが口数が少なく控えめで、「動きの少い、木偶の様な美しさは、時に阿呆に近く見えることがある」ような女に男たちはなぜ惚れるのか……中島自身もそんな女に惹かれたことがあったのだろうか。
妖氛録
作者:中島敦
出版社:青空文庫
ISBN:Kindle版
by timeturner
| 2017-06-15 19:00
| 和書
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