2017年 04月 12日
シャーロック・ホームズ アンダーショーの冒険 |
プロのベストセラー作家、趣味でパスティーシュを書いているシャーロッキアン、あるいは著名なファンフィクション作家などが世界中からホームズ物パスティーシュを寄稿した。印税はコナン・ドイルのかつての住居アンダーショーの修復活動に寄付するという条件だ。こうして編まれた3巻本から選んだ10編を収録。
アンダーショーは、こうした支援により建物も庭もきれいに修復され、今では学習障害のある子供たちのための学校として使われているそうです。余談ですが、このアンダーショー保存トラストの後援者は(BBCシャーロックの)マーク・ゲイティスだそうです。本当にホームズとドイルが好きなんですね。
アンダーショーのことはジュリアン・バーンズの『Arthur and George』にも書いてありました。紋章をあしらったステンドグラスの窓など、成功したドイルがいれこんでつくりあげた家です。それが修復が必要なほど荒廃していたとは知りませんでした。
主唱者のマーカムが参加者に課した執筆上の条件は「ホームズとワトソンが敬意をもって誠実に扱われ、シャーロッキアンの伝統である〝ザ・ゲーム"の精神にのっとっていなければならない。つまり、ホームズとワトソンは実在する歴史上の人物として扱われなければならないのだ。また、ほかの時代に移されたり、彼らがいた時代では考えられないようなこと、たとえばエイリアンと戦うようなことは、させてはならない。ストーリーの背景となる時代は1881年から1929年とし、ホームズが吸血鬼と闘ったり、現代に甦ったりするパロディのたぐいは許されない」というもの。
質屋の娘の冒険/デイヴィッド・マーカム
沼地の宿屋の冒険/デニス・O.スミス
アーカード屋敷の秘密/ウィル・トマス
死を招く詩/マシュー・ブース
無政府主義者の爆弾/ビル・クライダー
柳細工のかご/リンジー・フェイ
無政府主義者のトリック/アンドリュー・レーン
地下鉄の乗客/ポール・ギルバート
植物学者の手袋/ジェイムズ・ラヴグローヴ
魔笛泥棒/ラリー・ミレット
冒頭の「質屋の娘の冒険」は、この企画の言いだしっぺであるデイヴィッド・マーカムの作だけあって、よく練られており、納得の一編でした。怪しげな行動心理学で犯人の嘘を見抜くなど、ドイルが知っていたら絶対に使っただろうと思えるトリックです。この眉唾な感じがいかにもホームズらしいんですよね。(って、ドイルに失礼?)
今の時代の読者が読むと最初からトリックがわかってしまうものもあるのは上記の縛りのせいもあるのかなと思います。「アーカード屋敷の秘密」とか「植物学者の手袋」とか。でも、こうした縛りのおかげでヴィクトリア朝の雰囲気にどっぷり浸ることができるのも確か。「地下鉄の乗客」を読むと、1896年頃にはまだ地下鉄が蒸気で走っていて、乗客は煤を我慢しなくてはならなかったとわかりますし、葉巻パイプなるものが流行っていたということもわかります。どんな形をしてるんでしょうね。
いずれの作品も正典の事実や時代をとりいれて、なるほどなあと思わせる話になってはいますが、いまいち物足りない面もある。たぶん、ちゃんとしたシャーロッキアンなら「おお、これはあそこのあれが」といろいろ気づくはずのところに気づけないからなんでしょうね。
「柳細工のかご」はライヘンバッハの滝で死んだと思われたホームズが思いがけない帰還を果たしすぐあとの時期を背景にしているのですが、219p~221pで、レストレイドが何に怒っているのか、それに対してホームズが答えたことの何がどんなふうにレストレイドを納得させたのかが、何度読んでもわかりませんでした。肝心な知識が抜け落ちているせいだと思う。(ひょっとしたら読解力が足りないのかもしれないけど)
そういえばこの「柳細工のかご」にはもう一つ謎があります。197p~198pにかけてのこんな記述。
【誤植メモ】 197p 最終行 風呂の湯を準備をさせ⇒風呂の湯を準備させ 219p 10行目 立っった⇒立った 337p 13行目 最後に手に残る者は、何か?⇒最後に手に残る物は、何か?
【日本語が疑問な個所】 109p 「こちらの方がかわいそうに、転んでけがをなさったんです。足首がはずれたに違いないわ」 233p 御者はシンウェル・ジョンスン――この手のことではホームズにたびたび使われている、しがないボクサーだ。 304p 「ミス・メアリ・スミスです」ハドソン夫人が連れてきたのは、まだ二十歳くらいの不安げな顔をした女性だった。整ってはいるが地味な顔だちで、正直そうな苦労人と見えた。「名刺はございません」ハドソン夫人が付け加えた言葉も、彼女のひととなりをほのめかしていた。
シャーロック・ホームズ アンダーショーの冒険
原題:The MX Book of New Sherlock Holmes Storiesの抄訳
作者:デイヴィッド・マーカム
訳者:日暮雅通
出版社:原書房
ISBN:4562053569
アンダーショーは、こうした支援により建物も庭もきれいに修復され、今では学習障害のある子供たちのための学校として使われているそうです。余談ですが、このアンダーショー保存トラストの後援者は(BBCシャーロックの)マーク・ゲイティスだそうです。本当にホームズとドイルが好きなんですね。
アンダーショーのことはジュリアン・バーンズの『Arthur and George』にも書いてありました。紋章をあしらったステンドグラスの窓など、成功したドイルがいれこんでつくりあげた家です。それが修復が必要なほど荒廃していたとは知りませんでした。
主唱者のマーカムが参加者に課した執筆上の条件は「ホームズとワトソンが敬意をもって誠実に扱われ、シャーロッキアンの伝統である〝ザ・ゲーム"の精神にのっとっていなければならない。つまり、ホームズとワトソンは実在する歴史上の人物として扱われなければならないのだ。また、ほかの時代に移されたり、彼らがいた時代では考えられないようなこと、たとえばエイリアンと戦うようなことは、させてはならない。ストーリーの背景となる時代は1881年から1929年とし、ホームズが吸血鬼と闘ったり、現代に甦ったりするパロディのたぐいは許されない」というもの。
質屋の娘の冒険/デイヴィッド・マーカム
沼地の宿屋の冒険/デニス・O.スミス
アーカード屋敷の秘密/ウィル・トマス
死を招く詩/マシュー・ブース
無政府主義者の爆弾/ビル・クライダー
柳細工のかご/リンジー・フェイ
無政府主義者のトリック/アンドリュー・レーン
地下鉄の乗客/ポール・ギルバート
植物学者の手袋/ジェイムズ・ラヴグローヴ
魔笛泥棒/ラリー・ミレット
冒頭の「質屋の娘の冒険」は、この企画の言いだしっぺであるデイヴィッド・マーカムの作だけあって、よく練られており、納得の一編でした。怪しげな行動心理学で犯人の嘘を見抜くなど、ドイルが知っていたら絶対に使っただろうと思えるトリックです。この眉唾な感じがいかにもホームズらしいんですよね。(って、ドイルに失礼?)
今の時代の読者が読むと最初からトリックがわかってしまうものもあるのは上記の縛りのせいもあるのかなと思います。「アーカード屋敷の秘密」とか「植物学者の手袋」とか。でも、こうした縛りのおかげでヴィクトリア朝の雰囲気にどっぷり浸ることができるのも確か。「地下鉄の乗客」を読むと、1896年頃にはまだ地下鉄が蒸気で走っていて、乗客は煤を我慢しなくてはならなかったとわかりますし、葉巻パイプなるものが流行っていたということもわかります。どんな形をしてるんでしょうね。
いずれの作品も正典の事実や時代をとりいれて、なるほどなあと思わせる話になってはいますが、いまいち物足りない面もある。たぶん、ちゃんとしたシャーロッキアンなら「おお、これはあそこのあれが」といろいろ気づくはずのところに気づけないからなんでしょうね。
「柳細工のかご」はライヘンバッハの滝で死んだと思われたホームズが思いがけない帰還を果たしすぐあとの時期を背景にしているのですが、219p~221pで、レストレイドが何に怒っているのか、それに対してホームズが答えたことの何がどんなふうにレストレイドを納得させたのかが、何度読んでもわかりませんでした。肝心な知識が抜け落ちているせいだと思う。(ひょっとしたら読解力が足りないのかもしれないけど)
そういえばこの「柳細工のかご」にはもう一つ謎があります。197p~198pにかけてのこんな記述。
その後、ヘレン夫人は夫のために風呂の湯を準備をさせました。家政婦の証言によれば、呼び鈴が鳴ったので湯を温めただけで、そのほかのことは特になかったと言っています。1894年のロンドンで中流の銀行員が住むバターシーの家に給湯設備があったのかな。まだ下働きのメイドが台所で沸かした湯を浴室まで運んでいたのでは? それに欧米では今でもお風呂は入るつど湯をバスタブにためる方式で、日本のように追い炊きはできないですよね。となると「湯を温めただけ」というのはどういうことなんだろう?
【誤植メモ】 197p 最終行 風呂の湯を準備をさせ⇒風呂の湯を準備させ 219p 10行目 立っった⇒立った 337p 13行目 最後に手に残る者は、何か?⇒最後に手に残る物は、何か?
【日本語が疑問な個所】 109p 「こちらの方がかわいそうに、転んでけがをなさったんです。足首がはずれたに違いないわ」 233p 御者はシンウェル・ジョンスン――この手のことではホームズにたびたび使われている、しがないボクサーだ。 304p 「ミス・メアリ・スミスです」ハドソン夫人が連れてきたのは、まだ二十歳くらいの不安げな顔をした女性だった。整ってはいるが地味な顔だちで、正直そうな苦労人と見えた。「名刺はございません」ハドソン夫人が付け加えた言葉も、彼女のひととなりをほのめかしていた。
シャーロック・ホームズ アンダーショーの冒険
原題:The MX Book of New Sherlock Holmes Storiesの抄訳
作者:デイヴィッド・マーカム
訳者:日暮雅通
出版社:原書房
ISBN:4562053569
by timeturner
| 2017-04-12 19:00
| 和書
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