2017年 04月 06日
ジプシー民話集 ウェールズ地方 |
ジプシーの民話は、先祖の語部の言葉そのままに幾世代も変化することなく正確に、祖母から子へ、そして孫へと伝えられて来た。ジョン・サンプソンがウェールズで収集した50編を越えるジプシー民話から、ドラ・E・イェーツが21編を選びだし、ジプシーの言葉から英語に翻訳した。
本のどこを見ても(訳者あとがきにも)原本のタイトルが記載されていません。それなのに、原本が限定250部でプライヴェート・プレスから刊行された総革装豪華本だったことや、そのプライヴェート・プレスの由来などは事細かに書かれています。というのも、訳者は翻訳家でもなんでもなくて、稀覯本コレクターだから。たまたま原本を入手したところ、日本語に翻訳することになったらしい。こういう経緯で出る本もあるんですね。でも、だったら元の挿絵や装幀を生かせばいいのに。
こうした伝承昔話の例にもれず、ほとんどはどこかで聞いたことがある内容だし(「小さな消し炭むすめ」は途中まで「シンデレラ」)、ご都合主義な話が多い。ジャックと呼ばれる主人公は、たいてい三男坊で、なんの取り柄もないどころか怠け者で頭が悪く、向上心もない。おおむね母親は大切にするものの、きょうだい愛は皆無。騙したり、死んだきょうだいを嘲笑ったりする。それなのに、言われたことをしただけで金持ちになったり美人と結婚するなどの幸運に恵まれる。『本を読むひと』を読む前だったら「なんて馬鹿馬鹿しい」と苛々したと思うけど、あの本のおかげでジプシーの物の考え方がなんとなくわかってきたせいか「あの人たちだったら納得するかもしれないなあ」と思えるようになってました。
とはいえ、最初に書いたような事情で翻訳されているので、かなりの直訳で、ときどき「うーん、これは元の話のせいではなく誤訳で辻褄が合わなくなっているんでは?」と思える部分も多々あります。そもそも重訳だしね。でも、従来の昔話とは違うヴァージョンを楽しむという点では面白いところもたくさんありました。
火を吐く竜
にしんの王様
悪魔の話
無人境の緑の人
三人姉妹
尾の短い牝鶏
垂れさがりながらのびない木の葉
二ペンス半銅貨
三人の僧侶
ジャックと棍棒
老鍛冶屋
フロスティ(霜男)
りすときつね
十八匹のうさぎ
魔法にかかった城
小さな消し炭むすめ
ぎょろぎょろ目玉
子だくさんの夫婦
妖精の花嫁
黒い婦人
水車小屋の娘
ところで、ウェールズのジプシーの民話と聞いて、なにやら不思議な気がしませんか。ケルト民族じゃなくてジプシー? 移動することが特徴であるジプシーが通過する土地の民話を語る?
民話というのはその土地で長い年月をかけて語り継がれていくものですよね。ジプシーは閉ざされた血縁集団で常に移動しているというイメージがあるので、あまり土着文化とは混ざらないんじゃないかと思えます。実際、この本の序文の中でも「ホリデー教授は、サンプソン博士がジプシーの民話を最初に発表した『ジプシー伝承協会雑誌』の中で、『私はとくにジプシーの物語と称することのできるものは一つも知らない。ジプシーのレパートリーは、彼らの居住する土地によって左右されるようである」と書いてあります。
でもまあ、人間同士なんだからある程度のつきあいは生じるし、中にはジプシーと地元民とが恋をしたり結婚したりするケースもあるかもしれないし、やっぱり混ざり合っていくんでしょう。
序文にはジプシーが語る様子を描写している部分があって、ここが実にドラマチックでリアル。そうそう、『本を読むひと』ではこういうシーンを想像していたんだよなあ。
ジプシー民話集―ウェールズ地方 (教養文庫)
編者:ジョン・サンプソン
訳者:庄司浅水
イラスト:野口裕三
出版社:社会思想社
ISBN:4390113852
本のどこを見ても(訳者あとがきにも)原本のタイトルが記載されていません。それなのに、原本が限定250部でプライヴェート・プレスから刊行された総革装豪華本だったことや、そのプライヴェート・プレスの由来などは事細かに書かれています。というのも、訳者は翻訳家でもなんでもなくて、稀覯本コレクターだから。たまたま原本を入手したところ、日本語に翻訳することになったらしい。こういう経緯で出る本もあるんですね。でも、だったら元の挿絵や装幀を生かせばいいのに。
こうした伝承昔話の例にもれず、ほとんどはどこかで聞いたことがある内容だし(「小さな消し炭むすめ」は途中まで「シンデレラ」)、ご都合主義な話が多い。ジャックと呼ばれる主人公は、たいてい三男坊で、なんの取り柄もないどころか怠け者で頭が悪く、向上心もない。おおむね母親は大切にするものの、きょうだい愛は皆無。騙したり、死んだきょうだいを嘲笑ったりする。それなのに、言われたことをしただけで金持ちになったり美人と結婚するなどの幸運に恵まれる。『本を読むひと』を読む前だったら「なんて馬鹿馬鹿しい」と苛々したと思うけど、あの本のおかげでジプシーの物の考え方がなんとなくわかってきたせいか「あの人たちだったら納得するかもしれないなあ」と思えるようになってました。
とはいえ、最初に書いたような事情で翻訳されているので、かなりの直訳で、ときどき「うーん、これは元の話のせいではなく誤訳で辻褄が合わなくなっているんでは?」と思える部分も多々あります。そもそも重訳だしね。でも、従来の昔話とは違うヴァージョンを楽しむという点では面白いところもたくさんありました。
火を吐く竜
にしんの王様
悪魔の話
無人境の緑の人
三人姉妹
尾の短い牝鶏
垂れさがりながらのびない木の葉
二ペンス半銅貨
三人の僧侶
ジャックと棍棒
老鍛冶屋
フロスティ(霜男)
りすときつね
十八匹のうさぎ
魔法にかかった城
小さな消し炭むすめ
ぎょろぎょろ目玉
子だくさんの夫婦
妖精の花嫁
黒い婦人
水車小屋の娘
ところで、ウェールズのジプシーの民話と聞いて、なにやら不思議な気がしませんか。ケルト民族じゃなくてジプシー? 移動することが特徴であるジプシーが通過する土地の民話を語る?
民話というのはその土地で長い年月をかけて語り継がれていくものですよね。ジプシーは閉ざされた血縁集団で常に移動しているというイメージがあるので、あまり土着文化とは混ざらないんじゃないかと思えます。実際、この本の序文の中でも「ホリデー教授は、サンプソン博士がジプシーの民話を最初に発表した『ジプシー伝承協会雑誌』の中で、『私はとくにジプシーの物語と称することのできるものは一つも知らない。ジプシーのレパートリーは、彼らの居住する土地によって左右されるようである」と書いてあります。
でもまあ、人間同士なんだからある程度のつきあいは生じるし、中にはジプシーと地元民とが恋をしたり結婚したりするケースもあるかもしれないし、やっぱり混ざり合っていくんでしょう。
序文にはジプシーが語る様子を描写している部分があって、ここが実にドラマチックでリアル。そうそう、『本を読むひと』ではこういうシーンを想像していたんだよなあ。
諸君がウェールズ地方の中心部の、露営のかがり火のほとりか、小屋の中に身を置いているつもりになって頂きたいのである。そこでは闇の夜かあるいは月光の下で、往昔の語り手アブラム・ウッドの流れを汲む、ロマニ・シャーラザードの「ブラック:エレン」が、ジプシーの男、女、子どもたちに、ときには、ひと晩じゅう夜どおしかかる長い話をすることもある。聴き手が興味をもって聴いており、目をさましているかどうかをためすため、彼女はとつぜん話を中断し、"Tshiocha"(こら!)という、意味のない叫び声をあげ、ねぼけまなこの少年少女や、その親たちがすぐに"Cholova"(おう!)とこたえなければ、話はただちに打ち切られ、語りつがれることはないのである。調べてみるとウェールズには15世紀くらいからジプシーがいたようで、Kaleと呼ばれているようです。Wikipediaの解説によると本人たちは伝説的なカリスマ・ジプシーAbram Wood(上の引用に出てくるアブラム・ウッド)の末裔だと言ってるようで、序文にも「サンプソン博士が彼らの民話の大部分を集めたのは、長老アブラムの孫娘にあたる、祖母のブラック・エレンから、この貴重な文化財をうけついだマシウ・ウッドからである」と書いてあります。でも、Abram Woodって17世紀の人なんですよね。この本に収録されている話ってもっと前、ヨーロッパ中世を思わせる背景の話が多いんだけどなあ。まあ、Abram Woodもそれより前の世代から受け継いだということなのでしょう。
ジプシー民話集―ウェールズ地方 (教養文庫)
編者:ジョン・サンプソン
訳者:庄司浅水
イラスト:野口裕三
出版社:社会思想社
ISBN:4390113852
by timeturner
| 2017-04-06 19:00
| 和書
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