2016年 12月 04日
眠らぬ人 |
訓練によって右能と左能を完全に別々に動かすことが可能になったワグナー教授は、さらに研究の効率を上げるため眠らなくても疲れず元気に動き続けることのできる薬を発明した。おかげで24時間不眠不休で研究に没頭できる。だが、この画期的な発明を狙ってドイツの巨大組織が魔手を伸ばしてきた・・・。
馬鹿馬鹿しくて面白~い!
SFとはいっても当時からすでに「荒唐無稽」「非科学的」と批判されていたそうで、確かに個々の科学的説明は素人の私が読んでも「ありえない」と眉に唾つけたくなるようなものです。でも、この人は別に科学的に正しいSFを書きたかったわけではなくて、社会や人間の将来を科学というレンズを通して描きたかっただけなんだろうなと思う。レンズが多少歪んでいようと曇っていようと、見えてくるものが面白ければいいわけです。
それに、よく考えると今の私たちが使っている技術(当時の科学者には想像もつかなかったような)が導入されていたりするんですよね。たとえばワグナー教授が発明した光線を浴びると体から物質性がなくなり、目には見えるけれど他の物質は通り抜けてしまうという性質をもつようになります。つまり幽霊になってしまいます。教授がその使い道について説明するところ。
旧ソ連にはこんな作家がいたんですねえ。1920年代に書かれたものだというのに、まったく古くなっていません。テーマも社会風刺も今の社会にこそぴったりって感じです。鋭いんだけどのほほんとしているところが好感度大。L・P・デイヴィスの『虚構の男』が好きだった人は気に入ると思う。
ワグナー教授、いわゆるマッド・サイエンティストかと思うとそれなりにモラリストだしユーモアのセンスもある(ただし普通の人とは大幅にずれてる)。とにかく大天才で何をやっても成功させちゃうのが楽しい。科学界のシャーロック・ホームズといったところかな。
眠らぬ人
本棚からの訪問者
奈落の上で
作られた伝説と外伝
「眠らぬ人」「本棚からの訪問者」はワグナー教授が眠らなくてすむ薬を開発した経緯からその後のドタバタを順に説明する内容で、これを読んでワグナー教授の天才ぶりと奇矯な性格を良く知ったあとで、いくつかのエピソードを紹介するという形になっています。
それにしても、もし眠れないですむ薬が発明されたとして、どれだけの人が使いたがるでしょうね。ワグナー教授のような天才や金儲け命の実業家なら、寝る間も惜しんでやりたいことがあるだろうけど、凡人はねえ。この本の中でも教授が田舎暮らしの男にのませたところ、夜が退屈で死にそうになった話が紹介されています。私は退屈はしないと思うけど、食べることと同様、眠ることは快楽だと思うんですよね。その快楽を手放したくはないなあ。
ぶっとんだアイディアだけで人を驚かすというのではなく、きちんと細部も描かれているし、おやっと目をみはるような情景描写もあって(翻訳者の腕がいいというのも関係してるかも)、上手な作家だなあと思います。この本のほかにもワグナー教授を主人公とした話は書かれているようで、日本では『アフリカの事件簿』というのが出ているようです。ぜひそっちも読まなくては。
【誤植メモ】 p.136 2行目 やろうともした事も⇒やろうとした事も p.196 10行目 私とっての⇒私にとっての
眠らぬ人―ワグナー教授の発明
原題:Человек,который не спит
作者:アレクサンドル・ベリャーエフ
訳者:田中 隆
出版社:未知谷
ISBN:4896424557
馬鹿馬鹿しくて面白~い!
SFとはいっても当時からすでに「荒唐無稽」「非科学的」と批判されていたそうで、確かに個々の科学的説明は素人の私が読んでも「ありえない」と眉に唾つけたくなるようなものです。でも、この人は別に科学的に正しいSFを書きたかったわけではなくて、社会や人間の将来を科学というレンズを通して描きたかっただけなんだろうなと思う。レンズが多少歪んでいようと曇っていようと、見えてくるものが面白ければいいわけです。
それに、よく考えると今の私たちが使っている技術(当時の科学者には想像もつかなかったような)が導入されていたりするんですよね。たとえばワグナー教授が発明した光線を浴びると体から物質性がなくなり、目には見えるけれど他の物質は通り抜けてしまうという性質をもつようになります。つまり幽霊になってしまいます。教授がその使い道について説明するところ。
「私の光線は本に対しても私自身と同様に作用します。つまり本は透過性の物になるのです。と言う事は、私は全ての蔵書を、自分の服のポケットに収められるようになるでしょう」これ、今のネット社会そのものじゃないですか。本だってレコードだって今ではクラウドでいつでもどこでもアクセスできるようになりました。この話をチューリングがコンピュータの原形を創り出す前に書いているというのが凄いと思います。テレビだってまだない時代ですよ。
「人間もですか?」
「もちろん同じことです! ベルリンの全ての住人が、もし望むのであれば地上の人々の全てが、今私が占めているスペースに納まる事になります。方向性こそ異なってはいますが、科学の技術といったものは、やはり空間を克服する事を目指しているのではないですか? 高速飛行機、ラジオ――それらは全て人々を近づけて、《一体化》させるものです。その一体化は私の発明を以ってすれば完全な物となるのです」
旧ソ連にはこんな作家がいたんですねえ。1920年代に書かれたものだというのに、まったく古くなっていません。テーマも社会風刺も今の社会にこそぴったりって感じです。鋭いんだけどのほほんとしているところが好感度大。L・P・デイヴィスの『虚構の男』が好きだった人は気に入ると思う。
ワグナー教授、いわゆるマッド・サイエンティストかと思うとそれなりにモラリストだしユーモアのセンスもある(ただし普通の人とは大幅にずれてる)。とにかく大天才で何をやっても成功させちゃうのが楽しい。科学界のシャーロック・ホームズといったところかな。
眠らぬ人
本棚からの訪問者
奈落の上で
作られた伝説と外伝
「眠らぬ人」「本棚からの訪問者」はワグナー教授が眠らなくてすむ薬を開発した経緯からその後のドタバタを順に説明する内容で、これを読んでワグナー教授の天才ぶりと奇矯な性格を良く知ったあとで、いくつかのエピソードを紹介するという形になっています。
それにしても、もし眠れないですむ薬が発明されたとして、どれだけの人が使いたがるでしょうね。ワグナー教授のような天才や金儲け命の実業家なら、寝る間も惜しんでやりたいことがあるだろうけど、凡人はねえ。この本の中でも教授が田舎暮らしの男にのませたところ、夜が退屈で死にそうになった話が紹介されています。私は退屈はしないと思うけど、食べることと同様、眠ることは快楽だと思うんですよね。その快楽を手放したくはないなあ。
ぶっとんだアイディアだけで人を驚かすというのではなく、きちんと細部も描かれているし、おやっと目をみはるような情景描写もあって(翻訳者の腕がいいというのも関係してるかも)、上手な作家だなあと思います。この本のほかにもワグナー教授を主人公とした話は書かれているようで、日本では『アフリカの事件簿』というのが出ているようです。ぜひそっちも読まなくては。
【誤植メモ】 p.136 2行目 やろうともした事も⇒やろうとした事も p.196 10行目 私とっての⇒私にとっての
眠らぬ人―ワグナー教授の発明
原題:Человек,который не спит
作者:アレクサンドル・ベリャーエフ
訳者:田中 隆
出版社:未知谷
ISBN:4896424557
by timeturner
| 2016-12-04 19:00
| 和書
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