2016年 09月 30日
象 |
『所長』と『鰐の涙』を読んだ後、面白かったので他の作品はないかと探したのだけれど、そのときはみつからなかった。ずいぶんたってからこれが出ていることを知ったのだけれど、どうしてあの時みつからなかったのだろうと考えてわかった。こっちでは著者名がムロージェック、あっちではムロージェクだったからだ。なんかさあ、「もう少し検索機能にゆとりをもたせろよ、図書館サイト」って感じ。「ッ」なんてあってもなくても引けるようにしてほしいなあ。
愚痴はともかく、面白かったです。前二冊と同様、共産主義国家の官僚主義をおもいりきり、でも、遠回しにおちょくって笑わせてくれるだけでなく、ここでは背筋がぞくぞくするほどシュールで不条理な世界にもどっぷり浸からせてくれる。
三部構成になっていて、それぞれ異なる短編集からとった作品を集めてあるようなのですが、最初の【象】では『所長』『鰐の涙』に近い官僚主義揶揄コント的なものが多く、続く【原子村の婚礼】では不条理演劇的な雰囲気の作品に変わる。「もっと低く」なんて、二人の男の対話で成り立っているせいもあり、ベケットの『ゴドーを待ちながら』を思い出してしまったのだけれど、訳者あとがきを読んだらムロージェクは祖国ポーランドでは戯曲家として有名で、実際、彼の長編小説『南への逃走』にはゴドーという巨大な猿が登場するらしい。
訳者(長谷見一雄氏)はムロージェクの作品には「分かる」ものと「分からない」があると書いているけれど、さらに言うなら「面白さが分かる」ものと「分からないけど妙に面白い」ものって感じかな。「ウグプー鳥」や「アド・アストラ」には怪奇幻想小説やSFの味わいまである。要するに物凄く才能に恵まれた作家だということなのでしょう。
【象】
馬になりたい(沼野充義訳)
白鳥(長谷見一雄訳)
小人(長谷見一雄訳)
奇跡的救済の寓話(長谷見一雄訳)
ひとりごと(西成彦訳)
時代背景(長谷見一雄訳)
抽斗のなか(吉上昭三訳)
事実(沼野充義訳)
ジグムシのこと(西成彦訳)
協同組合「単身者」(長谷見一雄訳)
黄金の思想と格言(沼野充義訳)
公民の道(長谷見一雄訳)
おじさんの雑談から(沼野充義訳)
事件(長谷見一雄訳)
旅の道すがら(吉上昭三訳)
芸術(沼野充義訳)
恋する森番(西成彦訳)
ポーランドの春(長谷見一雄訳)
懐疑的な人間(西成彦訳)
象(長谷見一雄訳)
【原子村の婚礼】
蠅の呪い(吉上昭三訳)
邂逅(長谷見一雄訳)
出発(沼野充義訳)
もっと低く(長谷見一雄訳)
森で発見された手記(沼野充義訳)
休暇中の冒険(西成彦訳)
罪と罰(沼野充義訳)
誰が誰か?(沼野充義訳)
原子村の婚礼(吉上昭三訳)
【雨】
小さな友(吉上昭三訳)
ウグプー鳥(長谷見一雄訳)
アド・アストラ(西成彦訳)
望み(沼野充義訳)
鷲の巣城の没落(長谷見一雄訳)
野営(西成彦訳)
我かく戦えり(長谷見一雄訳)
笑うでぶ(沼野充義訳)
中断(長谷見一雄訳)
王手(長谷見一雄訳)
打ち捨てられた森の中の刑務所を舞台にした「森で発見された手記」は、分からなさが極限まで行ってしまったため、逆に読者の想像力を刺激し、書かれていないことを自分であれこれ考える喜びを与えてくれます。
「休暇中の冒険」は、イギリスの小説によくあるふたりの青年が美しい田舎でのんびりと過ごす牧歌的な話の体裁を借りて、世にも恐ろしい世界に私たちを引きずり込む。最後のくだりなんて寒気がしてきます。
「小さな友」は本当にむごたらしい話で、特に猫好きの人が読んだら憤死しそうな内容なんだけど、冷静になって考えると、人間性や倫理についての怖ろしいまでに冷徹な洞察なのかもしれないと思わされる。
すべての作家の悪夢を描く「アド・アストラ」の最後は、どうとらえたらいいんだろう。読む人ごとに考えろということなのかな。
『オトラント城』のようなごりごりのゴシック小説なのに、肝心要のモンスターの正体が雪だるまだという、なんともミスマッチな、笑っていいのか怖がったらいいのかわからない「鷲の巣城の没落」は愉快だけど、最後のところがよくわからなかった。
【誤植メモ】 p.180 最終行 小猫⇒子猫(他の部分がすべて子猫なので)
象 (文学の冒険シリーズ)
原題:表記できません
作者:スワヴォーミル・ムロージェック
訳者:長谷見一雄、吉上昭三、沼野充義、西成彦
出版社:国書刊行会
ISBN:4336030596
愚痴はともかく、面白かったです。前二冊と同様、共産主義国家の官僚主義をおもいりきり、でも、遠回しにおちょくって笑わせてくれるだけでなく、ここでは背筋がぞくぞくするほどシュールで不条理な世界にもどっぷり浸からせてくれる。
三部構成になっていて、それぞれ異なる短編集からとった作品を集めてあるようなのですが、最初の【象】では『所長』『鰐の涙』に近い官僚主義揶揄コント的なものが多く、続く【原子村の婚礼】では不条理演劇的な雰囲気の作品に変わる。「もっと低く」なんて、二人の男の対話で成り立っているせいもあり、ベケットの『ゴドーを待ちながら』を思い出してしまったのだけれど、訳者あとがきを読んだらムロージェクは祖国ポーランドでは戯曲家として有名で、実際、彼の長編小説『南への逃走』にはゴドーという巨大な猿が登場するらしい。
訳者(長谷見一雄氏)はムロージェクの作品には「分かる」ものと「分からない」があると書いているけれど、さらに言うなら「面白さが分かる」ものと「分からないけど妙に面白い」ものって感じかな。「ウグプー鳥」や「アド・アストラ」には怪奇幻想小説やSFの味わいまである。要するに物凄く才能に恵まれた作家だということなのでしょう。
【象】
馬になりたい(沼野充義訳)
白鳥(長谷見一雄訳)
小人(長谷見一雄訳)
奇跡的救済の寓話(長谷見一雄訳)
ひとりごと(西成彦訳)
時代背景(長谷見一雄訳)
抽斗のなか(吉上昭三訳)
事実(沼野充義訳)
ジグムシのこと(西成彦訳)
協同組合「単身者」(長谷見一雄訳)
黄金の思想と格言(沼野充義訳)
公民の道(長谷見一雄訳)
おじさんの雑談から(沼野充義訳)
事件(長谷見一雄訳)
旅の道すがら(吉上昭三訳)
芸術(沼野充義訳)
恋する森番(西成彦訳)
ポーランドの春(長谷見一雄訳)
懐疑的な人間(西成彦訳)
象(長谷見一雄訳)
【原子村の婚礼】
蠅の呪い(吉上昭三訳)
邂逅(長谷見一雄訳)
出発(沼野充義訳)
もっと低く(長谷見一雄訳)
森で発見された手記(沼野充義訳)
休暇中の冒険(西成彦訳)
罪と罰(沼野充義訳)
誰が誰か?(沼野充義訳)
原子村の婚礼(吉上昭三訳)
【雨】
小さな友(吉上昭三訳)
ウグプー鳥(長谷見一雄訳)
アド・アストラ(西成彦訳)
望み(沼野充義訳)
鷲の巣城の没落(長谷見一雄訳)
野営(西成彦訳)
我かく戦えり(長谷見一雄訳)
笑うでぶ(沼野充義訳)
中断(長谷見一雄訳)
王手(長谷見一雄訳)
打ち捨てられた森の中の刑務所を舞台にした「森で発見された手記」は、分からなさが極限まで行ってしまったため、逆に読者の想像力を刺激し、書かれていないことを自分であれこれ考える喜びを与えてくれます。
「休暇中の冒険」は、イギリスの小説によくあるふたりの青年が美しい田舎でのんびりと過ごす牧歌的な話の体裁を借りて、世にも恐ろしい世界に私たちを引きずり込む。最後のくだりなんて寒気がしてきます。
「小さな友」は本当にむごたらしい話で、特に猫好きの人が読んだら憤死しそうな内容なんだけど、冷静になって考えると、人間性や倫理についての怖ろしいまでに冷徹な洞察なのかもしれないと思わされる。
すべての作家の悪夢を描く「アド・アストラ」の最後は、どうとらえたらいいんだろう。読む人ごとに考えろということなのかな。
『オトラント城』のようなごりごりのゴシック小説なのに、肝心要のモンスターの正体が雪だるまだという、なんともミスマッチな、笑っていいのか怖がったらいいのかわからない「鷲の巣城の没落」は愉快だけど、最後のところがよくわからなかった。
【誤植メモ】 p.180 最終行 小猫⇒子猫(他の部分がすべて子猫なので)
象 (文学の冒険シリーズ)
原題:表記できません
作者:スワヴォーミル・ムロージェック
訳者:長谷見一雄、吉上昭三、沼野充義、西成彦
出版社:国書刊行会
ISBN:4336030596
by timeturner
| 2016-09-30 19:24
| 和書
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