2015年 03月 07日
消えた犬と野原の魔法 |
大好きな犬のベスが、ある日、見えなくなった。探し疲れて眠ったティルは悲しい夢を見たが、それとは別に不思議な老人の夢も見た。次の朝早く、夢の中の場所と同じところに行ってみると、あの老人が現れてこう言った。「わしは見つけるのが得意でな。おまえさんががんばってさがすなら、手伝ってやるぞ」こうしてティルと老人との奇妙な探索が始まる・・・。
フィリパ・ピアスの娘とヘレン・クレイグの息子が結婚し、ふたりは晩年をお互いに近いところで暮らし仲良くしていたのだそうです。ふたりの共通の孫ナットとウィルのための本(ティルという名前はナットとウィルを合体させたもの)を一緒に作ろうと決めたものの、挿絵が完成する前にフィリパは亡くなってしまいました。作業を同時に進めていたら完成を見ないところでしたが、私たち読者にとっては幸運なことにピアスが原稿を仕上げていたのでこうして刊行されたわけです。
老人とティルが捜しに行くのは「ガナーさんの庭」と呼ばれる野原です。ここがまるで『トムは真夜中の庭で』の庭みたいなところ。これは驚くようなことではありません。だって自分の子ども時代に親しんだ環境を懐かしんであれを書いたピアスが晩年を過ごすとしたら、同じような自然がある場所に決まってます(まあ、それを許す経済状況も必要でしょうが)。
ガナーさんの庭には隣り合った二軒の家が建っていて、どちらもガナー姓の老女(年上のガナーさんとマウシーさん)が住んでいるという設定。これも完全にピアスとクレイグの交流をもとにしているのでしょう。年上のガナーさんを「とっても年をとってて、魔女みたいにこしが曲がってて、片目のネコをかってて、ひとりごとを言ったりネコやニワトリに話しかけたりしてる」と語るところなど、きっとくすくす笑いながら書いてたんだろうなあと思いました。そのわりには絵に描かれた年上のガナーさんの腰がまっすぐで、髪も黒く、若々しいのですが、これは友人クレイグの思いやりでしょう。
二人が木戸を抜けて入ったガマーさんの野原は、ふたりがそれまでいたのとは時間が違うという設定もまた「来た、来た、来たーっ」という感じでしたが、興奮したわりにはあまり生かされていなかったかな。
また、ベスを探すためにはまずベスがどんな犬なのか(被害者の特徴)効かせてもらわなくてはならない、と老人はティルを何度も促しますが、実際の本にはそこで何が語られたかはほとんど書かれていません。想像ですが、ピアスはこうした場面で聴き手のナットとウィルに語らせたかったんじゃないでしょうか。子どもにお話を一方的に与えるだけでなく、子どもが自分の言葉で表現することも大切だと思っていたに違いないからです。大好きなおばあちゃんに「それでベスはどんな犬だったと思う?」と聞かれた少年たちが目を輝かせながら自分の飼い犬や友だちの犬について話すようすが目に浮かびます。
宝物の真価をほんとうに知るものでなければその宝物に値しないという考え方もずっと底を流れているのかもしれません。
表面的に見ると刑事コロンボみたいな老人がティルを従えてさまざまな目撃者に聞き込みをし、時には強引な手段まで使って犯人を割り出していくミステリーともとれます。残念なのはそう思って読んだときに真犯人の置き方と解決の仕方があまりに唐突でご都合主義に見えること。動機と手口はきちんと納得いくように説明されているんですけどねえ。
このへんはおそらく最初から最後まで感じていた老人の不確かさのせいもあるのかなと思う。別にはっきり善悪の区別をつけてほしいなんて言ってるわけではないのですが、ピアスがどういうキャラクターを造形したかったのかが伝わってこないんですよね。いつもだったらキャラクターありきの作家なのに。
そもそもこの話は、クレイグがいたずらがきとして描いた「ちょっとこしが曲がった、かなしげな顔の小がらな男の人」の絵にピアスが興味を持ったところから始まったのだそうです。でも、できあがった物語の老人はいたずらがきのおじいさんとはかなり違うイメージになっていたそうです。おそらくこのへんに原因があるのかも。ピアスに老人キャラについて相談できないままひとりで挿絵を描くことになったクレイグの心に、最後までどういうふうに描けばいいのかビジョンが定まらなかったのでは。それで絵を見ながら話を読む読者の心にも、どこか心もとない感覚が生まれてしまうのでは。
ひょっとしたらこの本は、今度は絵なしで、英語の原文の中に描かれているイメージを自分なりの絵にしながら読んでみると興味深いものになるかもしれません。
個人的には魔女に捨てられた片目の意地悪なネコがツボでした。二人のガマーさん、ティルと一緒に渦巻に回されてる絵が最高。
消えた犬と野原の魔法 (児童書)
原題:A Finder's Magic
作者:フィリパ・ピアス
イラスト:ヘレン・クレイグ
訳者:さくまゆみこ
出版社:徳間書店
ISBN:4198638950
フィリパ・ピアスの娘とヘレン・クレイグの息子が結婚し、ふたりは晩年をお互いに近いところで暮らし仲良くしていたのだそうです。ふたりの共通の孫ナットとウィルのための本(ティルという名前はナットとウィルを合体させたもの)を一緒に作ろうと決めたものの、挿絵が完成する前にフィリパは亡くなってしまいました。作業を同時に進めていたら完成を見ないところでしたが、私たち読者にとっては幸運なことにピアスが原稿を仕上げていたのでこうして刊行されたわけです。
老人とティルが捜しに行くのは「ガナーさんの庭」と呼ばれる野原です。ここがまるで『トムは真夜中の庭で』の庭みたいなところ。これは驚くようなことではありません。だって自分の子ども時代に親しんだ環境を懐かしんであれを書いたピアスが晩年を過ごすとしたら、同じような自然がある場所に決まってます(まあ、それを許す経済状況も必要でしょうが)。
ガナーさんの庭には隣り合った二軒の家が建っていて、どちらもガナー姓の老女(年上のガナーさんとマウシーさん)が住んでいるという設定。これも完全にピアスとクレイグの交流をもとにしているのでしょう。年上のガナーさんを「とっても年をとってて、魔女みたいにこしが曲がってて、片目のネコをかってて、ひとりごとを言ったりネコやニワトリに話しかけたりしてる」と語るところなど、きっとくすくす笑いながら書いてたんだろうなあと思いました。そのわりには絵に描かれた年上のガナーさんの腰がまっすぐで、髪も黒く、若々しいのですが、これは友人クレイグの思いやりでしょう。
二人が木戸を抜けて入ったガマーさんの野原は、ふたりがそれまでいたのとは時間が違うという設定もまた「来た、来た、来たーっ」という感じでしたが、興奮したわりにはあまり生かされていなかったかな。
また、ベスを探すためにはまずベスがどんな犬なのか(被害者の特徴)効かせてもらわなくてはならない、と老人はティルを何度も促しますが、実際の本にはそこで何が語られたかはほとんど書かれていません。想像ですが、ピアスはこうした場面で聴き手のナットとウィルに語らせたかったんじゃないでしょうか。子どもにお話を一方的に与えるだけでなく、子どもが自分の言葉で表現することも大切だと思っていたに違いないからです。大好きなおばあちゃんに「それでベスはどんな犬だったと思う?」と聞かれた少年たちが目を輝かせながら自分の飼い犬や友だちの犬について話すようすが目に浮かびます。
宝物の真価をほんとうに知るものでなければその宝物に値しないという考え方もずっと底を流れているのかもしれません。
表面的に見ると刑事コロンボみたいな老人がティルを従えてさまざまな目撃者に聞き込みをし、時には強引な手段まで使って犯人を割り出していくミステリーともとれます。残念なのはそう思って読んだときに真犯人の置き方と解決の仕方があまりに唐突でご都合主義に見えること。動機と手口はきちんと納得いくように説明されているんですけどねえ。
このへんはおそらく最初から最後まで感じていた老人の不確かさのせいもあるのかなと思う。別にはっきり善悪の区別をつけてほしいなんて言ってるわけではないのですが、ピアスがどういうキャラクターを造形したかったのかが伝わってこないんですよね。いつもだったらキャラクターありきの作家なのに。
そもそもこの話は、クレイグがいたずらがきとして描いた「ちょっとこしが曲がった、かなしげな顔の小がらな男の人」の絵にピアスが興味を持ったところから始まったのだそうです。でも、できあがった物語の老人はいたずらがきのおじいさんとはかなり違うイメージになっていたそうです。おそらくこのへんに原因があるのかも。ピアスに老人キャラについて相談できないままひとりで挿絵を描くことになったクレイグの心に、最後までどういうふうに描けばいいのかビジョンが定まらなかったのでは。それで絵を見ながら話を読む読者の心にも、どこか心もとない感覚が生まれてしまうのでは。
ひょっとしたらこの本は、今度は絵なしで、英語の原文の中に描かれているイメージを自分なりの絵にしながら読んでみると興味深いものになるかもしれません。
個人的には魔女に捨てられた片目の意地悪なネコがツボでした。二人のガマーさん、ティルと一緒に渦巻に回されてる絵が最高。
消えた犬と野原の魔法 (児童書)
原題:A Finder's Magic
作者:フィリパ・ピアス
イラスト:ヘレン・クレイグ
訳者:さくまゆみこ
出版社:徳間書店
ISBN:4198638950
by timeturner
| 2015-03-07 18:52
| 和書
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