2014年 12月 16日
クリスマス・キャロル |
原文を読んだので、ついでに訳者の違うヴァージョンを読み比べてみました。それぞれの感想は下のほうに書きましたが、読み比べて思ったのは、当たり前ですが翻訳者によって解釈の仕方はいろいろだなあということ。どの訳文がいいかはそれこそ読む人の好みで選べばいいのですが、原文と読み比べて英文の解釈がいちばん正確だと思ったのは、子ども向きの岩波少年文庫におさめられている脇明子訳でした。まあ、私なんかが言うのはおこがましいと思いますが、前後の文脈から考えても読んでいて無理がなく、納得して読めました。以下、刊行の古い順に感想を。
1952年刊行、2011年改訂。いかにも村岡花子さんらしい、キリスト教精神にあふれた訳文だと思います。今の人には古臭いと感じられるでしょうが、この人が書く登場人物たちの喋り方が私にはいちばんしっくりくる。
でも、おごそかさはいちばん感じられるもののユーモアは控えめかな。訳者あとがきを見るとディケンズの原文がユーモアと諧謔精神にあふれていることをちゃんと認識していらっしゃるのですが、おそらく真面目な性格からはあまりふざけた訳文は生まれないのでしょう。
昔のせいで調べがつかず読み間違えたところは、遺族の方々による改訂でかなり解決されているようですが、それでもたまにあれ?と思う箇所はありました。また、あとから手を入れたせいか、かえって辻褄が合わなくなっているところも。
クリスマス・キャロル (新潮文庫)
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
訳者:村岡花子
出版社:新潮社
ISBN:4102030097
1985年刊行。これはびっくり。なんと落語風味のディケンズです。でも、言われてみれば確かにこの作品は人情落語そのものですよね。
さすが、小池滋さん、いいところに目をつけたなあ、と思ったものの、うーん、絶妙の間と語りと身ぶりで聴かせる落語を、紙に写すのは無理があるのかもしれない。文字だけだと読者によってそれぞれに間のとり方が違うし、頭の中で響く語りも違ってくる。名人の噺家のようにはいかないから、生で落語を聴いているときの醍醐味は感じられないんですよね。オーディオブックだったらよかったのかもしれない。
あと、落語味がまんべんなくまぶされていなくて、薄くなったり濃くなったり、ちょっと混ぜ具合が足りなかったかな。おどけた仮面が時々はがれて、素顔の英文学者が透けて見えるような部分がありました。こてこてにしてほしいってわけじゃないんですけどね。
とはいえ、アーサー・ラッカムの挿絵が紙に印刷されている(しかもカラー口絵が11枚)このヴァージョンは、数ある翻訳書の中でも特に目を楽しませてくれる一冊だと思います。
クリスマス・キャロル
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
イラスト:アーサー・ラッカム
訳者:小池 滋
出版社:新書館
ISBN:4403030211
1989年刊行。ツヴェルガーの絵で大型絵本というから、当然ながら文章は短いダイジェスト版かと思いきや、そのままでした。ひえー。文字だらけの絵本。一か所だけ1パラグラフほど抜けていますが、ここは日曜・祝日の安息日に店を閉めようというイギリスの法律制定についてディケンズが嫌味を言っている個所で、現代の、しかも日本人には注なしではとうてい意味が通じないので抜かしたのだろうと思われます。
全文掲載とはいえ、ツヴェルガーだし、体裁は絵本なのだからやさしい文章かと思うと大間違いで、これまで読んだどれよりも大人向けでした。でも、いかにもヴィクトリア朝という雰囲気の古めかしさは、大人が読むには向いているかもしれません。どういう好みの大人かによりますが。
クリスマス・キャロル
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
イラスト:リスベート・ツヴェルガー
訳者:吉田新一
出版社:太平社
ISBN:4924330167
2001年刊行。岩波ではそれまで村山英太郎訳で出していたのを改訂したようです。
原文のユーモアを子ども向きの少ない語彙でここまで再現できているのはすごい。英語で読んでいて、ときどき「ここはどう訳すんだろう?」と思ったときに参照したんですが、「なるほどなあ!」と感心するような訳文ばかりでした。いかにもケチで陰険な年寄りが言いそうなスクルージの口調は素人には真似できないなあ。
今の子どもたちには少し古めかしいと思える表現もありますが、逆にそういう滋味のある日本語をこういう面白い小説で身につけてほしい。
クリスマス・キャロル (岩波少年文庫)
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
イラスト:ジョン・リーチ
訳者:脇 明子
出版社:岩波書店
ISBN:4001145510
2006年刊行。あれえ、なんかちょっと違うかな。スクルージのキャラクターに影響されたのか、作者がふざけている部分までえらく攻撃的。そのためにいちばん大切なユーモア成分が減少してしまっているような気がします。ひょっとしたらゴーストストーリーなので怖くしようと思ったのかもしれませんが。
キャラのつかみもいまいちで、ディケンズがあえて単純にわかりやすいステレオタイプなキャラを創っているのに、それが訳文のためにわかりにくくなっている。原文の読み違いがかなりあるのも一因。池さんの仕事とは思えない。忙しかったんでしょうか。過去の訳例はたくさんあったはずなのに、何も参照せずに訳したのかな。
もちろん、池さんらしい秀逸な表現もあるんですが、なんにせよ、お話全体を楽しく読めないという時点で、この作品と訳者の組み合わせは失敗だったのかなと思いました。
クリスマス・キャロル (光文社古典新訳文庫)
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
訳者:池央耿
出版社:光文社
ISBN:4334751156
2007年刊行。過去の訳例を充分に吟味しているので、原文を読み間違えているようなところはほとんどなく、現代の日本人にはわかりにくいと思える部分には説明も充分すぎるくらいに付け加えてあります。説明しすぎてくどいと感じるところもありますが、元のディケンズの文章がそもそもくどいので、原文の雰囲気をそのまま伝えているとも言える。
いちばん参考にしているのは村岡花子訳らしく、村岡訳で変だと思ったところがそのまま使われている部分が少しありましたが、これまで読み比べた中では脇明子訳に次いで納得のいく内容でした。読みやすさという点を考えれば、小学校中学年くらいまでの子どもにはこの本がいちばんいいと思う。それ以上の子どもと大人には脇訳をお勧め。
クリスマス キャロル (新装版) (講談社青い鳥文庫)
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
訳者:こだま ともこ
イラスト:杉田比呂美
出版社:講談社
1952年刊行、2011年改訂。いかにも村岡花子さんらしい、キリスト教精神にあふれた訳文だと思います。今の人には古臭いと感じられるでしょうが、この人が書く登場人物たちの喋り方が私にはいちばんしっくりくる。
でも、おごそかさはいちばん感じられるもののユーモアは控えめかな。訳者あとがきを見るとディケンズの原文がユーモアと諧謔精神にあふれていることをちゃんと認識していらっしゃるのですが、おそらく真面目な性格からはあまりふざけた訳文は生まれないのでしょう。
昔のせいで調べがつかず読み間違えたところは、遺族の方々による改訂でかなり解決されているようですが、それでもたまにあれ?と思う箇所はありました。また、あとから手を入れたせいか、かえって辻褄が合わなくなっているところも。
クリスマス・キャロル (新潮文庫)
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
訳者:村岡花子
出版社:新潮社
ISBN:4102030097
1985年刊行。これはびっくり。なんと落語風味のディケンズです。でも、言われてみれば確かにこの作品は人情落語そのものですよね。
さすが、小池滋さん、いいところに目をつけたなあ、と思ったものの、うーん、絶妙の間と語りと身ぶりで聴かせる落語を、紙に写すのは無理があるのかもしれない。文字だけだと読者によってそれぞれに間のとり方が違うし、頭の中で響く語りも違ってくる。名人の噺家のようにはいかないから、生で落語を聴いているときの醍醐味は感じられないんですよね。オーディオブックだったらよかったのかもしれない。
あと、落語味がまんべんなくまぶされていなくて、薄くなったり濃くなったり、ちょっと混ぜ具合が足りなかったかな。おどけた仮面が時々はがれて、素顔の英文学者が透けて見えるような部分がありました。こてこてにしてほしいってわけじゃないんですけどね。
とはいえ、アーサー・ラッカムの挿絵が紙に印刷されている(しかもカラー口絵が11枚)このヴァージョンは、数ある翻訳書の中でも特に目を楽しませてくれる一冊だと思います。
クリスマス・キャロル
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
イラスト:アーサー・ラッカム
訳者:小池 滋
出版社:新書館
ISBN:4403030211
1989年刊行。ツヴェルガーの絵で大型絵本というから、当然ながら文章は短いダイジェスト版かと思いきや、そのままでした。ひえー。文字だらけの絵本。一か所だけ1パラグラフほど抜けていますが、ここは日曜・祝日の安息日に店を閉めようというイギリスの法律制定についてディケンズが嫌味を言っている個所で、現代の、しかも日本人には注なしではとうてい意味が通じないので抜かしたのだろうと思われます。
全文掲載とはいえ、ツヴェルガーだし、体裁は絵本なのだからやさしい文章かと思うと大間違いで、これまで読んだどれよりも大人向けでした。でも、いかにもヴィクトリア朝という雰囲気の古めかしさは、大人が読むには向いているかもしれません。どういう好みの大人かによりますが。
クリスマス・キャロル
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
イラスト:リスベート・ツヴェルガー
訳者:吉田新一
出版社:太平社
ISBN:4924330167
2001年刊行。岩波ではそれまで村山英太郎訳で出していたのを改訂したようです。
原文のユーモアを子ども向きの少ない語彙でここまで再現できているのはすごい。英語で読んでいて、ときどき「ここはどう訳すんだろう?」と思ったときに参照したんですが、「なるほどなあ!」と感心するような訳文ばかりでした。いかにもケチで陰険な年寄りが言いそうなスクルージの口調は素人には真似できないなあ。
今の子どもたちには少し古めかしいと思える表現もありますが、逆にそういう滋味のある日本語をこういう面白い小説で身につけてほしい。
クリスマス・キャロル (岩波少年文庫)
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
イラスト:ジョン・リーチ
訳者:脇 明子
出版社:岩波書店
ISBN:4001145510
2006年刊行。あれえ、なんかちょっと違うかな。スクルージのキャラクターに影響されたのか、作者がふざけている部分までえらく攻撃的。そのためにいちばん大切なユーモア成分が減少してしまっているような気がします。ひょっとしたらゴーストストーリーなので怖くしようと思ったのかもしれませんが。
キャラのつかみもいまいちで、ディケンズがあえて単純にわかりやすいステレオタイプなキャラを創っているのに、それが訳文のためにわかりにくくなっている。原文の読み違いがかなりあるのも一因。池さんの仕事とは思えない。忙しかったんでしょうか。過去の訳例はたくさんあったはずなのに、何も参照せずに訳したのかな。
もちろん、池さんらしい秀逸な表現もあるんですが、なんにせよ、お話全体を楽しく読めないという時点で、この作品と訳者の組み合わせは失敗だったのかなと思いました。
クリスマス・キャロル (光文社古典新訳文庫)
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
訳者:池央耿
出版社:光文社
ISBN:4334751156
2007年刊行。過去の訳例を充分に吟味しているので、原文を読み間違えているようなところはほとんどなく、現代の日本人にはわかりにくいと思える部分には説明も充分すぎるくらいに付け加えてあります。説明しすぎてくどいと感じるところもありますが、元のディケンズの文章がそもそもくどいので、原文の雰囲気をそのまま伝えているとも言える。
いちばん参考にしているのは村岡花子訳らしく、村岡訳で変だと思ったところがそのまま使われている部分が少しありましたが、これまで読み比べた中では脇明子訳に次いで納得のいく内容でした。読みやすさという点を考えれば、小学校中学年くらいまでの子どもにはこの本がいちばんいいと思う。それ以上の子どもと大人には脇訳をお勧め。
クリスマス キャロル (新装版) (講談社青い鳥文庫)
原題:A Christmas Carol
作者:チャールズ・ディケンズ
訳者:こだま ともこ
イラスト:杉田比呂美
出版社:講談社
ISBN:4061487949
【その後に刊行されたもの】
『クリスマス・キャロル』井原慶一郎 訳(春秋社)
『『クリスマス・キャロル』前後』梅宮創造 訳(大阪教育図書)
by timeturner
| 2014-12-16 20:30
| 和書
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