2014年 06月 18日
フェルメール 光の王国 |
フェルメールが画布にとらえた“光のつぶだち”に魅せられた生物学者・福岡伸一が、世界各地の美術館が擁する珠玉のフェルメール作品を4年間かけて巡った記録。ANAの機内誌「翼の王国」に掲載されたものをまとめたもの。
さすが機内誌、お金をかけた企画で、ひとつひとつの旅が駆け足でなく、ゆったりしたテンポで進むのがいい。書いているのが美術の専門家ではないので、私たちファンと同じ視点だし、そこに理系の人らしい物の考え方や知識がからんでくるので、一味違う美術紀行になっている。まさかニューヨークで野口英世が出てくるとは思わなかった。夭折した天才数学者ガロアの話(フェルメールとはほとんど関係なかったけど)面白かったし、「地理学者」と「天文学者」のモデルが、顕微鏡の父と呼ばれるアマチュア科学者アントニ・ファン・レーウェンフックで、なおかつ彼が英国王立協会に送った報告書に添えられた観察スケッチの一部はフェルメールの筆ではないかというびっくり仮説も興味深い。「二人の紳士と女」の向こう側にいる男の解釈なんてSF的ですらあっていいなあ。
掲載されているカラー写真はプロの撮影だからとても見やすくてきれいだし、訪ねたことのある土地や美術館をひさしぶりに思い出せたのもうれしかった。ルーヴル美術館を最初に訪れたときに「天文学者」が外部に貸出中だったため、数年後にもう一度訪ねてリベンジしたという経験もまったく同じだったのにはびっくり。
この本で紹介されている美術館の中で行ったことがないのはワシントン、ボストン、ブラウンシュバイクだけかな。ニューヨークのフリック・コレクションで生まれて初めてフェルメールを見て以来、旅先にフェルメールがあれば意識して見てきたけれど、ここまで行っていたとは自覚していなかった。途中でフェルメール人気が沸騰し、日本にもよく来るようになったから、昔のような意気込みはなくなったし。
ワシントンとブラウンシュヴァイクの作品は日本での展覧会で見ているので、現存すると言われるフェルメール作品のうちで見ていないのは福岡氏と同様、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から盗まれてしまった「合奏」と個人蔵の「聖女プラクセデス」だけかもしれない。もっとも、日本の展覧会はとにかく人が多くて会場も狭くて、本当にフェルメールを見たという気にはなれないのですが。福岡氏もこんなことを書いていた。
私が行ったときにはまだ出来ていなかったデルフトのフェルメール・センターには、フェルメール全作品の原寸大の模写を描かれた年代順に展示してあるのだそうで、これは見てみたいなあ。
そうそう、絵の修復に対する考え方が美術館によって違うという話も面白かった。ドレスデンにある「取り持ち女」の黄色や赤が鮮やかなのは年月によって褪せた部分を塗っているからだというのは知らなかった。また、ケンウッドハウスの「ギターを弾く女」は、フェルメールが描いた状態にいちばん近いという話や、ウィーンの「絵画芸術」のモデルがかぶっている月桂樹の冠の色が青いのはこの絵が美術館に戻ってきた時点の状態をそのまま保存するようにしているからだという話も興味深かった。
ところで、ニューヨークのメトロポリタン美術館にフェルメールの『眠る女』を寄贈した富豪ベンジャミン・アルトマンは、デパート経営で財をなした変わり者で、生涯独身、社交を嫌い、美術品蒐集だけが趣味だったというのですが、『ピース』でオリヴィア叔母に求婚していたうちのひとり、百貨店経営者のマカフィーを思い出させます。
フェルメール 光の王国 (翼の王国books)
作者:福岡伸一
写真:小林廉宜
出版社:木楽舎
ISBN:4863240406
さすが機内誌、お金をかけた企画で、ひとつひとつの旅が駆け足でなく、ゆったりしたテンポで進むのがいい。書いているのが美術の専門家ではないので、私たちファンと同じ視点だし、そこに理系の人らしい物の考え方や知識がからんでくるので、一味違う美術紀行になっている。まさかニューヨークで野口英世が出てくるとは思わなかった。夭折した天才数学者ガロアの話(フェルメールとはほとんど関係なかったけど)面白かったし、「地理学者」と「天文学者」のモデルが、顕微鏡の父と呼ばれるアマチュア科学者アントニ・ファン・レーウェンフックで、なおかつ彼が英国王立協会に送った報告書に添えられた観察スケッチの一部はフェルメールの筆ではないかというびっくり仮説も興味深い。「二人の紳士と女」の向こう側にいる男の解釈なんてSF的ですらあっていいなあ。
掲載されているカラー写真はプロの撮影だからとても見やすくてきれいだし、訪ねたことのある土地や美術館をひさしぶりに思い出せたのもうれしかった。ルーヴル美術館を最初に訪れたときに「天文学者」が外部に貸出中だったため、数年後にもう一度訪ねてリベンジしたという経験もまったく同じだったのにはびっくり。
この本で紹介されている美術館の中で行ったことがないのはワシントン、ボストン、ブラウンシュバイクだけかな。ニューヨークのフリック・コレクションで生まれて初めてフェルメールを見て以来、旅先にフェルメールがあれば意識して見てきたけれど、ここまで行っていたとは自覚していなかった。途中でフェルメール人気が沸騰し、日本にもよく来るようになったから、昔のような意気込みはなくなったし。
ワシントンとブラウンシュヴァイクの作品は日本での展覧会で見ているので、現存すると言われるフェルメール作品のうちで見ていないのは福岡氏と同様、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から盗まれてしまった「合奏」と個人蔵の「聖女プラクセデス」だけかもしれない。もっとも、日本の展覧会はとにかく人が多くて会場も狭くて、本当にフェルメールを見たという気にはなれないのですが。福岡氏もこんなことを書いていた。
フェルメールの作品は、それを所蔵する美術館にあえてわざわざ出かけて行ってこそ見たい。そう私は思う。なぜなら、作品は、そこに長い時間置かれることによって、その場所の持つ風土の光や匂いを宿すことになる気がするからだ。謎は謎のまま開かれる。意味づけをそらせつつ、その旋回のエネルギーを少しも失速させることなく次の問いに紡いでいく。そのような動的な何かをこの絵はいつのまにか帯びている。そんな気がするからだ。それはもちろん遠い旅の感傷のようなものかもしれない。けれども旅する理由はそこにこそある。機内誌のために書かれた文だから、遠方までの旅を勧める内容であることは当然だけど、それを差し引いてもうなずけることだし、特に最後の二行には共感した。
私が行ったときにはまだ出来ていなかったデルフトのフェルメール・センターには、フェルメール全作品の原寸大の模写を描かれた年代順に展示してあるのだそうで、これは見てみたいなあ。
そうそう、絵の修復に対する考え方が美術館によって違うという話も面白かった。ドレスデンにある「取り持ち女」の黄色や赤が鮮やかなのは年月によって褪せた部分を塗っているからだというのは知らなかった。また、ケンウッドハウスの「ギターを弾く女」は、フェルメールが描いた状態にいちばん近いという話や、ウィーンの「絵画芸術」のモデルがかぶっている月桂樹の冠の色が青いのはこの絵が美術館に戻ってきた時点の状態をそのまま保存するようにしているからだという話も興味深かった。
ところで、ニューヨークのメトロポリタン美術館にフェルメールの『眠る女』を寄贈した富豪ベンジャミン・アルトマンは、デパート経営で財をなした変わり者で、生涯独身、社交を嫌い、美術品蒐集だけが趣味だったというのですが、『ピース』でオリヴィア叔母に求婚していたうちのひとり、百貨店経営者のマカフィーを思い出させます。
フェルメール 光の王国 (翼の王国books)
作者:福岡伸一
写真:小林廉宜
出版社:木楽舎
ISBN:4863240406
by timeturner
| 2014-06-18 21:03
| 和書
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