2014年 06月 12日
海うそ |
昭和の初め、人文地理学の若き研究者・秋野は、恩師がやり残した研究のフィールド調査を完結させるため、南九州の遅島にやってきて、豊かな自然が残る島に魅せられた。島の若者に案内され、かつて修験者たちが修行に明け暮れ、今は廃墟となった山中を歩きまわった。それから50年後・・・。
ひとりの青年が都会から離れた自然の中を歩き回るという設定は、明治と昭和初期という時代の違いはありますが、『家守綺譚』や『冬虫夏草』の世界に近そうだと、刊行前から楽しみにしていました。さまざまな木や花や鳥や虫やけものの名前や生態が散りばめられるなか、主人公の秋野とともに夏の照りつける太陽のもと、山の中を歩き回っているような気分になってくるところはまさしく梨木節。
でも、それ以外の部分はちょっと違ったかな。思い煩うことなどこの世に何もないという風情でのんきに生きていた綿貫征四郎と違って、秋野は許嫁や両親をたてつづけに亡くし、心の奥に深い闇を抱えています。それが、廃仏毀釈による破壊の跡が残る島を歩いて回り、島の人々の話を聞くうちに色即是空の続きを探す境地に至ります。
なんて書くとなんだか禅問答めいていますが、実際、この小説にはかなり仏教的な話が多く、梨木さんは今これに凝っているのかなという気がしました。だからといって坊さんの話を聞かされているというようなものではありませんが。ただ、調べたり聞いたりして新たに身につけた知識が消化されつくしてはいない感もいささかありました。
カモシカの話、クイナの話、恵人岩の話、良信の話など、心に残る断片がいくつもあるのですが、なぜか全体としてのまとまりにかけるというか、まとめようとして最後に用意した後日談がよけいなものに思えるというか。でも、若い人はあの後日談がなかったら「わけわかんない」と不満に思うのかもしれない。
このあとはネタバレなので隠します。
かつては修験道の霊山があった島が廃仏毀釈によって見る影もなく変わり果てた姿を目にして、若き日の秋野はなんともいえない哀しみを感じます。50年後にレジャーランド化しつつある遅島を目にした老人・秋野もまた、時代が移っても変わらない人間の暴力に絶望しかけますが、そのとき50年ぶりに海うそを見て、「失うことへのいたたまれぬほどの哀惜の思い」が変容していくのを感じ、それを老いの恩寵と呼びます。
小説としての本書にこの後日談が必要だったのかどうかは別にして、この部分は自らも老年への道をたどりつつある作者の心境を吐露しているようで(というか、この後日談全体に作者の心情が顔を覗かせているように思える)、梨木さんよりちょっと(かなり?)お姉さんの私は共感してしまいました。
こうした変化について老いた秋野はこう思います。
海うそ
作者:梨木香歩
出版社:岩波書店
ISBN:4000222279
ひとりの青年が都会から離れた自然の中を歩き回るという設定は、明治と昭和初期という時代の違いはありますが、『家守綺譚』や『冬虫夏草』の世界に近そうだと、刊行前から楽しみにしていました。さまざまな木や花や鳥や虫やけものの名前や生態が散りばめられるなか、主人公の秋野とともに夏の照りつける太陽のもと、山の中を歩き回っているような気分になってくるところはまさしく梨木節。
でも、それ以外の部分はちょっと違ったかな。思い煩うことなどこの世に何もないという風情でのんきに生きていた綿貫征四郎と違って、秋野は許嫁や両親をたてつづけに亡くし、心の奥に深い闇を抱えています。それが、廃仏毀釈による破壊の跡が残る島を歩いて回り、島の人々の話を聞くうちに色即是空の続きを探す境地に至ります。
なんて書くとなんだか禅問答めいていますが、実際、この小説にはかなり仏教的な話が多く、梨木さんは今これに凝っているのかなという気がしました。だからといって坊さんの話を聞かされているというようなものではありませんが。ただ、調べたり聞いたりして新たに身につけた知識が消化されつくしてはいない感もいささかありました。
カモシカの話、クイナの話、恵人岩の話、良信の話など、心に残る断片がいくつもあるのですが、なぜか全体としてのまとまりにかけるというか、まとめようとして最後に用意した後日談がよけいなものに思えるというか。でも、若い人はあの後日談がなかったら「わけわかんない」と不満に思うのかもしれない。
このあとはネタバレなので隠します。
かつては修験道の霊山があった島が廃仏毀釈によって見る影もなく変わり果てた姿を目にして、若き日の秋野はなんともいえない哀しみを感じます。50年後にレジャーランド化しつつある遅島を目にした老人・秋野もまた、時代が移っても変わらない人間の暴力に絶望しかけますが、そのとき50年ぶりに海うそを見て、「失うことへのいたたまれぬほどの哀惜の思い」が変容していくのを感じ、それを老いの恩寵と呼びます。
小説としての本書にこの後日談が必要だったのかどうかは別にして、この部分は自らも老年への道をたどりつつある作者の心境を吐露しているようで(というか、この後日談全体に作者の心情が顔を覗かせているように思える)、梨木さんよりちょっと(かなり?)お姉さんの私は共感してしまいました。
こうした変化について老いた秋野はこう思います。
そして過去に見た紫雲山の、神さびてすらいた姿が、ロープウェーさえ引かれようとする今の姿と、奇岩に覆われていた胎蔵山の謎めいた姿が、削られて威厳など跡形もなくなった今の姿と、まるでそれぞれが最初からひとつのものであったかのように、私のなかで認識されてきたのだった。時間【とき】というものが、凄まじい速さでただ直線的に流れ去るものではなく、あたかも過去も現在も、なべて等しい価値で目の前に並べられ、吟味され得るものであるかのように。喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった。
立体模型図のように、私の遅島は、時間の陰影を重ねて私のなかに新しく存在し始めていた。これは、驚くべきことだった。喪失が、実在の輪郭の片鱗を帯びて輝き始めていた。
海うそ
作者:梨木香歩
出版社:岩波書店
ISBN:4000222279
by timeturner
| 2014-06-12 19:36
| 和書
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