2013年 07月 14日
黒い壁の秘密 |
シェイクスピア劇の名優で舞台監督でもあるサー・アバークロンビー・リューカーは、妻のジョージーと一緒に骨休めに訪れた湖水地方でロッククライミングの途中で転落したと思われる遺体に遭遇した。関係者の些細な嘘を契機に眠っていた探偵の勘が呼び覚まされ、リューカーは被害者が泊まっていたユースホステルに滞在し、自ら問題の崖を登ってみるなどして警察の捜査を手伝うことになった・・・。
リューカーを主人公にしたシリーズは何作もあるようなのですが、日本で翻訳されたのはこれが2冊目で、私が読むのは初めて。なので、登場人物の性格や人間関係を把握するまでにちょっと時間がかかりました。刊行が1952年なのでちょっと昔のイギリスが舞台です。
そもそもなぜシェイクスピア俳優がロッククライミング?と驚いたのですが、解説を読むと作者は年季の入った登山家で、一方、劇場の世界とはなんの関係もないのだとか。それならなぜ俳優を主人公に?と思うのですが、リューカーは俳優としての訓練により、相手のアクセントから出身地を割り出せるし、扮装もお手のもの、大量の台詞を覚える積み重ねから驚異的な記憶力の持ち主と、なるほど俳優であることと探偵であることとは相性がいいのですね。それに、俳優が主人公なら作者の気の向くままにシェイクスピアの台詞を引用できますし。
ただこの引用はねえ。原書で読む人はいいんですよ、英語圏でそれなりの教育を受けた人ならシェイクスピアの有名な台詞にはある程度聞き覚えがあって、それが現代の話にさりげなく、しかもその場の状況にふさわしく使われていれば、思わずにやっとするし、それがわかった自分に自己満足を覚えることができる。そこが楽しいのでしょう。でも、シェイクスピアに馴染みのない日本人は、訳者が一生懸命調べてくれた注を見て、ふーん、これは『リチャード三世』からの引用なのかと知りはしても、だからといって楽しくなるわけじゃない。その差が決定的ですね。
一癖も二癖もありそうな登場人物たち、魔女伝説や消えた名画、そしてこの本の主役である湖水地方の自然の美しさと危険を生き生きと描いていて、イギリス好きなら楽しめます。仕切りたがりの恋人に頭を押さえつけられている哀れな青年テッドの自立も脇筋に用意されていて、ちょっと笑えるエピソードが散りばめられている。
肝心の犯人は半分くらい読んだところで見当がついちゃうんですが、そこからはリューカーがどうやってそれを白日の下にさらすかを楽しみについていきました。この部分にテッドをからめているのは巧い展開。最後の情景がより効いてました。
山登りにまったく興味がない私には登山についての細部にわたる説明がめんどくさく感じるときもありましたが、アウトドア派、湖水地方ファンだったら素直に楽しめるでしょう。
あ、でも、ひとつだけ腑に落ちない部分があって、リューカーの言葉に「パブで検死審問とは前代未聞の椿事だが」というのがあるんですよ。イギリスの小村の検死審問をパブ以外のどこでやるんだ?と思ってしまったのですが、それってクリスティの時代の話で、1950年代にはもうやってなかったのかな。でも、けっこう年をくってるリューカーが知らないわけはないですよね。
黒い壁の秘密 (創元推理文庫)
原題:The Youth Hostel Murders
作者:グリン・カー
訳者:堀内瑛司
出版社:東京創元社
ISBN:4488294065
リューカーを主人公にしたシリーズは何作もあるようなのですが、日本で翻訳されたのはこれが2冊目で、私が読むのは初めて。なので、登場人物の性格や人間関係を把握するまでにちょっと時間がかかりました。刊行が1952年なのでちょっと昔のイギリスが舞台です。
そもそもなぜシェイクスピア俳優がロッククライミング?と驚いたのですが、解説を読むと作者は年季の入った登山家で、一方、劇場の世界とはなんの関係もないのだとか。それならなぜ俳優を主人公に?と思うのですが、リューカーは俳優としての訓練により、相手のアクセントから出身地を割り出せるし、扮装もお手のもの、大量の台詞を覚える積み重ねから驚異的な記憶力の持ち主と、なるほど俳優であることと探偵であることとは相性がいいのですね。それに、俳優が主人公なら作者の気の向くままにシェイクスピアの台詞を引用できますし。
ただこの引用はねえ。原書で読む人はいいんですよ、英語圏でそれなりの教育を受けた人ならシェイクスピアの有名な台詞にはある程度聞き覚えがあって、それが現代の話にさりげなく、しかもその場の状況にふさわしく使われていれば、思わずにやっとするし、それがわかった自分に自己満足を覚えることができる。そこが楽しいのでしょう。でも、シェイクスピアに馴染みのない日本人は、訳者が一生懸命調べてくれた注を見て、ふーん、これは『リチャード三世』からの引用なのかと知りはしても、だからといって楽しくなるわけじゃない。その差が決定的ですね。
一癖も二癖もありそうな登場人物たち、魔女伝説や消えた名画、そしてこの本の主役である湖水地方の自然の美しさと危険を生き生きと描いていて、イギリス好きなら楽しめます。仕切りたがりの恋人に頭を押さえつけられている哀れな青年テッドの自立も脇筋に用意されていて、ちょっと笑えるエピソードが散りばめられている。
肝心の犯人は半分くらい読んだところで見当がついちゃうんですが、そこからはリューカーがどうやってそれを白日の下にさらすかを楽しみについていきました。この部分にテッドをからめているのは巧い展開。最後の情景がより効いてました。
山登りにまったく興味がない私には登山についての細部にわたる説明がめんどくさく感じるときもありましたが、アウトドア派、湖水地方ファンだったら素直に楽しめるでしょう。
あ、でも、ひとつだけ腑に落ちない部分があって、リューカーの言葉に「パブで検死審問とは前代未聞の椿事だが」というのがあるんですよ。イギリスの小村の検死審問をパブ以外のどこでやるんだ?と思ってしまったのですが、それってクリスティの時代の話で、1950年代にはもうやってなかったのかな。でも、けっこう年をくってるリューカーが知らないわけはないですよね。
黒い壁の秘密 (創元推理文庫)
原題:The Youth Hostel Murders
作者:グリン・カー
訳者:堀内瑛司
出版社:東京創元社
ISBN:4488294065
by timeturner
| 2013-07-14 16:29
| 和書
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