2013年 07月 04日
英国鉄道文学傑作選 |
鉄っちゃん英文学者の小池滋さんが編んだ鉄道文学アンソロジー。この前読んだ『世界鉄道推理傑作選1・2』は、書名通り推理小説だけを集めていましたが、こちらは純文学系。
まあ、とはいってもディケンズの「信号手」がこっちにも入ってますけどね。まあ、ディケンズの代表的な作品ですから抜かすわけにはいかなかったのでしょう。
3部構成のような形になっていて、最初の2編は自伝的なエッセイ、中間が短編小説、後半は詩です。そう、鉄道の詩なんてのもあるんですよ。さすがかつての鉄道王国イギリス。もっともすべてが鉄道讃歌というわけではなく、ワーズワースのように自然破壊の手先として鉄道を眼の仇にしていた詩人は真っ向から反感をぶつけています。でも、そう言いながら自分では鉄道の株を買っていたらしいから、なんだかなあという気もします。
小説の部の「おやすみ、かわいいデイジー」は読んでて恥くずかしくなっちゃうくらい感傷的でありきたりな内容なんですが、でも、なぜか読み心地が爽やかでじーんときちゃうんですよねえ。こういう一途さって鉄道ならではという気がする。バスやタクシーではこうは行かない。レールの上を走る乗り物とそうじゃないものとの違いでしょうか?
ロレンスのは鉄道で働く人々を描いたパワーゲーム的な内容で、男性が読むと怖くて身の毛がよだつんじゃないでしょうか。この人の小説っていつでも登場人物のあいだでリーダーシップの奪い合い(というかどっちがボスか)をしてるようで、少し息が詰まります。でも、面白かったし、初めのほうに登場する鉄道と乗務員、乗客の描写はとても生き生きとしています。
ジュリアン・バーンズのは、これが載ってる連作短編集『Cross Channel』を買ったまま読んでいなかったことを思い出しました。最終章が収録されているのだそうですが、これが結末なら読まなくてもいいかなあ、なんて思ったりして。でも、フランス好きのイギリス人として、旅について考える部分では自分のイギリス好きと近いものを感じて「おお、なるほど」と感心することも。ジュリアン・バーンズの本って、けっこうそういうことが多い気がする。
名物猫を乗せた寝台列車(T.S.エリオット)や夜行郵便列車、急行列車、各駅停車、ロンドンの地下鉄など、いろいろな列車の運行状況がうかがえる内容のものもあります。翻訳も素晴らしい。
いちばん気に入ったのは、39歳で戦死したエドワード・トマスの短い詩「アドルストロップ」。ジョージ王朝時代の詩人でWar Poet(戦争詩人)と呼ばれたそうです。
英国鉄道文学傑作選 (ちくま文庫)
編訳:小池 滋
出版社:筑摩書房
ISBN:4480035249
まあ、とはいってもディケンズの「信号手」がこっちにも入ってますけどね。まあ、ディケンズの代表的な作品ですから抜かすわけにはいかなかったのでしょう。
3部構成のような形になっていて、最初の2編は自伝的なエッセイ、中間が短編小説、後半は詩です。そう、鉄道の詩なんてのもあるんですよ。さすがかつての鉄道王国イギリス。もっともすべてが鉄道讃歌というわけではなく、ワーズワースのように自然破壊の手先として鉄道を眼の仇にしていた詩人は真っ向から反感をぶつけています。でも、そう言いながら自分では鉄道の株を買っていたらしいから、なんだかなあという気もします。
自伝的エッセイエッセイはどちらも鉄度100%で、鉄道用語のオンパレード。マニアでない人にはいまいち入り込めない感じがします。それでも、鉄道ジャーナリストだというC・ハミルトン・エリスの子ども時代の鉄道旅行の思い出にはうっとりするような風景がたくさん出てきて、今でもこういう風景が残っているのならイギリスを鉄道で回るのもいいなあと思わせます。
汽車ごっこ The Railway Game/クリフォード・ダイメント(小池 滋訳)
わたしが愛した列車 The Train We Loved/C・ハミルトン・エリス(小池 滋訳)
小説
信号手 The Signalman/チャールズ・ディケンズ(小池 滋訳)
乗車券を拝見 Tickets, Please/D・H・ロレンス(上田和夫訳)
おやすみ、かわいいデイジー Good Night, Old Daisy/ジョン・ウエイン(小池 滋訳)
海峡トンネル Tunnel/ジュリアン・バーンズ(中野康司訳)
詩
汽船、高架橋、鉄道 Steamboats, Viaducts, and Railways/ウイリアム・ワーズワース(沢崎順之助訳)
ケンドル・ウィンダミア間鉄道の計画を聞いて On the Projected Kendal and Windermere(沢崎順之助訳)Railway/ウイリアム・ワーズワース(沢崎順之助訳)
山よ、なんじらには誇りがあった… Proud Were Ye, Mountains.../ウイリアム・ワーズワース(沢崎順之助訳)
グレイト・ウェスタン鉄道の夜汽車 Midnight on the Great Western/トマス・ハーディ (沢崎順之助訳)
汽車の窓から From a Railway Carriage/ロバート・ルイス・スティーヴンスン(沢崎順之助訳)
夜汽車行 The Night Journey/ルーパート・ブルック(沢崎順之助訳)
地下鉄で In the Tube/リチャード・オールディントン(沢崎順之助訳)
アドルストロップ Adlestrop/エドワード・トマス(沢崎順之助訳)
リヴァプール・ストリート駅 Liverpool Street Station/ジョン・デイヴィッドスン(沢崎順之助訳)
ユーストン駅で At Euston Station/キャサリン・タイナン(沢崎順之助訳)
鉄道猫スキンブルシャンクス Skimbleshanks: the Railway Cat/T・S・エリオット(池田雅之訳)
夜行郵便列車 Night Train/W・H・オーデン(沢崎順之助訳)
急行列車 The Express/スティーヴン・スペンダー(安藤一郎訳)
聖霊降臨日の結婚式 The Whitsun Weddings/フィリップ・ラーキン(沢崎順之助訳)
小説の部の「おやすみ、かわいいデイジー」は読んでて恥くずかしくなっちゃうくらい感傷的でありきたりな内容なんですが、でも、なぜか読み心地が爽やかでじーんときちゃうんですよねえ。こういう一途さって鉄道ならではという気がする。バスやタクシーではこうは行かない。レールの上を走る乗り物とそうじゃないものとの違いでしょうか?
ロレンスのは鉄道で働く人々を描いたパワーゲーム的な内容で、男性が読むと怖くて身の毛がよだつんじゃないでしょうか。この人の小説っていつでも登場人物のあいだでリーダーシップの奪い合い(というかどっちがボスか)をしてるようで、少し息が詰まります。でも、面白かったし、初めのほうに登場する鉄道と乗務員、乗客の描写はとても生き生きとしています。
ジュリアン・バーンズのは、これが載ってる連作短編集『Cross Channel』を買ったまま読んでいなかったことを思い出しました。最終章が収録されているのだそうですが、これが結末なら読まなくてもいいかなあ、なんて思ったりして。でも、フランス好きのイギリス人として、旅について考える部分では自分のイギリス好きと近いものを感じて「おお、なるほど」と感心することも。ジュリアン・バーンズの本って、けっこうそういうことが多い気がする。
彼のフランス観は感傷的だとしばしば非難されてきた。もし感傷という罪で告発されたら、彼はすぐに自分の罪を認め、外国は感傷に浸るためにあるのだと言って減刑を主張するだろう。自分の国を理想主義的に眺めるのは健全ではない。すこしでも明晰な頭を持っていれば、すぐに幻滅が待っているからだ。だからこそ外国は、自分の国では味わえない理想主義を提供するために存在するのだ。外国とはつまり、理想の田園生活を歌った牧歌のようなものなのだ。で、詩です。正直言ってなんの期待もしていなくて、適当に流しちゃえばいいやなんて思ってたんですが、これが意外によかった。初めのほうに書いたワーズワースのように鉄道による自然破壊に警告を発するようなのもありますが、それ以外にもスピードの魅力、窓外を飛びすぎていく田園風景、乗客や乗員の人生のドラマなどなど、さまざまな切り口があるんですね。とても興味深かったです。
名物猫を乗せた寝台列車(T.S.エリオット)や夜行郵便列車、急行列車、各駅停車、ロンドンの地下鉄など、いろいろな列車の運行状況がうかがえる内容のものもあります。翻訳も素晴らしい。
いちばん気に入ったのは、39歳で戦死したエドワード・トマスの短い詩「アドルストロップ」。ジョージ王朝時代の詩人でWar Poet(戦争詩人)と呼ばれたそうです。
アドルストロップ
そう、覚えている、アドルストロップ、という
駅の名前を。ある暑い日の午後
乗っていた急行列車がふとその駅に
停まったからだ。六月の末のことだった。
しゅっと蒸気の音。だれかが咳ばらいをした。
がらんとしたプラットフォームは
来る人も去る人もなかった。見たのはただ
アドルストロップ、という駅の名前と、
ヤナギの木と、ヤナギランと、牧草と、
シモツケソウと、乾いた干草の山だった。
それが空に浮かんだちぎれ雲と同様
動かず、ひっそりとして美しかった。
そして停車していた一分間、近くで
クロドリが一羽鳴いていた。その周りを
遠くへ遠くへ霞んで、オクスフォード州、
グロスター州のすべての小鳥が鳴いていた。
英国鉄道文学傑作選 (ちくま文庫)
編訳:小池 滋
出版社:筑摩書房
ISBN:4480035249
by timeturner
| 2013-07-04 20:13
| 和書
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