2013年 03月 22日
To Love and Be Wise |
人気作家ラヴィニアの新刊記念パーティに現れた、天使とみまごうばかりに美しい青年レスリー・シャールは、ラヴィニアの甥でラジオの人気パーソナリティであるウォルターを訪ねてきたアメリカ人の有名写真家だった。ラヴィニアはサルコット・セント・メアリー村にある自分や甥が住む屋敷に青年を招き、やがてシャールはウォルターと一緒に本を作ることになって、ふたりはカヌーで川をくだる旅に出た。だが、その旅の途中でシャールが行方不明になって・・・。
『列のなかの男』、『ロウソクのために一シリングを』に続くグラント警部物第3作です。
ちょっと変ったミステリーでした。どこが変っているのか書いてしまうとネタバレになってしまうので書けないのがつらいところですが、『時の娘』といい、ジョセフィン・テイという人はありきたりのミステリーにはあきたらなかったようですね。
本格ミステリー好みの人は気に入らないかもしれませんが、私はおおいに楽しみました。とにかく登場人物ひとりひとりの性格描写が秀逸。小さな村の生活とロンドンとの対比も鮮やかですし、なによりもグラントとマータの出番が多くて、このふたりの人となりが実によくわかるのがファンとしては楽しい。
そのほかウィリアムズ巡査部長や上司のブライスといった常連はもちろん、『時の娘』でグラントの枕元に積み上げてあった本の著者たちも出てくるし、なんと、グラントがマンホールに落っこちるきっかけとなった犯罪者ベニー・スコールまで出てくるんです。『時の娘』を単体で読んでも充分面白いけれど、やはり発表順に読んできてあれに到達したのだとしたら、より楽しめることは確実。まだジョセフィン・テイを一冊も読んでいない方はぜひそのように。
ところでこの作品、ハヤカワ・ポケット・ミステリから『美の秘密』というタイトルで翻訳が出ているのですが、初版刊行が1954年というのを考慮に入れたとしても、これほどひどい翻訳はこれまでお目にかかったことがないというくらいの出来。なんてったって意味不明な文章が次から次へと出てくるんですから。これじゃあ謎ときなんてできっこないと、途中であきらめて原書で読みました。
専門の翻訳者がまだ少ない時代だから仕方がないのかもしれませんが、原書を読んで気づいたのは、わけのわからない文章はひとえに訳者の力不足、努力不足からきたものだということ。中学・高校生でも読める程度の英文が理解できず、それを想像力で補って原文とは違うものに書き換えている部分が多い。それならそれでちゃんと辻褄が合うように書き換えればいいものを、行き当たりばったりでやるものだから、わけがわからなくなってしまうんですよね。ところどころ日本語も変。
こういうものをそのまま通す編集者の罪も大きいと思うな。復刊希望読者アンケート2位ということで2003年に復刊したときが改訳のチャンスだったのに、1954年刊行時のまま出したらしく現在は絶版状態です。ジョセフィン・テイに対して実に申し訳ないことだと思う。
以下に自分用のメモ書きとして訳文と原文を少しだけ引用。(単に私の勘違いで、この訳で正しいじゃないかという場合はご教示いただけるとありがたいです)
マータは二人がなかなか来ないのをみて、すでに席をたち戸口のところで待っていた。
Marta, being the more ruthless of the two, did the double distance in half the time and was waiting for him in the doorway.
「それはね、彼の求めるやり方が嫌いですの。エーゲ島(原文ママ)の丘で、弾丸が耳をびゅうびゅうかすめるのに、たちじゃこう草をもとめているような時には、殊にいけません――きっと彼は弾丸の音をきかせますが、実は鞭をびゅうびゅう鳴らしているのかも知れませんものね――」
「マータ、驚いたことをいいますね」
「いいえ、なんでもない、あたりまえの事です。あなただっておわかりでしょう。私たちみんなが射殺されようというような時、地下五十哭の安全な蒸暑い場所へかくれて、のほほんとしている。そして、もう一度、無類の危険にさらされるとなると、小さい安全な場所からのこのこ出て来て、たちじゃこう草の香りしげった丘のうえにマイクロフォンを手にして座りこみ、弾丸の音を出すといった具合です」
「そんな目にあなたがあったら、私はあなたを保釈してあげましょう」
「殺人の?」
「いいえ、犯罪の告訴から」
「じゃ、保釈の必要などあって? あなたがちょうど呼出されたりするのは、紳士にふさわしいことの様ですわ」
グラントはマータの無知というものが、いかに端倪ならざるものかと思った。
'My dear, I hate the way he _yearns_. It was bad enough when he was yearning over the thyme on an Aegean hillside with the bullets zipping past his ears--he never failed to let us hear the bullets: I always suspected that he did it by cracking a whip----'
'Marta, you shock me.'
'I don't, my dear; not one little bit. You know as well as I do. When we were _all_ being shot at, Walter took care that he was safe in a nice fuggy office fifty feet underground. Then when it was once more unique to be in danger, up comes Walter from his little safe office and sits himself on a thymey hillside with a microphone and a whip to make bullet noises with.'
'I see that I shall have to bail you out, one of these days.'
'Homicide?'
'No; criminal libel.'
'Do you need bail for that? I thought it was one of those nice gentlemanly things that you are just summonsed for.'
Grant thought how independable Malta's ignorances were.
To Love and Be Wise
邦題:美の秘密
作者:Josephine Tey
出版社:Kindle版
『列のなかの男』、『ロウソクのために一シリングを』に続くグラント警部物第3作です。
ちょっと変ったミステリーでした。どこが変っているのか書いてしまうとネタバレになってしまうので書けないのがつらいところですが、『時の娘』といい、ジョセフィン・テイという人はありきたりのミステリーにはあきたらなかったようですね。
本格ミステリー好みの人は気に入らないかもしれませんが、私はおおいに楽しみました。とにかく登場人物ひとりひとりの性格描写が秀逸。小さな村の生活とロンドンとの対比も鮮やかですし、なによりもグラントとマータの出番が多くて、このふたりの人となりが実によくわかるのがファンとしては楽しい。
そのほかウィリアムズ巡査部長や上司のブライスといった常連はもちろん、『時の娘』でグラントの枕元に積み上げてあった本の著者たちも出てくるし、なんと、グラントがマンホールに落っこちるきっかけとなった犯罪者ベニー・スコールまで出てくるんです。『時の娘』を単体で読んでも充分面白いけれど、やはり発表順に読んできてあれに到達したのだとしたら、より楽しめることは確実。まだジョセフィン・テイを一冊も読んでいない方はぜひそのように。
ところでこの作品、ハヤカワ・ポケット・ミステリから『美の秘密』というタイトルで翻訳が出ているのですが、初版刊行が1954年というのを考慮に入れたとしても、これほどひどい翻訳はこれまでお目にかかったことがないというくらいの出来。なんてったって意味不明な文章が次から次へと出てくるんですから。これじゃあ謎ときなんてできっこないと、途中であきらめて原書で読みました。
専門の翻訳者がまだ少ない時代だから仕方がないのかもしれませんが、原書を読んで気づいたのは、わけのわからない文章はひとえに訳者の力不足、努力不足からきたものだということ。中学・高校生でも読める程度の英文が理解できず、それを想像力で補って原文とは違うものに書き換えている部分が多い。それならそれでちゃんと辻褄が合うように書き換えればいいものを、行き当たりばったりでやるものだから、わけがわからなくなってしまうんですよね。ところどころ日本語も変。
こういうものをそのまま通す編集者の罪も大きいと思うな。復刊希望読者アンケート2位ということで2003年に復刊したときが改訳のチャンスだったのに、1954年刊行時のまま出したらしく現在は絶版状態です。ジョセフィン・テイに対して実に申し訳ないことだと思う。
以下に自分用のメモ書きとして訳文と原文を少しだけ引用。(単に私の勘違いで、この訳で正しいじゃないかという場合はご教示いただけるとありがたいです)
マータは二人がなかなか来ないのをみて、すでに席をたち戸口のところで待っていた。
Marta, being the more ruthless of the two, did the double distance in half the time and was waiting for him in the doorway.
「それはね、彼の求めるやり方が嫌いですの。エーゲ島(原文ママ)の丘で、弾丸が耳をびゅうびゅうかすめるのに、たちじゃこう草をもとめているような時には、殊にいけません――きっと彼は弾丸の音をきかせますが、実は鞭をびゅうびゅう鳴らしているのかも知れませんものね――」
「マータ、驚いたことをいいますね」
「いいえ、なんでもない、あたりまえの事です。あなただっておわかりでしょう。私たちみんなが射殺されようというような時、地下五十哭の安全な蒸暑い場所へかくれて、のほほんとしている。そして、もう一度、無類の危険にさらされるとなると、小さい安全な場所からのこのこ出て来て、たちじゃこう草の香りしげった丘のうえにマイクロフォンを手にして座りこみ、弾丸の音を出すといった具合です」
「そんな目にあなたがあったら、私はあなたを保釈してあげましょう」
「殺人の?」
「いいえ、犯罪の告訴から」
「じゃ、保釈の必要などあって? あなたがちょうど呼出されたりするのは、紳士にふさわしいことの様ですわ」
グラントはマータの無知というものが、いかに端倪ならざるものかと思った。
'My dear, I hate the way he _yearns_. It was bad enough when he was yearning over the thyme on an Aegean hillside with the bullets zipping past his ears--he never failed to let us hear the bullets: I always suspected that he did it by cracking a whip----'
'Marta, you shock me.'
'I don't, my dear; not one little bit. You know as well as I do. When we were _all_ being shot at, Walter took care that he was safe in a nice fuggy office fifty feet underground. Then when it was once more unique to be in danger, up comes Walter from his little safe office and sits himself on a thymey hillside with a microphone and a whip to make bullet noises with.'
'I see that I shall have to bail you out, one of these days.'
'Homicide?'
'No; criminal libel.'
'Do you need bail for that? I thought it was one of those nice gentlemanly things that you are just summonsed for.'
Grant thought how independable Malta's ignorances were.
To Love and Be Wise
邦題:美の秘密
作者:Josephine Tey
出版社:Kindle版
by timeturner
| 2013-03-22 21:35
| 洋書
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