2012年 07月 23日
アルゼンチン短篇集 |
20世紀のアルゼンチンを代表する作家たちの作品から、ボルヘスが選んだ幻想的で奇妙な短編9編。
「サルとは何らかの理由で話すことをやめてしまったヒトである」と信じるようになり、飼い猿に言葉を教えることにとり憑かれた科学者の物語「イスール」で始まっているのは、まさに絶妙の配慮だと思えます。ポーとウェルズの影響を指摘した批評家もいたそうですが、科学と幻想の結びつきは確かにそのとおりなんだけど、それを超えた哀しい詩情のようなものを感じます。
小さな村の屋敷の庭からスプリンクラーが消えたことから始まる「宇宙人」騒動を描く「烏賊はおのれの墨を選ぶ」、《二度あることは三度ある》という諺をまったく別の視点から見直した鉄道馬車の御者の災難を描く「運命の神さまはどじなお方」、残された大きな屋敷にひっそり暮らし、老いてゆく兄と妹が遭遇した恐怖「占拠された家」。前半の中ではコルタサルの短い作品が私にはいちばん印象的でした。超常現象も暴力的な事件も起こらないのに怖い。民族的あるいは人間というものにつきものの寓話と読み取っても怖いし、ごくふつうの怪奇小説と考えても怖い。巧い人だなあと思う。
冒頭にあるボルヘスの序文を読んだときにかなり不安を感じたのですが(何を言ってるのかわからない部分がずいぶんある)、予感的中で、なんとも読みにくく消化不良の感がある翻訳でした。こういう幻想的な物語は文章がすらすらと頭の中に入ってこないと、物語の中にすんなり入っていけない。いい作品ばかりなだけにとても残念です。
アルゼンチン短篇集
原題:Racconti Argentini
編纂:J・L・ボルヘス
訳者:内田吉彦
出版社:国書刊行会
ISBN:4336025754
「サルとは何らかの理由で話すことをやめてしまったヒトである」と信じるようになり、飼い猿に言葉を教えることにとり憑かれた科学者の物語「イスール」で始まっているのは、まさに絶妙の配慮だと思えます。ポーとウェルズの影響を指摘した批評家もいたそうですが、科学と幻想の結びつきは確かにそのとおりなんだけど、それを超えた哀しい詩情のようなものを感じます。
小さな村の屋敷の庭からスプリンクラーが消えたことから始まる「宇宙人」騒動を描く「烏賊はおのれの墨を選ぶ」、《二度あることは三度ある》という諺をまったく別の視点から見直した鉄道馬車の御者の災難を描く「運命の神さまはどじなお方」、残された大きな屋敷にひっそり暮らし、老いてゆく兄と妹が遭遇した恐怖「占拠された家」。前半の中ではコルタサルの短い作品が私にはいちばん印象的でした。超常現象も暴力的な事件も起こらないのに怖い。民族的あるいは人間というものにつきものの寓話と読み取っても怖いし、ごくふつうの怪奇小説と考えても怖い。巧い人だなあと思う。
イスール Yzur/レポルド・ルゴーレス「駅馬車」はこの短編集の中ではいちばん正統派のゴースト・ストーリー。老婆が自分のしたことを回想するあたりでオチがわかってしまうのだけれど、詩のような文体と凝った構文でそこから目をそらさせる工夫がされていると思う。「物」と「チェスの師匠」も最後にあっと言わせるたぐいの話ですが、いまいち衝撃は薄かったかな。でも、「物」の静かで淡々とした語り口は好き。「わが身にほんとうに起こったこと」は最近読んだエイクマンを思わせる読後感でした。どうなるんだ?と思いながら読んでいるとどうもならずに終わってしまうという。それでも途中経過は面白いからいいんだけどね。「選ばれし人」は聖書に題材をとった話で、途中で主人公が誰かわかってしまうとちょっと興がそがれる。
烏賊はおのれの墨を選ぶ El calamaropta por su tinta/アドルフォ・ビオイ=カサレス
運命の神さまはどじなお方 El Destino es chambon/アルトゥーロ・カンセーラ&ピラール・デ・ルサレータ
占拠された家 Casa tomada/フリオ・コルタサル
駅馬車 La galera/マヌエル・ムヒカ=ライオス
物 Los objetos/シルビーナ・オカンポ
チェスの師匠 El profesor de ajedrez/フェデリコ・ペルツァー
わが身にほんとうに起こったこと Pudo haberme ocurrido/マヌエル・ペイロウ
選ばれし人 El elegido/マリア・エステル・バスケス
冒頭にあるボルヘスの序文を読んだときにかなり不安を感じたのですが(何を言ってるのかわからない部分がずいぶんある)、予感的中で、なんとも読みにくく消化不良の感がある翻訳でした。こういう幻想的な物語は文章がすらすらと頭の中に入ってこないと、物語の中にすんなり入っていけない。いい作品ばかりなだけにとても残念です。
アルゼンチン短篇集
原題:Racconti Argentini
編纂:J・L・ボルヘス
訳者:内田吉彦
出版社:国書刊行会
ISBN:4336025754
by timeturner
| 2012-07-23 21:13
| 和書
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