2012年 03月 07日
A Visit to The Bazaar |
19世紀初頭のロンドン、ソーホー広場にThe Bazaarという施設が誕生しました。ひとつの大きな建物の中でさまざまな品物を商う市場のような場所ですが、ふつうの商業施設ではなく「女性を力づけ国内産業を促進するため、ナポレオン戦争で未亡人となった女性たちに低リスクで商売を始める機会を与える」ために設立されたもの。借り手は使用料さえ払えば、光熱費や税金の負担なしで幅約30センチあたり1日3ペンスでカウンターを借りられますが、借りるためには人格や品性が卑しくないことが認められなくてはなりません。ということは、ここでならジェントルマン階級の女性も蔑まれることなく商売をすることができたというわけ。
この本はジェントルマン階級と思われるダーンフォード夫妻が、4人の子供(家にまだ2人いる)を連れてこのバザールを訪れ、この中に入っているさまざまな店を読者に紹介するという形になっています。また、それぞれの店で扱っている品物について親子で質問形式の会話が行われ、読者は読んでいるうちにこうした知識を身につけられるという教育目的の本にもなっているよう。
前にいろいろ読んだガヴァネスに関する本の中で、かつてのガヴァネスたちは子供を教えるための体系だった教育を受けていなかったため、知識の断片、トリヴィアのようなものをただひたすらに暗記するだけの無意味な教育を行っていたとありました。また、そのためのアンチョコのような本もあったと。思うにこの本なんてそうしたもののひとつだったんじゃないでしょうか。
ここで交わされている会話は、現代人の感覚からすると「そんなこと子供に覚えさせてどうする?」といったものも多く、また特に科学の分野に関してはとんでもなく時代遅れのものが多いです。たとえば
バザールに入っている店は宝石、おもちゃ、お菓子、楽器、楽譜、帽子、レース、めがね、傘、かご、造花、小鳥、陶器、靴、温室植物、薬、版画、手芸品、食料品、毛皮、婦人服、ブラシ、本、時計、果物、靴下、彫刻と種々様々。こうしたものから当時の生活を思い描くのも楽しい。中にはwork trunkのように今では使われていなくて、一体どういうところで使うんだろう?と思うようなものもあります。またhair merchantという人間の髪を使ったカツラだけでなくクッションに詰めたりする馬の毛まで扱っている店もある。
この本が刊行されたのは1818年で、ジェイン・オースティンが暮らしていた摂政時代にあたりますが、当時のジェントルマン階級の人々の考え方が実によくわかります。父親が息子とマスケット銃が最初に発明されたときの話をしていて、途中で「こういった戦争の話は女性の神経にはふさわしくない話題だからもっとあたりさわりのない話をしようじゃないか」と言うのなんて、いかにもです。年配の女性が若作りな帽子や服を買っているのを見て軽蔑を隠さない父親の姿も。
この時代には造花が馬鹿にされることなく好まれていたというのは意外な発見でした。そういえばオースティンがバースの店できれいな造花をみつけたと書いている手紙があったかも。こういう市場で銃が売られているというのにもびっくり。毛皮屋があるというのも時代を感じさせますが、そこでダーンフォードの娘が説明する毛皮の種類の中に猫や犬があったのはなかなかショッキング。マフの縁取りや靴の飾りにしたようです。ウールの靴下は労働者階級のもので(ただしお年寄りや病人、体の弱い人は階級に関係なくウールの靴下を履いた)、ジェントルマン階級は絹や木綿の靴下だったというのも初耳。
銅版画に手彩色の点刻版画が32枚入っていて、店の様子がよくわかるのもうれしい。work trunkというのはどうやら色々な目的別に作られた道具入れのようです。旅行のときに持ち運べるようにかな。
1818年に刊行された本を元の形で昭和54年に復刻したもので、奥付に小さな文字で出版社の名前と刊行年月日が日本語で記載されているほかは完全に元のままです。表紙にあるのはこの本を刊行したJ. Harrisという出版社兼書店の絵で、St. Paul's Church-Yardのコーナーにあり、バザール内に支店のようなものもあったらしい。Booksellerの項でしっかり宣伝もしています。
オズボーン・コレクションはトロント公共図書館「少年少女の家」が所蔵する絵本や児童文学のコレクションで、草創記から20世紀にいたる古典的な図書を世界中から集めているそうです。1万5千点以上もの尨大なコレクションの中から、特にイギリスの18世紀から19世紀末までの古典的絵本を中心に選んで、内容や絵の色調はもとより、判型、装幀にいたるまでを完全に再現し復刻したのがほるぷ社の「復刻 世界の絵本館 オズボーン・コレクション」だそうで、絵本界のマニア向けですね。
挿絵があるとはいえ文字だけのページのほうが多く、しかもかなり難しいことも書かれているので、これが外国語絵本のコーナーにあるのは疑問です。私はたまたま『ちいさいおうち』の原書を探していてそのコーナーに行ってみたのですが、ふつうに絵本を探してくる親子連れはこんなの読まないでしょう。で、こういうのに興味をもつ人たちは絵本のコーナーには行かない。
作者:表記なし(The author of The Little Warbler of The Cottage; Juliet, or The Reward of Filial Affection)
出版社:ほるぷ出版(復刻 世界の絵本館 オズボーン・コレクション)
ISBN:なし
この本はジェントルマン階級と思われるダーンフォード夫妻が、4人の子供(家にまだ2人いる)を連れてこのバザールを訪れ、この中に入っているさまざまな店を読者に紹介するという形になっています。また、それぞれの店で扱っている品物について親子で質問形式の会話が行われ、読者は読んでいるうちにこうした知識を身につけられるという教育目的の本にもなっているよう。
前にいろいろ読んだガヴァネスに関する本の中で、かつてのガヴァネスたちは子供を教えるための体系だった教育を受けていなかったため、知識の断片、トリヴィアのようなものをただひたすらに暗記するだけの無意味な教育を行っていたとありました。また、そのためのアンチョコのような本もあったと。思うにこの本なんてそうしたもののひとつだったんじゃないでしょうか。
ここで交わされている会話は、現代人の感覚からすると「そんなこと子供に覚えさせてどうする?」といったものも多く、また特に科学の分野に関してはとんでもなく時代遅れのものが多いです。たとえば
息子「金属は何種類あるのか言いましょうか、お父さん?」えっ?みたいな。
父「言ってごらん」
息子「6種類です。金、銀、銅、錫、鉛、それに鉄」
父「よくできたね」
バザールに入っている店は宝石、おもちゃ、お菓子、楽器、楽譜、帽子、レース、めがね、傘、かご、造花、小鳥、陶器、靴、温室植物、薬、版画、手芸品、食料品、毛皮、婦人服、ブラシ、本、時計、果物、靴下、彫刻と種々様々。こうしたものから当時の生活を思い描くのも楽しい。中にはwork trunkのように今では使われていなくて、一体どういうところで使うんだろう?と思うようなものもあります。またhair merchantという人間の髪を使ったカツラだけでなくクッションに詰めたりする馬の毛まで扱っている店もある。
この本が刊行されたのは1818年で、ジェイン・オースティンが暮らしていた摂政時代にあたりますが、当時のジェントルマン階級の人々の考え方が実によくわかります。父親が息子とマスケット銃が最初に発明されたときの話をしていて、途中で「こういった戦争の話は女性の神経にはふさわしくない話題だからもっとあたりさわりのない話をしようじゃないか」と言うのなんて、いかにもです。年配の女性が若作りな帽子や服を買っているのを見て軽蔑を隠さない父親の姿も。
この時代には造花が馬鹿にされることなく好まれていたというのは意外な発見でした。そういえばオースティンがバースの店できれいな造花をみつけたと書いている手紙があったかも。こういう市場で銃が売られているというのにもびっくり。毛皮屋があるというのも時代を感じさせますが、そこでダーンフォードの娘が説明する毛皮の種類の中に猫や犬があったのはなかなかショッキング。マフの縁取りや靴の飾りにしたようです。ウールの靴下は労働者階級のもので(ただしお年寄りや病人、体の弱い人は階級に関係なくウールの靴下を履いた)、ジェントルマン階級は絹や木綿の靴下だったというのも初耳。
銅版画に手彩色の点刻版画が32枚入っていて、店の様子がよくわかるのもうれしい。work trunkというのはどうやら色々な目的別に作られた道具入れのようです。旅行のときに持ち運べるようにかな。
1818年に刊行された本を元の形で昭和54年に復刻したもので、奥付に小さな文字で出版社の名前と刊行年月日が日本語で記載されているほかは完全に元のままです。表紙にあるのはこの本を刊行したJ. Harrisという出版社兼書店の絵で、St. Paul's Church-Yardのコーナーにあり、バザール内に支店のようなものもあったらしい。Booksellerの項でしっかり宣伝もしています。
オズボーン・コレクションはトロント公共図書館「少年少女の家」が所蔵する絵本や児童文学のコレクションで、草創記から20世紀にいたる古典的な図書を世界中から集めているそうです。1万5千点以上もの尨大なコレクションの中から、特にイギリスの18世紀から19世紀末までの古典的絵本を中心に選んで、内容や絵の色調はもとより、判型、装幀にいたるまでを完全に再現し復刻したのがほるぷ社の「復刻 世界の絵本館 オズボーン・コレクション」だそうで、絵本界のマニア向けですね。
挿絵があるとはいえ文字だけのページのほうが多く、しかもかなり難しいことも書かれているので、これが外国語絵本のコーナーにあるのは疑問です。私はたまたま『ちいさいおうち』の原書を探していてそのコーナーに行ってみたのですが、ふつうに絵本を探してくる親子連れはこんなの読まないでしょう。で、こういうのに興味をもつ人たちは絵本のコーナーには行かない。
作者:表記なし(The author of The Little Warbler of The Cottage; Juliet, or The Reward of Filial Affection)
出版社:ほるぷ出版(復刻 世界の絵本館 オズボーン・コレクション)
ISBN:なし
by timeturner
| 2012-03-07 23:55
| 洋書
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