2011年 07月 16日
海のたまご |
夏の休暇を過ごすためにコーンウォールの海辺に滞在している家族のふたりの男の子、トビーとジョーは漁師から卵の形をした不思議な石を買いとり、ふたりだけの秘密のプールに隠した。翌日行ってみると石はなくなっており、やがてふたりは2本の足の先がアザラシのような尾びれになっている男の子に出会う・・・。
『ふしぎな家の番人たち』が少し物足りなかったと書きましたが、それもそのはず、あの本より先に本格的なトリトン物をこうして書いていたんだ。同時代の読者は、あれを読んだ数年後にこの作品を読んでなつかしく楽しく読めたのでしょう。ちょっと順番を間違えちゃったな。
それにしてもこれは傑作です。トリトンが出てくるからファンタジーの一種ではあるのでしょうが、全体としては「海」のすべてを表現力豊かな詩人が謳いあげた詩集のようでした。『グリーン・ノウの子どもたち』を読んだときにも作者の想像力、表現力に感嘆しましたが、心のどこかで「小さいときからこういう環境で育っていればそれを思い出して書けばいいんだしな」という気持ちもなきにしもあらずだったのですが、ごめんなさい、そんなの嘘です。才能のない人間はどんな環境で育ってもああいう、あるいはこういう作品は生み出せません。
少年ふたりとトリトンの友情や、両親との気持ちのいい関係など、いわゆるストーリーラインも実に素晴らしいのですが、この本で驚かされるのは個性的な、それでいて誰にでも理解できる巧みな自然描写です。ふつう自然描写がある程度続くと退屈してしまって「お話はまだ?」と言いたくなるものですが、ここではまったくそういうことはない。描かれる自然そのものがとにかくエキサイティングなんですから。
夜のおだやかな海をこんなふうに描写しています。
ね、海に行ったことのある人なら「ああ、こういう情景に出会ったことがある」ととてもなつかしくなるんじゃないでしょうか。そして同じ海が嵐になるとこう変わります。
難しい言葉、観念的な言葉、装飾的な言葉はいっさい使っていないのに、こんなにも美しく力強い。翻訳も上手ですよね。訳者の方は須賀敦子さんの学生時代からの友人だそうですから、かなりのご年配ですが、作者のボストンがこの本を77歳のときに書いたということからも証明されているように、感性は年齢とは関係ないんだな。この本は英語で読めば美しいのでしょうが、私の英語力からするとこの翻訳でなければここまで感動はできなかったと思う。
海のたまご (岩波少年文庫 (2142))
原題:The Sea Egg
作者:ルーシー・M・ボストン
訳者:猪熊葉子
出版社:岩波書店
ISBN:4001121425
『ふしぎな家の番人たち』が少し物足りなかったと書きましたが、それもそのはず、あの本より先に本格的なトリトン物をこうして書いていたんだ。同時代の読者は、あれを読んだ数年後にこの作品を読んでなつかしく楽しく読めたのでしょう。ちょっと順番を間違えちゃったな。
それにしてもこれは傑作です。トリトンが出てくるからファンタジーの一種ではあるのでしょうが、全体としては「海」のすべてを表現力豊かな詩人が謳いあげた詩集のようでした。『グリーン・ノウの子どもたち』を読んだときにも作者の想像力、表現力に感嘆しましたが、心のどこかで「小さいときからこういう環境で育っていればそれを思い出して書けばいいんだしな」という気持ちもなきにしもあらずだったのですが、ごめんなさい、そんなの嘘です。才能のない人間はどんな環境で育ってもああいう、あるいはこういう作品は生み出せません。
少年ふたりとトリトンの友情や、両親との気持ちのいい関係など、いわゆるストーリーラインも実に素晴らしいのですが、この本で驚かされるのは個性的な、それでいて誰にでも理解できる巧みな自然描写です。ふつう自然描写がある程度続くと退屈してしまって「お話はまだ?」と言いたくなるものですが、ここではまったくそういうことはない。描かれる自然そのものがとにかくエキサイティングなんですから。
夜のおだやかな海をこんなふうに描写しています。
「おしえてあげよう――。」と小さな波のひとつひとつがいいかけては、「おお」という息のつまったような声をあげてうしろにひきもどされていきます。そしてまたつぎの波がうち寄せてきては、「そんならわたしがいってあげる――。」といいかけるのですが、波はまたひきもどされ、けっきょくなにもいわないまま、いえないままに終わるのでした。
ね、海に行ったことのある人なら「ああ、こういう情景に出会ったことがある」ととてもなつかしくなるんじゃないでしょうか。そして同じ海が嵐になるとこう変わります。
波はいつもの二倍もの大きさと力でうち寄せ、崖にぶつかると、そのはねかえりも同じくらいつよくて、つぎの波の山にむかってきりこむのでした。入江の中では、それが両がわで起こっていました。両がわからせめたてられるので中央の海は、はねあがり、ざわめき、いき場がないので、いらだち、そのいかりでわきたっていました。(中略)
ときおり、特別つよい波が、長いあわだつ頭と筋肉をのばし、なにかをひきさくようなさけびをあげ、前方に石をふらせながら、ざわめく波の中になだれこみます。
難しい言葉、観念的な言葉、装飾的な言葉はいっさい使っていないのに、こんなにも美しく力強い。翻訳も上手ですよね。訳者の方は須賀敦子さんの学生時代からの友人だそうですから、かなりのご年配ですが、作者のボストンがこの本を77歳のときに書いたということからも証明されているように、感性は年齢とは関係ないんだな。この本は英語で読めば美しいのでしょうが、私の英語力からするとこの翻訳でなければここまで感動はできなかったと思う。
海のたまご (岩波少年文庫 (2142))
原題:The Sea Egg
作者:ルーシー・M・ボストン
訳者:猪熊葉子
出版社:岩波書店
ISBN:4001121425
by timeturner
| 2011-07-16 21:21
| 和書
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