2004年 12月 26日
LOTR SEE(スペシャル・エクステンディッド・エディション)の功罪 |
海外のヴィゴファンの掲示板やMLで「ロード・オブ・ザ・リング」のSEE版について色々な感想が出ていますが、それを読んでいるとどうも原作(『指輪物語』)を読んでいない人が多いんですね。だから本当に映画を見ただけの素直な感想が出てくる。私なんかはもう原作と映画がごっちゃになっちゃってて、どっちがどっちだったかわからなくなっていて、SEEで追加になった部分も「へえ、これを入れたんだ」とか「こう変えたのか」としか思わないんだけど、映画だけで話の筋を追っている人から見るとSEEになってかえって混乱した部分もあるようです。
たとえばエオウィンとアラゴルンの関係。原作を読んでいればアラゴルンが最初から彼女のことを気にかけ幸せになってほしいとは願っていても、女性として惹かれるということはまったくなかったのを知っています。でも映画ではそのへんがちょっと曖昧に描かれているから「アラゴルンってばアルウェンが死ぬとわかったとたんにエオウィンにちょっかい出して、その挙句にアルウェンが生きていることがわかったらエオウィンを捨てた」とか「エオウィンってちょっとストーカーみたいよね。拒否されたのに戦いについていくなんて」とか「アラゴルンが駄目だとなるとすぐに手近にいた男性(ファラミア)で間に合わせるなんて」とか、思わず弁護に立とうかと思うような言葉がひょいひょい出てきます。
あと、これは完全に勘違いなんですが、「アラゴルンが悪夢(アルウェンが死にそうになっていてペンダントが壊れる)を見たのはパランティアの中でアルウェンが死ぬところを見たせいだったのね!」なんて感想も。
言われて見直すと、確かに今回のSEEで増えた部分って原作ファンには「ああ、あれを加えてくれた」と思わせるものではあるけれど、原作を知らない人たちには「え、どういうこと?」と思わせる部分が多かったかもしれない。サルマンの最期はそれなりに起承転結していましたが、パランティア対決、癒しの手、療養院でのエオウィンとファラミアの出会いなんて、ほんとにちらっとしか描かれていないからあとは想像力で補うしかありません。そのくせアラゴルンが寝ているエオウィンのコートをかけてあげるなんてシーンが入ってたりするんだもの。誤解を招くよなあ。
死者の都の追加とかギムリとレゴラスの飲み比べなんていらないから(あ、でも死者の道から出てきて黒い船団を見たときのアラゴルンのあの表情は欲しい!)、その分癒しの手と療養院のシーンに割いて欲しかったと思います。パランティア対決はあんな中途半端なものならいらなかった。あと、黒門前でのサウロンの口とのやりとりもちょっと説明不足の感がありましたね。あれが何者なのか、どうしてあそこでフロドのミスリルが出てくるのか、原作を読んでない人にはすぐにはピンとこないんじゃないでしょうか。
日本語字幕のおかげで日本のファンの多くがボロミアを悪者だと思い込んだという話がありますが、知り合いのイギリス人男性と話していたら「ボロミアって悪い奴でしょう?」と言われて絶句しました。言葉の問題がなくても劇場で『旅の仲間』を一度しか見ていない人からするとそう見えてしまうのかもしれません。
ヴィゴがかつて「私はもう劇場版は見ない。後世に残るのはSEEヴァージョンであってほしい」と過激な発言をしていましたが、あれは確か『二つの塔』の頃。今回のSEEを見ても同じことを言うかなあ。
たとえばエオウィンとアラゴルンの関係。原作を読んでいればアラゴルンが最初から彼女のことを気にかけ幸せになってほしいとは願っていても、女性として惹かれるということはまったくなかったのを知っています。でも映画ではそのへんがちょっと曖昧に描かれているから「アラゴルンってばアルウェンが死ぬとわかったとたんにエオウィンにちょっかい出して、その挙句にアルウェンが生きていることがわかったらエオウィンを捨てた」とか「エオウィンってちょっとストーカーみたいよね。拒否されたのに戦いについていくなんて」とか「アラゴルンが駄目だとなるとすぐに手近にいた男性(ファラミア)で間に合わせるなんて」とか、思わず弁護に立とうかと思うような言葉がひょいひょい出てきます。
あと、これは完全に勘違いなんですが、「アラゴルンが悪夢(アルウェンが死にそうになっていてペンダントが壊れる)を見たのはパランティアの中でアルウェンが死ぬところを見たせいだったのね!」なんて感想も。
言われて見直すと、確かに今回のSEEで増えた部分って原作ファンには「ああ、あれを加えてくれた」と思わせるものではあるけれど、原作を知らない人たちには「え、どういうこと?」と思わせる部分が多かったかもしれない。サルマンの最期はそれなりに起承転結していましたが、パランティア対決、癒しの手、療養院でのエオウィンとファラミアの出会いなんて、ほんとにちらっとしか描かれていないからあとは想像力で補うしかありません。そのくせアラゴルンが寝ているエオウィンのコートをかけてあげるなんてシーンが入ってたりするんだもの。誤解を招くよなあ。
死者の都の追加とかギムリとレゴラスの飲み比べなんていらないから(あ、でも死者の道から出てきて黒い船団を見たときのアラゴルンのあの表情は欲しい!)、その分癒しの手と療養院のシーンに割いて欲しかったと思います。パランティア対決はあんな中途半端なものならいらなかった。あと、黒門前でのサウロンの口とのやりとりもちょっと説明不足の感がありましたね。あれが何者なのか、どうしてあそこでフロドのミスリルが出てくるのか、原作を読んでない人にはすぐにはピンとこないんじゃないでしょうか。
日本語字幕のおかげで日本のファンの多くがボロミアを悪者だと思い込んだという話がありますが、知り合いのイギリス人男性と話していたら「ボロミアって悪い奴でしょう?」と言われて絶句しました。言葉の問題がなくても劇場で『旅の仲間』を一度しか見ていない人からするとそう見えてしまうのかもしれません。
ヴィゴがかつて「私はもう劇場版は見ない。後世に残るのはSEEヴァージョンであってほしい」と過激な発言をしていましたが、あれは確か『二つの塔』の頃。今回のSEEを見ても同じことを言うかなあ。
by timeturner
| 2004-12-26 19:29
| 映画
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